授業に顔を出し、寝て、んで気付いたら休み時間になる。寝起きのところ「大地、ご飯食べよ〜」って岸本に腕を引っ張られ、そのまま引きずられるように教室を出たとき。 「んぉ」 「ん? どうしたの、大地」 「んや、あれさー……相馬じゃね?」 「え? どこどこ?」 「ほら……うーわ、相馬のくせにモテてる」 廊下の窓から外を見下ろす。運動場へと向かう途中の道、何やら女子数人に囲まれていた。……いや、追い詰められているというべきか。 見たところ一年生みたいだ。いかにも運動部っぽい女子相手に相馬はいつもと変わらないヘラヘラ笑いでなんか話してた。 「相馬、結構一年生に人気だってね」 隣からにゅっと顔を出し、窓の外を見下ろした岸本はニヤニヤと笑っていた。 「まじ?」 「まじ。信じられないでしょ? でもほら、相馬って目立つからなんも知らない一年生とかは『なんかいい人かも!』って惚れちゃうらしいよ」 「へーーー」 「うわ、興味なさそう」 「俺は人気ねえの? 一年生女子に」 「新入生はまず入学したら『木江大地に関わらるな』って先輩女子たちに忠告されるらしいよ」 「なんでだよ、見る目ねえな」 「妥当でしょ」 このクソチビ。ムカついて目の前のつむじを突けば「そういうとこ!」と岸本に脇腹を突き返された。細い指が余計痛え。 「……けど、今の子けっこー可愛かったね。あーあ、勿体無いなあ。相馬なんかじゃなくて僕にすればよかったのに」 「相馬に告るようなやつは葵衣ちゃん眼中にないだろ」 「分かってないなあ。相手のタイプなんて指標になんないよ。そういうのは調教していくものなんだから」 そう不敵な笑みを浮かべる岸本に、俺は「おー怖」とだけ返しておく。 まあ、それに関しては概ね同意ではあるけれども。 今まで俺の中の相馬像は女っ気もなけりゃ恋愛のれの字もないやつだった。 けれど、そうか。1年にモテるのか。……モテるくせにあれってどーなんだ。 「それにしても相馬のやつまた振るのかな」 気付けば相馬の姿はなくなっていた。落ち込んでる一人の女子を周りの子たちがわらわらと慰めてる。 そうなのだ。あいつの周りに女っ気がないということはそういうことになるのだ。愛斗ならまだ分かる。あいつは心も真正童貞だし。ウブだし。可愛いし。 けど、相馬は――。 「……」 「大地?」 「好きっつってんだからセフレにすりゃいいのに」 「大地と一緒にしないでよ」 「は? お前もだろ、葵衣ちゃん」 「僕はただのセフレじゃなくてひとりひとりちゃんと愛してるから。博愛なんだよね、僕。大地みたいなのと同じにしないでくれる?」 「ほーーー」 「興味ないときの反応やめて!」 でもまあ、相馬が何考えてるかなんて俺だって知らねえ。 あいつの性癖のことだって知ったのもつい最近だったし。それまで俺達は中学の頃からなんもしれねーまま顔突き合わせて笑ってたってことだ。 なら、相馬が敢えて女遠ざけてる理由もあるんじゃないか。 「好きな子でもいたりしてね」 「……」 「……あ! 早く行こうよ。僕の特等席取られちゃう!」 「別に葵衣ちゃんの席でも特等席でもないだろ、ガーデンテラスのあのほっせえ座りにくい椅子」 「もー、いいからさっさと大地は走る!」 「押すなって、あぶね……っ!」 なんて、言い合いながら俺達はそのまま廊下を通り過ぎていく。 『好きな子でもいたりしてね』――なんて、岸本の口にした一言がやけに耳に残っていた。 別に相馬のことが気になってるわけじゃない。 と、誰に言うわけでもなく繰り返し続けている間にあっという間に一日は終える。 途中校内でばったり出会った愛斗に相馬の彼女について聞いたら、あいつは眉間に皺を深く刻み込んで「そういう話はお前の方が詳しいだろ」なんて突っ撥ねられた。妬いてんのだろう。けれどまあ確かに相馬と愛斗が恋愛についてお喋りしてる構図は面白すぎるしな。納得納得。 比較的つるんでる岸本のやつも知らねえみたいだし、相馬の周辺の人間を覗き見たりしてたがやはり相馬が特定の相手に対して恋してる様子は見当たらない。 相馬のクラスの外。廊下から窓越しにじっと観察していたとき、帰る準備してたらしい相馬が立ち上がる。そして、 「木江、今度はなんの用だ?」 観察対象もとい相馬がこっちへとやってきた。 「お前を見てた」 「俺はその理由を聞いてるんだけどな?」 「……暇だから?」 「ま、そんなことだろうと思ったけど」 怒るわけでもなく相馬は屈託のない笑顔を浮かべる。それから、「んじゃ、久し振りに一緒に帰ろうぜ」と俺の肩を掴んできた。 「お前がうちのクラスに来ると警戒されんだよ、色んなところから」 やたら女子からの視線が痛えと思ったらそういうことか。別にお前らに興味はねえんだよと言い返そうとしたところで相馬に口を塞がれる。 「もご」 「ほーら行くぞ」 「むぐ……」 おい、引っ張んなよ。もっと丁重に扱え、と相馬に引きずられながら俺はそのまま教室前を後にする。 信楽相馬のことを知れば知ろうとするほど分からなくなる。それは相馬が意図してやってんだろうと分かってきたが、相馬に掌の上で転がされているようで正直不愉快、というのは大いにあった。 結局相馬に学校の外まで引っ張られていく。それから校門を出て暫くしたところでようやくやつは俺から手を離した。 駅前。俺達と同じ制服姿の生徒たちに紛れて俺と相馬は向かい合うような形になっていた。 「で、観察する理由は一体なんだ?」 なんかこのアングル、叱られてるみてえで面白くねえな。 「お前、今日1年の子たちにモテてたじゃん」 「……は? ……あー、見てたのか」 「葵衣ちゃんと一緒に見守ってたらお前、女の子泣かしてんだもん」 「泣かしてはねえよ。てか、別に連絡先聞かれただけだから」 「まさか断ったのか?」 「まさかって……逆になんだよ」 「……もったいね〜〜……連絡先くらい交換すりゃいいだろ」 せっかく胸デカかったのに、と言いかけて、つい言葉に詰まる。こちらを見つめてくる相馬の目と視線がガチ合ったから。 「いらねえよ、別に」 ワントーン落ちる声。普段は見せないようなその真面目な顔に、茶化す気満々だった俺もつい言葉に詰まってしまった。 なんだその顔。なんでそんな目で俺を見るんだ。 「うっ……わ、なに、お前意外と厳選するタイプ?」 「そうだよ」 「知らなかったのか、木江」そう笑う相馬。その笑顔はいつも通りだったけど、つい数秒前の目が頭から離れない。本当にどうでもいいと思ってるような素っ気なさと、その奥に入り混じった怒りのような感情。なんでそんな目を俺に向けるのか。 「……もったいね。セフレでもよかったじゃん」 「ねえよ、気持ち悪いだろ。好きでもないやつ相手に興奮できねえって」 「俺はできるけどな。顔が良けりゃ」 「お前はそうだろうな、木江。……てか、それがなんだよ」 「相馬、好きなやついるのかと思って」 そう口にした瞬間、相馬は自分の目元に手を伸ばす。そして、ふは、と小さく笑った。 「は……っ、まさかそれのためだけに俺を監視してたって?」 「大当たり。ジュース奢ってやろうか?」 「いらねえよ、別に。てか木江さあ……お前暇なのかよ」 「まあぼちぼち暇。んで、お前の女興味あったから」 「そうか。……で? 進捗は?」 「ぜんっぜん分かんねえ。てか、お前友達多いな。そのくせ特定のやつとはつるんでねえし。あっちこっち引っ張りだこなの見せつけられてふつーに不愉快だった」 「はは、お前は友達いねえからな。木江。妬くなよ」 「妬いてねえよ。これは僻み……んでもない」 「どっちだよ」 「人気者じゃねえかよ、相馬さん。……俺と仲良くしてるところなんて見られたらファン減るんじゃねえの?」 「今更だろ。それに、そういうので引くようなやつは別に興味ねえから。俺」 「……ふーん、そ」 「言っただろ、厳選してんの。お前みたいにバカスカ受け入れてケツ追っかけ回したりしねえから」 言いながら人の頭に手を置く相馬。人がセットした髪に触んな、と手を払い除けようとしたところで、そのまま手首ごと相馬に掴まれる。普段乾いたその掌が今はじっとりと汗ばみ、熱い。 「……なんだよ、これ」 「んー? ……たまには手を繋いで帰るか?」 「言っとくけど、別にお前のこと誘ったわけじゃないからな」 「木江、俺のこと下心しかねえと思ってる?」 囁きかけられる声。「ちげーの?」と顔を覗き込めば、相馬はふっと目を細める。そしてそのまま俺の手首、その血管をなぞるように親指を滑らせた。流れる鼓動を感じるみたいに指先に力が入り、ちょっと痛え。 「……どうだろうな」 そう呟き、顔を上げた相馬はぱっと俺から手を離した。何気なく相馬の視線の奥に目を向ければ、同じ制服をきたグループがいた。そしてその中に一人、目立つ背の高い男を見つけた。愛斗だ。あいつも俺達に気付いたらしい、人を殺せそうな目でこっちを見てる。つーか、相馬を。 なるほど、と俺は何度か頷いた。 「意気地なし」 「一応お前のためを思ってやったんだけどな、クソビッチ」 「お気遣いどうも」 「可愛くねえやつ」 相馬は笑い、そして愛斗たちのいるグループとは反対方向に向かって歩き出す。 「声かけねえの」 「向こうに行きたきゃ行けば良いだろ。俺は別に止めねえけど?」 相馬のくせにちょっと棘のある言い方だ。 まあ別に愛斗のところに行くのもありだったが、なんか機嫌悪いしな。 無言で相馬の腕を掴めば、相馬は少しだけ目を丸くした。それから「見えるぞ、向こうに」と少し意地の悪い顔で笑う。 「今日はお前と帰るって言っちゃったしな〜」 「そうだったか?」 「そうだよ」 それに、と相馬の腕を引っ張る。 いつもヘラヘラしてるから分かりにくいけど、こうして話してみると案外分かりやすい男だという学びもあった。 そりゃ、どれだけ相馬のことを見張ってても分からないわけだ。こいつの好きなやつ。 「お前、俺のこと結構好きだろ」 そう口にした瞬間、相馬は笑った。大きく口を開けて一頻り笑ったあと。 「……自惚れんなよ、ばーか」 相馬は俺のデコを叩きやがる。 「いてっ! ……馬鹿相馬、馬鹿力なんだから手加減しろ」 「してんだろ。ほら、帰るんならさっさと帰るぞ」 「かっわいくねー……」 「木江に可愛がられてもなあ」 ああ言えばこう言うし。 じゃあ恋人もセフレも作りたがらねえくせに、俺のことに抱きたがるのはなんなんだよ。 「なにニヤニヤしてんだよ」 気味悪そうな顔する相馬に「別に〜?」とだけ返す。 久しぶりの相馬との帰り道。今までは適当な場所でセックスするかくらいだったせいでなんだかちゃんと相馬の顔見れた気がして、まあたまにはこんなものも悪くはないか。なんて思ったりもした。 それに。 仕方ねえからお前が認めるまでは黙っててやるか。俺のこと案外大好きだってこと。 だってそっちのが面白そうだし。 「キモ」と笑う相馬の耳に齧りつきつつ、俺たちはそのまま日が落ちていく街、行き交う人間に溶け込んでいく。 たまにはこういう放課後も悪くはない。 おしまい