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田原摩耶
田原摩耶

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【↑100】冬と謂う奴は。【5,400文字/藤也×準一】

 この幽霊屋敷に住まわせてもらってから初めての冬がやってきた。  じっとしているだけでも肌を刺すような寒さに耐え切れず部屋の中で丸くなってやりすごしていると、窓の外がぼんやりと外が明るくなってる気がして、何気なく部屋から窓の外を見る。そして「ああ、そりゃ寒いはずだ」と一人納得した。  窓の外に広がるのは見事なまでの雪化粧だ。夏の間あんなに生い茂っていた植物たちも、年中湿気でぬかるんでいた地面も全て容赦なく雪で覆いつくされている様は白の暴力のようだ。 「……すげー積もってる」 「死体、埋まってるかも」  独り言のつもりでぼやいた言葉にまさか返事が返ってくると思わなかった。  ぎょっと振り返れば、やや窓から離れたところに藤也が立っていた。俺と同じように窓の外を見つめる藤也。その横顔は相も変わらず雪のように白い。  いつの間に入ってきたんだ、人の部屋に。なんて疑問もこの屋敷で過ごすことによって次第に感じなくもなってきた。が、やはりいきなり現れられると普通にビビる。 「なんだよ、死体って」 「冬は増えるから、死体。遊びに来るやつ減って、その代わりに死ににきたやつが増える。今なら雪で隠れて見つかりにくくなってるし、雪で保存状態もまあまあいい……探しに行く?」  そんな宝探しでもするかのようなテンションで誘うことじゃないことは間違いない。  あまりにも生々しい話聞いてしまった。想像してぞっとしつつ「やめておく」と丁重にお断りすれば、藤也は「そ」と別に残念がるわけでもなく隣にやってきた。窓の前、隣を空ければそのまま藤也はひょいと身を乗り出すように窓を覗き込んでくる。  釣られて俺も窓の外へと視線を戻せば、真っ白な世界に人影を見つけた。 「……花鶏さんが雪掻きしてる」 「元気だな、花鶏さん」 「……準一さんは」 「ん?」 「準一さんは、元気じゃないの」  窓の外を見つめたまま藤也は言葉を投げ掛けてくる。こうやって藤也の方から気にかけてくれるのはなんだか新鮮だ。  そんな風に感じたのか。藤也って結構人に興味なさそうに見えて鋭いというか、繊細なんだろうなと思う。なんて本人に言ったら変な顔されるのは目に見えているのでわざわざ口にはしないが。 「元気ねえっていうか……寒いの弱いんだよな。どっちかっていうと夏のが好きなのかもしれないな」 「ふうん」 「藤也は冬、好きそうだよな」 「……まあまあ」  相変わらず無口な男だが、俺は知っている。藤也がわざわざ『まあまあ』などと肯定的な言葉を使うときは大分好きだということを。     穏やかな時間が流れる中、庭先で雪掻きしていた花鶏さんの側に幸喜がやってくる。あ、と思った次の瞬間、花鶏さんが集めた雪の山に頭から突っ込んでめちゃくちゃに荒らしまくってる幸喜を見て俺はいつの日か見た雪にはしゃぐ犬の動画を思い出した。花鶏さん、南無。 「あの人らは寒さなんて関係なさそうって感じだな」 「……だね」  そういう藤也も長袖を着ているもののどう考えてもこの寒さでは風邪待ったなしという薄着だ。季節感覚が薄れてるのか、亡霊になって長いとその辺の感覚が麻痺していくと前に聞いていたからこそ一応俺は流石に衣替えしたが。  なんて考えてると、俺の視線に気づいたようだ。こちらをじと、と藤也が見上げてくる。 「……何」 「あ、いや……そういや俺に用があったんじゃないか? わざわざ部屋にくるなんて」  なんとなく気恥ずかしくなって咄嗟に誤魔化してしまったが、確かに少し気になった。わざわざ部屋にまで来ること自体珍しくはないが、大抵なにかあったときくらいだ。  尋ねれば、藤也は無言で目を反らした。 「……あんたが、」 「俺?」 「……部屋から出てこないから、死んでんじゃないかって」 「……」  藤也なりのジョークのつもりなのか。洒落としてはあまりにも笑えないが、心配して様子見にきてくれたのか。そうか。  言語化できないようなほんわかとした熱が、寒さでささくれ立っていた心に染み入る。 「藤也……」 「やっぱなし」 「え」 「……なし」 「なんでだよ」 「あんた、鬱陶しそうなこと考えてそうな顔してた」 「そ、そんなことは……」  なくはない、けども。と、ごにょつけば藤也は無言でそっと俺から距離を取る。それは普通にショックだ。  そのまま部屋から出ていこうとする藤也。せっかくだからもう少しゆっくりしていけばいいのに。そう「なあ」と呼び止めようとしたとき、藤也はぴたりと動きを止める。そしてこちらを振り返った藤也。その薄く白い唇は「夜」とゆっくり動いた。 「え?」 「冬の夜……真っ暗になる。静かだし、散歩にはうってつけ」 「お、おお?」 「……それだけ」 「それは確かに……って、藤也……?!」  相槌打ちながら瞬きをした次の瞬間には藤也の姿はなくなっていた。本当に言いたいことだけ言って消えてしまった。  それにしてもなんだったんだろうか、今のは。一緒に散歩しませんかという誘いだったりするのか。だとしても高等テクニックすぎる気もするが。  追いかけようか迷い、やめた。窓の外では雪掻き道具をほっぽりだして幸喜を追い掛け回す花鶏の姿が見えた。……本当、元気すぎるだろ。  ◆ ◆ ◆  冬の日照時間は短い。  死んでからというものの体内時計は大分機能しなくなっていたが、それでも冬は一瞬で過ぎ去っているような気がする。  皆が寝静まったあとの真っ暗な屋敷内、自室を抜け出し忍び足でエントランスまでやってきた俺は外へつながる扉を開いた。瞬間、一気に吹き込んでくる寒波に心を早速挫かれそうになりつつ俺はええいと半ばやけくそに一歩を踏み出した。  案外不思議なもので、一歩踏み出した瞬間あれほど脅威のように感じていた冬の空気は肌に馴染んでいく。実際には滅茶苦茶寒いのだろうが、風一つもないだけに澄み切って感じるのだ。  藤也から聞いていたからというのもあるのかもしれない。だとすりゃ俺の脳みそも大概単純だが。  玄関前は花鶏が雪掻きしてくれていたお陰で大分動きやすかったが、樹海へと近付くにつれ雪が深くなっていく。一歩踏み出すごとに足が沈んでいくのを感じた。 「……寒」  冬は苦手だ。静かで、真っ暗で、夏はあんなうるさかった虫たちの鳴き声すらも一つも聞こえてこなくなる。  特に冬の夜は深い。幼い頃、雪が降ったことが嬉しくてこっそり家から出たことがあった。その時迷子になってしまい、両親からも妹からもしっかり怒られたときのことを今でも思い出す。  それからだろう、冬の夜というものになんだかうっすらとした恐怖を覚えることになったのも。  けれど、ここ数年はそんなことすらも忘れていた。どうしてだろうかと改めて思い返したとき、夜出かけるときは大抵あいつが隣にいたことを思い出した。  騒がしく賑やかでいつだって人を連れまわす。孤独感に対する恐怖なんて感じる暇もないくらい、あいつは隣で笑っていた。  皮肉なものだ。あいつといたからこそ余計、冬の夜がこんなにも静かだったと思い出されるのだから。  けれど、今は違う。 「は……」  口から吐いた息が白く染まる。しんしんと頭上から降り注ぐ雪を目で追い、そしてまた足を進めた。  藤也が待っているとも限らない。自分がどこを進んでいるかはわからなかったし、別に目的地なんてものもない。  ただでさえ夜の樹海は不気味だったけど、一抹の好奇心だけが俺の足を進めた。  藤也が好きだといったものを知りたかった。そうすることで何が変わるのかは分からない。それでも、あいつがいないからといってまた一人閉じこもるようなことはしたくなかったから。  俺を突き動かしていたのはそんなしょうもない意地のようなものだ。  どれほど進んだだろうか。  靴の裏で雪が潰れる感触を感じながらもそれに慣れ始めた頃、ふと視線の先で何かが動くのをみた。  まさか、と息を飲む。昼間藤也から聞いていた話を思い出したのだ――自殺者の話を。  緊張で自然と全身が硬くなる。怖さもあったが、やはり無視することはできなかった。  そして人影の方へと足を進めた時だった。 「来ると思った」  通りかかった木陰、そこに立っていたそいつに俺は息を呑んだ。それから「藤也」と声を振り絞る。  木の幹に背中を預けたまま、藤也は空を見ていた。何を見てるんだろうか、と釣られて視線を上げる。背の高い木々で覆われた頭上、その葉の隙間から覗く空に息を呑んだ。  雲一つない空。真っ暗な闇の向こうには小さな無数の星が散らばっている。バケツに溜まった星を空にぶち撒けたみたいな、そんな星空が。  こうしてじっくりと空を見ることなんてなかったからこそ、よく目を拵えてようやく気づいた。 「綺麗だな」  無意識の内に声が漏れていた。  藤也は「ん」とだけ小さく呟く。視線を空に向けたまま、空を見上げる横顔は無邪気な子供のように見えた。 「ここ、俺のお気に入り。……よく見えるから、星」 「……そう、だったのか。……好きなのか? 星」 「普通。……けど、冬の星は好き」  なのかもしれない、と小さく付け足される言葉を俺は聞き逃さなかった。  照れ臭くて誤魔化してる、というよりも自分の感情を探ってるような口振りだった。 「……星、見てると、人は死んだら星になるってあいつが言ってたのを思い出す」 「あいつ?」 「義人。……馬鹿げてると思ったけど、これ見たらそんな馬鹿げたこと考える理由も分かる気がした」  そうか、藤也がロマンチストな部分もあいつの名残なのだろう。  確かに、この星の大群を見ていると妙な説得力を感じる。実際には俺達はあそこに混ざってるわけでもなく、ここでこうして並んで星を見上げてる側なわけだが。 「確かに、キリがないもんな。この量だと。死んだ人間の数だって言われても納得できるな」 「……ああ」 「よくこうして星、見てるのか?」 「今日みたいな日は、たまに」 「いい趣味だな」と呟けば、藤也はこちらを見た。何故かやや不愉快そうな顔をして。 「準一さんに褒められると、なんかムカつく」 「な、なんでだよ……」 「……冗談」 「分かりにくい冗談だな……」 「あんたにも、知ってもらいたかったから。……俺の好きなもの」  そう、再び空に目を向ける藤也。  その一言がなんだか酷く鼓膜にこびりついて離れない。  なあ、それはどういう意味なんだ。きっと深い意味はない。額縁通りに受け取るべきだと分かってても、ほんの少し期待してしまう自分がいた。  少しは俺のことを友人と思ってくれている、と自惚れていいのか?  どんな顔をすりゃいいのかわからなくて、思わず黙り込んでしまう。沈黙なんてなんの気なしに、藤也はただ空を見ていた。普段薄暗いその目がキラキラ輝いて見えるのは多分、反射だけではないのだろう。 「……冬って、こんなに空綺麗に見えるんだな」 「知らなかった?」 「まあ、こんなにゆっくり空見ることなんてなかったしな」 「だと思った」 「……それって、ロマンなさそうだって?」  意趣返しのつもりで少し言い返してみれば、藤也はこちらを見る。ふ、とその表情が緩むのを見た。 「よく分かってんじゃん」 「……俺だって、自然を楽しむ心くらいはあるぞ?」 「やっとその余裕出てきたんだ」 「……」  言われてみりゃ、ここにきて半年くらいは一変した体質や環境に慣れることで精一杯だった。なんから今でもそれは変わらないけども、それでも藤也と話してて自覚する。 「……ありがとな」 「急に何。……こわ」 「ち、ちが……これはその、この場所、教えてくれてありがとなっていうお礼みたいなもんだ」 「……ふーん」  興味なさそうに外される視線。けど、その顔はなんとなく機嫌よさそうにも見える。  死んでからというものの藤也には色々世話になり続けていた。色々教えてもらったし、そりゃ何度か衝突したこともあったけど。 「冬、好きになった?」 「――ああ、そうだな」  仲吉は忘れさせてくれたが、藤也は教えてくれるのだ。 「今度昼間、教えてくれよ。……一人じゃここに来るまでに迷子になりそうだ」  何気なく尋ねれば、急にすんと藤也の顔が無に戻る。  まさか変なこと言ってしまったのだろうかと内心狼狽えつつ「え、だ、だめか?」と確認すれば、藤也は再びそっぽ向いた。 「…………別に、迷子にならずになる方法もあるけど」  それからぼそりと吐き出される言葉。その言葉の真意に気付くのにやや時間がかかった。  暫しの沈黙の末、ハッとする。  もしかして、それって。まずい、何故か俺の方が恥ずかしくなってきた。 「……じゃあ、また頼んでいいか?」  熱くなる頬。緩む口元を咄嗟に手で覆い隠しながら尋ねれば、藤也は「気分による」と切り捨てるのだ。気分かよ。……まあ、藤也らしいっちゃらしいが。  一先ずやっぱり嫌だと撤回されずに済んだが、なんだか夢を見てるような気分が続いた。  いつの日か怯えていた孤独感も、続く暗闇と静まり返った黒に恐怖もない。静寂すらも心地いい、そういう藤也の感覚が理解できたからだろう。  季節を巡る度に楽しみが増えていく。  まさか死んでからも尚それが増えていくなんて思いもしなかった。  日の出を見るまで俺たちはそこで話していた。冬の夜明けは早い。それでも、また明日も明後日もやってくる。  結構それって贅沢なことだよな。  そんなことを言いながら屋敷へと戻れば、朝早くから除雪していた花鶏さんに捕まった。  そのまま除雪作業を手伝わされたが、隣にいたはずの藤也がいつの間にか忽然と姿を消していたのはいうまでもない。  穏やかな日常は続く。  終わりもなく、ただ淡々と巡っていくのだ。  おしまい

【↑100】冬と謂う奴は。【5,400文字/藤也×準一】

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