――転生者であるアンリに成り代わる。 その結果、アンフェールとの関係は良好のままだった。 しかし、本来ならば虐める役目である俺がアンリの立場になるとなると、誰が俺の役目をできるのかという問題が自ずと出てくるわけで。 「リシェス君」 やはりここで打ち止めなのだろうか、と考えながら学舎の自室へと戻ろうとした矢先のことだった。 不意に呼び止められ、振り返ればそこにはアンリがいた。夕暮れを背に、人気のない通路に立ち塞がるアンリを見た瞬間、なぜだかぞくりと背筋が震えるのだ。 「……なんだよ」 アンリのことは苦手だ。下手したらバッドエンドを迎えるハメにもなるし、どう接すべきか慎重にならざる得ない。 しかし、アンリはそんなこと構わずといった様子で俺にずい、と近付いてくるのだ。 「な、――」 「ずっと気になってたんだけどさ。これ、アンフェール君からもらったの?」 なにが、と言い終わるよりも伸びてきた手にシャツの襟首を掴まれ、そのままぐいっと引っ張られる。 一瞬アンリがなんのことを言っているのかわからなかったが、その指先で首輪の留め具を軽く引っ張られて理解した。 「っ、そ、れは……」 「邪魔だよなあ……これ」 ――アンリの様子がおかしい。 細められた目、暗い眼が俺の首輪をじっと見つめる。 普段のあどけなく、純朴そうな雰囲気化からはかけ離れたアンリの表情にぎくりとした。そして、理解してしまう。 俺がアンリの立場を乗っ取ったら、アンリはリシェスのポジションになる――ということか? だとすれば、この展開はまずいのではないのか。 咄嗟にアンリの手から逃れようとしたが、そのまま手首を掴まれた。 「……っ、な、んだよお前……触るな」 「番、なんだって? アンフェール君と」 「……っ!」 「その顔、リシェス君って嘘吐くの苦手なのかな? ……可愛い」 「か――」 ――可愛い?可愛いって言ったか?今。 てっきり俺がいじめの対象に回るのではないのかと危惧していたが、予想だにしていなかった言葉がアンリの口から飛び出してきて呆気取られる。 そんな俺の戸惑いなんてお構いなしに、アンリは恍惚とした表情のまま続けるのだ。 「羨ましいなあってずっと思ってたんだ。だってずるいじゃないか、たかが“運命”で君と結ばれることができるなんて」 「な、なに……言ってるんだお前……っ」 「まだわからない? ……リシェス君は本当、肝心なところで天然なんだもんね。そういうところも可愛いんだけど――」 嫌な予感がし、咄嗟にアンリの手を振り払って逃げ出そうとしたときだった。ひょいと足払いをされ、それを躱しきれなかった俺はそのままバランスを崩した。 「っ、ぃ……つぅ……ッ」 転倒しそうになったところ、「おっと」と伸びてきたアンリの腕に体を抱き支えられた。 あまりにも近いアンリとの距離に純粋な恐怖を覚え、「離れろ」と慌ててアンリを振り払おうとするもののやつに逆に腕を捉えられてしまうのだ。 華奢な見た目からは想像できないほどの強い力だった。逆に腕を捻り上げられ、呻き声が漏れる。それでもアンリは手を緩めることはしなかった。ただ、こちらを真っ黒な目で見つめてくるのだ。 「……僕、この世界に来るときに神様にお願いしたんだ。一つだけ好きなものあげるっていうからさ、だから――僕の好きな子を救いたいって」 「か……ッ、は……」 「『運命の番を上塗りする能力』――って言ったらいいのかな。この世界じゃチートだよね。けど、僕からしてみれば一回しか使う機会はないんだけど」 薄い唇から吐き出されるその言葉を理解するのに時間は要いた。そして、血の気が引いていく。 ――待て、まさか。 「う、そだろ」 「嘘じゃないよ」 伸びてきたアンリの指に首輪の隙間に指をねじ込まれる。そして強引に首輪を引っ張るようにずらされれば、再び器官は締め付けられた。恐怖のあまりに汗が滲む。 こいつ、本気だ。 覆いかぶさってくるアンリの体を押し退けようと必死に藻掻いたとき。アンリが制服の内ポケットからなにかを取り出す。それは細いナイフだった。 その刃を首筋に突きつけられ、全身が硬直した。 「っ、ぉ、まえ」 「ああ、そんなに怯えないで。僕は君を刺し殺す気はないから。……なるべくならね」 「……ッ」 「リシェス君は剣術が得意だって聞いていたからさ、念の為君のステータスのデータもいじらせてもらってるよ。……さっきから、僕みたいな雑魚相手に力出なくてビックリしちゃったよね? ごめんね、僕もなるべくは暴力沙汰は避けたいからさ」 先程から理解し難い言葉が次々に出てきては俺の意識を混濁させていく。首筋と首輪の間の僅かに出来た隙間にナイフの刃を滑り込ませたアンリは、皮膚が傷つかないように首輪に刃を入れ、そして俺から首輪を奪うのだ。 咄嗟に首を庇おうと辛うじて空いていた手で首を抑えるも、呆気無くそちらもアンリに掴まれてしまう。そして、 「ぅ、ひ」 そのまま俺の首元に鼻先を埋めたアンリは、そのまま首輪の痕をなぞるように首筋に舌を這わせる。血管、鎖骨を通り、耳の裏側――そして項。俺の肩を抱き寄せたまま、アンリは無防備になった項にちゅ、と甘くキスをした。 「は……っ、君はこれから本物の運命を手に入れるんだ、仮初の運命じゃなくて本物のね」 「や、めろ……っ! なに言って……ッ!」 逃げなければ。けど、どうやって。 そう眼球を動かし、この男から逃れるルートを探ろうとした矢先だった。甘く噛みつかれる項に全身が岩のように硬くなる。痺れるような痛みと熱が、首筋から全身へと広がっていく。 「ッ、ぁ゛、ぐ……ッ!」 「嘘だと思うなら試してみる?」 「ぁ、……っ、や、めろ、やめろ……ッ!」 「……っ、リシェス君……」 「ぁ……ッ、あ、ぁ゛……ッ」 ず、と硬い歯が皮膚にゆっくりと沈む。皮膚を突き破り、傷付けられた皮膚から熱がじんわりと広がっていくのがわかった。 ――アンリに首筋を噛まれた。 そう頭で理解した瞬間、目の前が真っ暗になった。 アンリのいう能力がどこまで本当なのか分からない。けれどその真偽がどちらにせよ、首筋を噛まれた時点で俺にとってこの世界は『バッドエンド』でしかなかった。 ――この世界にいる意味はもうない。 だから早く、次の世界線へと移動しなければならない。――ならないのに。 「――ッ、ふ、ぅ゛」 次に意識を取り戻したのは、脳味噌を焼き付くような熱に体内を穿かれた衝撃からだった。 薄暗い部屋の中、簡素なベッドの上に寝かされた体を何者かに抱き締められていると気付いた次の瞬間、腹の奥深くで自分のものではない鼓動を感じた瞬間全身に汗が滲んだ。 そして、目の前。 「おはよう、リシェス君。随分と気を失ってたみたいだね」 「な、ん……で、ぇ゛……ッ!! 待っ、ぅ゛、な、なに、して……ッ!」 「……っ、なにって、わかんない? ……子づくりエッチだよ。君の番になれたんだ、あの男よりも先に赤ちゃん作っておこうかと思って」 ずちゅ、ぐち、と動く度に腹の中で粘着質な水音が響き、股の間からなにかが溢れ出す。着ていた制服もなにもかも剥ぎ取られた全身の至る所にキスマークが残っており、勃起したままの性器からとろりと先走りが垂れては自分の腹の上に水溜りを作っているのを見て、嫌でも理解してしまった。 俺が気を失っている間に、この男がすでになにかをしたあとなのだと。 真っ白になる頭の中、腹の中でアンリの性器は更に大きくなっていく。アンリはうっすらと性器の形に膨らんだ俺の腹部を撫で、愛おしそうに目を細める。ほんの少し上から押さえつけられただけだ、それでも吐き気は増す。 「っは……ッん、リシェス君のナカ気持ちいいね、ほら、最初に比べて痛みもないよね? だって、君が痛くならないように慣らしたんだよ? リシェス君、気持ちい?」 「っ、ぬ゛、抜け、抜け……っ! ぉ、おまえ、え゛……っ!! ぁ……ッ!」 「……っ、今の声、かわいー……っ、気持ちよかった? ね、もっと聞きたいなあ……っ!」 「う゛、ごくな……っ、ん、ぅ……っ! ひ、」 先程よりもペースを上げ、たんたんとリズミカルに腰を打ち付けられる。抽挿に耐えきれず、性器が揺れて開かれた腿に当たるのが嫌で、逃げたくて、こんな悪夢さっさと終わらせたかったのに舌を噛んで死んでやろうとした矢先伸ばされた舌先に唇を舐められ、そのまま深く口付けをされる。まるで自害は許さない。そう言うかのように深く舌を絡めとり、上からも下からもアンリに犯されながら俺はひたすらやつを一方的に受け入れさせられるのだ。 「っ、ん、ぅ……っ! ふ、」 「は、……っ、ん、リシェス君……っ、好きだよ、好き、だぁーい好き……っ、君の旦那さんは今日から僕だからね、いっぱいいっぱい、……っ、ん、こうやって僕が幸せにしてあげるから……っ」 「ぁ……っ、ん、ぅ……っ! ゃ、や、め……っ、ひ、ぐ……っ!」 何度も逃げようと試みたが、アンリに逆らうことができない。アンリとの性行為は恐ろしいほど気持ちがいい。これがやつの力のお陰なのか分からない、それでも逃げようとする意思ごと性器で犯され、塗り替えられていく。 亀頭で奥を何度も口を開かされ、こじ開けられ、中にたっぷりと注がれた精液を塗り込むように何度も何度も何度も性器で穿られ、体内が乾く暇など無いほどアンリに犯され続ける。ようやく開放されるかと思えば今度は体位を替え、腫れ上がった乳首を抓られ、戯れにキスをされながらも時間をかけてじっくりとアンリを受け入れさせられるのだ。 早く、早く殺してくれ。早く死にたい。こんなことしてる場合ではない。これ以上最悪のルートに入る前に、早く。 ねっとりと舌を絡ませられながら、ぽっかりと口を開き捲れ上がった肛門をアンリに責められながら逆上せた頭で俺は何度も自死するシミュレーションを繰り返した。楽に、迅速に、かつ確実に死ねる方法を。 「こーら、リシェス君。また考え事してるでしょ」 アンリに捕まってどれほど経過したのかわからない。もう数日は経過してるのか、それとも一日も経っていないかもしれない。そんなことも分からないまま、俺の唇に亀頭をぷに、と押し付けたアンリは拗ねたように唇を尖らせる。そのまま顎を無理やりこじ開けられ、舌の上をずるりと這うようにして喉の奥まで咥えさせられる精液まみれのアンリの性器に堪らずえずいた。しかし、アンリはやめない。噎せる俺をうっとりとした顔で見下ろしたまま「リシェス君の口の中、気持ちいいね」と頬を赤らめさせるのだ。 何度食いちぎろうと思ってもできなかった。この男に危害を加えたいという意思に反して、体が自分のものではないみたいに逆らうことができない。それどころかまるで脳みそごと弄られたようにこの男の精液が甘く、とても美味しいもののように感じてしまうのだ。 抵抗する気力も薄れ、今はただこの男が飽きるのを待っていた。 アンフェール、――ハルベル。 もうこの際誰だっていい、助けてくれ。 死にたいのに死ねない、地獄のような甘いアンリとの時間はただ俺の精神を摩耗させた。 眠る暇すらもなく、食事は時折アンリから口移しされるだけだ。本気で孕むまでこんな真似をやり続けるのか、終わりの見えない悪夢にただすり減り続けていたそんな時間もある日、唐突に終わりを迎える。 生きているのか死んでいるのか、夢なのか現実なのかもわからなくなってきた頃。遠くから扉が蹴破る音が聞こえてくる。 「――っ、リシェス様……!」 聞こえてきたのはハルベルの声だった。そして複数の足音。青ざめたハルベルの背後、そこで立っている男の姿を見て目の前が真っ暗になった。 「ぁ、んふぇ……る……」 「なにをしてる、この下衆が……ッ!!」 ハルベルが俺の上に乗っていたアンリに掴みかかるよりも先に、ひょいと立ち上がったアンリはそのままベッドを降りる。そして、シャツを羽織りながら部屋の窓枠を掴んだ。 「あーあ、時間切れかあ。……夢中になりすぎちゃったかな。けど、時間は充分あったしね。また会おうよ、リシェス君。 ――今度は赤ちゃんの顔も見せてね」 そう、アンリは笑って窓の外へと飛び降りた。なにかが潰れるような音ともに、周囲のざわめきは大きくなる。 逃げなきゃ。俺も、死ななければ。早く。そう逃げ出そうとするが、抱き潰され続けた体はぴくりとも動かない。 「リシェス様」と駆け寄ってくるハルベルを制して俺の前にやってきたのはアンフェールだった。 伸ばしかけた俺の手を掴んだアンフェールはいつもよりも冷たい目で俺を見下ろした。 「アンフェ……」 「こいつを懲罰房へ連れて行け」 その目は俺に向けられていた。けれど、その口から出てきた言葉は俺ではなくアンフェールの周囲にいた人間に向けたものだった。 ぎょっとするハルベルを無視し、戸惑いながらも周囲の兵は俺の腕を掴む。抵抗などする気力すらなかった。それ以上に。 「ど、して……」 どうして、そんな目で俺を見るのだ。 こわごわと近付く周りの男たちに羽交い締めにされて無理やり立たされた拍子に体内からどろりと溢れ出す白濁に顔が熱くなった。 アンフェールは既に俺の方を見ていなかった。一刻もこの部屋から出ていきたい、そう言わんとした態度でそのベッドルームを出ていく。 ただ一人、ハルベルが俺を助け出そうとしてきたが、ハルベルまで巻き込まれそうになっていたのを見て「ハルベル」と声をあげた。 「俺は、大丈夫だ。……大丈夫だから」 「……っ、リシェス様……」 「大丈夫だ……、ああ、問題ない」 死ねば、死ねばいい。早く。 頭の中で時限爆弾が秒針を刻んでいるようだ。その言葉はハルベルに言い聞かせているというよりも自分に言い聞かせているといった方が正しいだろう。 腹の中、ドクドクと脈打つ鼓動を感じながら俺は連行される。哀れんだ一人の兵に上着だけ着せられたが、下着すら身につける暇も与えられなかった体を隠すことなどできなかった。懲罰房へと向かう途中、野次馬たちの視線から庇うように周りの兵は庇ってくれたそれでも好奇の目、興味、嫌悪、嘲笑――ありとあらゆる視線は貫通して俺に突き刺さった。 ◆ ◆ ◆ ――学園地下、懲罰房。 ここに来たのは初めてではない。正確には、ここではない別の世界線では、だが。 何をしでかすか分からない生徒や、規則を破った生徒を閉じ込め、反省させるための場所だ。 地下特有のじっとりとした空気、薄暗いその冷たい部屋の中、俺は天井からぶら下がった鎖で腕を繋がれていた。 何もない、無機質な石造りのその部屋は一層冷たく感じた。誰もいない。けれど、扉の外には見張りがいるだろう。 せめてなにか命を断てるようなものがあればと思ったが、なにもない。舌を噛みきろうにも、口の中の猿轡のせいでそれを阻害されてしまう。 ――正真正銘の“詰み”だった。 どれだけの時間が経過したのだろうか。たった数分のことかもしれない。早く風呂に入って体の汚れを取りたい。現実から目を反らすためにそんなことを考えることしかできなかった。 そんなときだ、扉が開いた。 扉を潜るように入ってきた長身の陰に息を飲む。 入ってきたのはアンフェールだった。 その隣には、見張りらしき男もいた。 「アンフェール様、あの、リシェス様は……」 「こいつに用がある。……外せ」 「は、はい……っ! 失礼します!」 付いてこようとしていた見張りを帰らせたアンフェール。閉まる扉。先程よりも一層空気が重たくなるのを肌で感じた。 これは恐怖だろう。アンフェールの視線が鋭利な刃物のように突き刺さる。痛い。怖い。見られたくないのに。 伸びてきた手に猿轡を外される。口の中、溜まっていた唾液の塊を慌てて飲み込んだ。 「っ、アンフェール……っ、あの、こ、れは……」 違うんだ。いや、違う。いきなり言い訳から入るのは駄目だ。けど、早く誤解を解かないといけない。 ぐるぐると回る思考。けれど肝心の言葉は一向に出ない。そんな俺の目の前までやってきたアンフェール。頭上から落ちてくる陰に、俺は顔を上げることはできなかった。 「随分と楽しんでいたようだな」 吐き捨てるような言葉に、ドクンと心臓が大きく脈打った。唇が震える。指もだ。 こんなところに連れてこられた時点で分かっていたはずだ、アンフェールにどう思われているかなんて。 「っ、ちがう、アンフェール……」 「何がだ」 「ぁ、あいつが……あいつが、……っ、……」 あいつが、無理矢理。俺はお前を裏切るつもりなんてなかったのだ。 そう言いたいのに、声が出てこない。締め付けられる喉からは嗚咽と空気しか出てこなくて、必死に呼吸をし、落ち着かせる。だめだ、このままでは。ちゃんと、説明しなければならないのに。 「……っ、アンフェ……ル……信じてくれ……」 頬を伝い落ちるそれが涙なのか汗なのかも分からない。信じてもらうしか俺にはできないのだ。 アンフェールの影が動き、そして首筋へとその手が伸びる。アンリに首輪を剥ぎ取られ、剥き身になったその首筋にアンフェールは触れた。 「――お前、噛ませたな」 まだ傷の癒えていない項を触れられた瞬間、痛みにも似た熱が広がった。咄嗟に項を庇おうとするが、両手を拘束する鎖にそれを阻まれる。 「ちが、これは……っ、ぁ、あいつが……っ、俺は噛ませる気なんてなかった、俺の番はお前だけだ、アンフェール……っ! 許してくれ、た、頼む……」 土下座もできない、頭を下げて許しを乞うことしか俺には出来なかった。 「アンフェール……許してくれ……っ」 「……」 ここから明るい未来を期待することなど無駄だと分かっていた。それでも、胸の中のリシェスの部分が抉られるように痛むのだ。 それに、俺だって嫌だ。こんなのは。 よりによって最悪な形でアンフェールのこと裏切るなんて、そんな。 まだ正規ルートの方が余程マシだ。そう思えるほど、今の俺の状況は最悪だった。 懇願したところで、アンリに無理矢理番われてしまった事実は変えることはできない。 分かっていても、それでもアンフェールならば、と淡い期待すら抱いてしまった。そして、それは案の定打ち砕かれることになる。 「お前との婚約は破棄だ。婚姻前にあろうことか俺以外の男と番になるなど問題外、契約不履行としてお前の家にも伝えておこう」 「待ってくれ、アンフェール……っ!」 「――お前も分かってるだろう、番はただの口約束でもなんでもない」 「……っ、……」 「あの不貞野郎を処せば、番であるお前も死ぬ。……番契約は第三者の介入は不可だ」 冷たく響くアンフェールの声。けれどほんの僅かに、アンフェールの感情が滲むのを感じた。 冷静に努めようとしているのだろう、それが分かったからこそ余計、俺は。 「っ、こ、ろしてくれ」 「……………………なんだと?」 「いい、殺してくれ……俺も、あいつを殺してくれ、お、お前に捨てられるくらいなら、家を裏切るくらいなら、死んだ方がいい……頼む、アンフェール……っ」 「……」 「殺してくれ……っ、ぉ、お前がしたくないっていうなら、剣を貸してくれ。すぐに、死ぬから」 自分でするから、と顔を上げたときだった。アンフェールの手に腕を掴まれる。 一瞬、殴られるのではないかと硬直したときだ。アンフェールは目を瞑り、そして俺から手を離した。 「……頭を冷やせ。……お前の処遇については追って伝える」 絞り出すような低い声。離れていく手。そのまま懲罰房を出ていこうとするアンフェールに向かって待ってくれ、と声を上げることはできなかった。 アンフェールと入れ替わるようにやってきた見張りの男に、外されていた猿轡を再びつけ直される。 これ以上ここで何をしろというのだろうか。 気の遠くなるような気分の中、出ていく見張りの男を見送る気力もなかった。 この先のことを考えて、ただより気分はどん底へと落ちていく。 アンフェールがいなくなってどれほど経ったのだろうか。 腹の中、アンリの精子が生きてるのだと思うとひたすら気分が悪くなり何度もえずいたが、胃液以外のものが出ることはなかった。 アンフェール、なんで俺を殺してくれないんだ。 掴まれた手の感触、熱を思い出しては余計自己嫌悪に苛まれる。眠気など来るわけがなかった。冷たい四角の部屋の中、ただアンフェールが再びこの部屋を訪れるのを待っていたときだ。 扉の外から複数の足音が聞こえてきた。 嫌な予感がした。下卑た笑い声が混ざって聞こえたから間違いなくアンフェールではないだろう。 ――どうか、ここに来るな。 そう念じたが、そんな俺の願いも呆気なく砕かれることとなる。 懲罰房の扉が開き、顔を出したのは制服姿の男たちだった。三人、いや、四人か。「おー、いるいる」なんて笑いながらぞろぞろと入ってきた連中を見て、ただ血の気が引いた。 「……なんだ、本当にお手付きになったんだってな」 「もう噛まれたんだったら一緒だろ、俺、ずっとリシェス様のことすげー好きだったんだよな。覚えてます? アンタが人前で俺をコケにしたこと」 「っ、む゛……ぅ゛……」 そう一人の男子生徒に天井から吊るされる鎖を引っ張られたと同時に、ぐん、と強い力で体を引き上げられた。両手を頭上に固定されるような形で掴まれ、浮いた下半身からどろりと嫌な感覚を覚える。青ざめる俺を無視して、男たちは顔を合わせた。 「は、これが邪魔で声も出せねえよなぁ」 「丁度いいじゃないか、騒がれたら面倒だしな」 「確かあいつ、自殺しないか見守ってるって話だっけ? なら、それのお手伝いってことでさ――」 八つの目がこちらへと向けられるのを見て、全身の毛穴からぶわりと汗が溢れ出した。 咄嗟に逃げようと腰を引いたが、鎖を掴まれてしまえば逃げることはできない。 首、胸、腕、腿へと伸びてくる手に声にならない悲鳴が猿轡に掻き消される。やめろ、触るな、と身を攀じるが、複数人相手に体を掴まれればまともに身動きなど取れるわけがなかった。 「っ、ふ、……っ、ぅ゛……ッ!」 こちらを見下ろす影に、アンリの顔が一瞬浮かんでは全身が恐怖で硬直する。 ――気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。 ――助けて、アンフェール。 死にものぐるい。目の前にいる男を蹴り飛ばそうとしたが、ろくに力は入らない。それどころか難なく足首を掴まれ、履いていたスラックスを脱がされる。 「……ったく、なんだよ、まだ暴れる元気あったのか?」 「うわ、精子くっせ。そういや風呂まだ入れてもらえてないんだっけか?」 「うわ、リシェス君の下着可愛い……っ、腿ほっそ、白すぎだろ……」 「あの転校生とヤリまくった後だろ? そう考えると、逆に興奮してきたな」 「お前らなんでもありかよ」 「ん゛ぅ゛、……っふ……っ」 頭上で交わされる会話の内容など、最早俺の耳には入ってこなかった。 四方から伸びてきた手に下着を引っ張られ、捲られ、下着の上から性器を弄られる。肛門まで伸びてきた指から逃げることもできないまま、乾いてもないそこにつぷりと埋め込まれる指に声にならない悲鳴が漏れた。 「っ、ふ、ぅ゛――ッ!」 「はあ……っ、リシェス君のお尻の穴、ピンク色だ、可愛い〜……っ舐めたいなぁ、舐めていい?」 「好きにしたらいいだろ」 「やったぁ、じゃあリシェス君、あんよもっと大きく開いてねえ」 「っ、ぅ゛……っ、ふー……っ、ぅんん……っ!」 いきなり腰を掴まれたと思いきや、一人の男がおもむろに股を顔を近付けてくるのだ。性器から肛門までの匂いを確認するようにすんすんと鼻先を押し付けながら、下着越しに舌を這わせてくる男に堪らず顔を逸した。 「……っ、は、かわい〜……感じてんの? こんなにエロいんだったらもっと早くやっときゃよかった」 「馬鹿言え、旦那にぶっ殺されるぞ」 「旦那っつったって、まだヤッてもなかったんだから他人だろ。……ほらリシェス君、上も脱ごうね」 「っ、ぅ、む゛……っ」 いつの間にかに背後にいた男に抱き竦められるかのようにシャツを脱がされていく。拍子に乳首を指で挟まれ、くにくにと引っ張られているうちに頭がどうにかなりそうだった。 嫌だ、嫌なのに。べろりと項を舐められるだけで震えた。 ここで逆らえば、項を噛まれて死ぬことができるのではないか。 そんな思考に至ったが、男は舐めるばかりで噛む意志は見えない。慰み物にするつもりなのか、俺を殺すつもりはないのか。 俺からしてみれば、そっちのが最悪だ。 「なんだ。リシェス君、急に大人しくなったな」 「こうしてた方がいいって分かってるんだろ、リシェス君も」 「てか、普通に諦めたとか? 俺、いつものツンとしたリシェス様のが抜けんだけどなあ」 「まあこの面で好き勝手できるならアリだろ」 「……っ、はあ、リシェス君……っ、ん、お尻の穴、甘くていい匂いがする……っ」 「甘いのは逆にヤバすぎんだろ」 何が面白いのか、何故連中が楽しげに笑いながら俺を取り囲んでいるのか全く理解できなかった。 睾丸から肛門の間の筋からその窄みの周囲を舐められた後、口を閉じたそこを執拗に穿られる。思い出したくもない感触が蘇る。 助けて、と声を上げることもできない。早く、ただ早くこいつらが飽きることを待つしかできないのか。 そう、思考放棄しかけたときだ。 「おいっ! 何してんだ!」 いきなり扉が開いたと思えば、そこには教師と見回りの兵がいた。「やべっ」と青褪めた連中な慌てて俺を放り、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。 「大丈夫か、リシェス君……っ!」 ああ、助かった。――本当に。 駆け寄ってくる兵は手当のため、俺の腕の拘束を解いた。そのまま抱き寄せられる体。そのまま体を預けたまま俺は兵士の腰、そこに携えられた剣に手を伸ばした。 ――これで、ようやくこの忌々しい世界とおさらばできる。 そう思った次の瞬間、意識が飛んだ。 次に目を覚ましたとき、見覚えのある部屋の天井が目に入った。締め切られたカーテンの向こう側は夜だ。 しかしここはリセット地点ではないはずだ。 ぼんやりとした頭で自分の体に目を向ける。腕には再び背後で拘束されていた。 そして、全身にはズキズキと軋むような痛み。 ――なんで俺、着替えさせられてるんだ。 そこまで考えたとき、部屋の中に自分以外の人間の気配があることに気付いた。 ベッドの横、椅子に腰を掛けたその男は立ち上がる。 「……アンフェール」 こちらを見ていたアンフェール。その冷たい視線に ――目の前にいる男を見て、また失敗してしまったのだと理解した。 こんな現実なんて見たくなかった。早く終わらせたいのに、首を掻き切ることも許されないなんて。 目の前、ただ冷たい目でこちらを見下ろす男を前に指先まで冷たくなっていくのが分かった。 次にこの男の口から出てくる言葉を待つ時間すらも恐ろしくて、顔をあげることができない。 他の男に項を噛まれた挙げ句、この体に手垢すら付けられていたのだと知られてしまえば、アンフェールはきっと――。 「見張りから剣を奪おうとしたらしいな」 それは、あくまでも淡々とした口調だった。アンフェールの低い声が寝室内に重たく響く。 「そんなに地下から逃げ出したかったのか?」と、追い打ちのように投げかけられる言葉に身体が震えた。 ――これ以上、アンフェールの好感度を下げることもないだろう。 そう考えれば恐怖は薄れる。その代わり、諦めに似た思考に侵されていくだけだ。 「……殺してくれ」 「なんだと?」 「……もう、俺を殺してくれ」 アンフェール、と目の前の男の名前を口にする。面を上げられぬまま、頭を垂れ、アンフェールに懇願する。終わらせてくれと。 なのに、アンフェールは。 「……そんなに、俺の顔も見たくないのか」 その言葉に、心臓が締め付けられそうになる。 俺の顔を見たくないのはお前の方だろう、アンフェール。そう言いたいのに、言葉は喉に突っかかって出てこない。 ああ、と声を振り絞る。アンフェールに顔を見せられないのは事実だ。それでも、アンフェールからしてみればそれは別の意味で受け取っても仕方ないだろう。 「俺よりもあの男が良いと? どこの馬の骨かも分からない、あの男のことが」 そんなわけがない。アンリとアンフェールを比べること自体が俺にとっては愚問同然である。 けれど、アンフェールに手をかけてもらうのならば敢えて自ら逆鱗に触れるのが効果的だと分かっていた。分かっていたけれど――心がそれを拒絶する。 肯定することも出来なかった。文字通り石のように固まる俺に、アンフェールはベッドに乗り上げてくる。 軋むベッド。とうとう殺されてしまうのだろうかと覚悟を決めたときだった。アンフェールに押し倒された。 何故、と戸惑う暇もなかった。顎を掴まれ、乱暴に唇を塞がれる。 「っ、は、んむ……っ!」 驚きよりも困惑の方が大きかった。顎を捉えられ、角度を変えて何度も唇を貪られる。本当に食われるのではないかと思うほどの激しく、一方的で独善的なキスだった。 鼻で呼吸することも忘れ、息苦しさに頭の奥がずんと重たくなっていくのを感じた。 長い口付けの末、アンフェールは俺から唇を離した。はあ、と息が漏れる。ただぼんやりとした頭で目の前の男を見上げることしかできなかった。 「――な、んで」 なんで、キスなんか。浮気者になんて、指一本も触れたくないのではないか。 凍り付く俺の目の前、アンフェールは見についていた制服をがばりと脱ぎ出すのだ。 突然の脱衣に戸惑い、目のやり場に困っていると、アンフェールに顎を掴まれ強引に正面を向かされる。 「お望み通り殺してやる。……お前を」 囁かれるその言葉。その目に滲む、今までに見たことがない感情の色に、ただ心臓が痛いくらい震えた。 「っ、ぁ゛、……っ、ぅ゛ぐ……っ、ぅ゛……っ!」 肉の潰れるような音が自分の中から発せられる。 背後からまるで動物のように乱暴に抱かれ、何度も体内を行き来しては腹の奥、閉じた口を亀頭でこじ開けられて奥を押し上げられる度に獣のような声が喉の奥から溢れた。 こんな風に乱暴に抱かれているのに、他の奴らに感じたような恐怖心や嫌悪感はない。それどころか、逃がすまいとしっかりと回された腕すらも今は心が反応してしまう。 「っび、ぅ゛ぐ……っ!」 アンフェールは一言も発さなかった。無駄な会話など俺達にはない。それでも、アンフェールの全身から伝わってくる感情の波に押し流されていくのだ。 ピストンに耐えきれず、痙攣が収まらない下半身。乱暴に突き上げられる度に性器が震え、下半身に熱が集まっていく。 「っはー……っ、ぁ゛ひ、ッ、ぃ゛……ッ! ぁ、アンフェ……っ、……ぅ゛、ぐ……ッ!」 「……っ、……」 みっちりと詰まったアンフェールの性器は恐ろしく身体に嵌り、ストロークの都度隈なく摩擦される感覚に意識ごと持っていかれそうになった。 ずっと、夢見ていたアンフェールとの初めて。 正式に結ばれてから繋がるはずだったのに、こんな形でアンフェールと身体を重ねることになって悲しい反面、こんな汚れた俺の身体を抱いてくれるアンフェールに喜んでいる自分も確かにいた。 何度イッたのかも分からない。 身体の中でアンフェールの熱が更に膨らんでいくのを感じながら、無意識腰が震えた。 朦朧とした意識の中、項に感じる吐息に震えた。 ――このまま、アンフェールに噛まれれば。 アンリに無理矢理番わされた今、他の男に噛まれたときにこの身に起きる影響を思い出す。 オメガが番以外に項を噛まれた場合、迎えるのは『死』。そして今、俺の項を保護するための首輪も何もない状態。 「噛んで、アンフェール……っ! ぉ、おれを、殺して……っ!」 気が付けば、俺は声を上げていた。一過性の快楽に押し流され、死を求めた。アンフェールの表情は変わらない。それでも身体の中、埋め込まれた性器が反応するのを感じた。そして、ドクドクと流れてくる鼓動の間隔とともに激しさを増す動きに耐え切れず、俺はアンフェールの体にしがみついた。 瞬間、アンフェールに肩を掴まれる。そのまま上体を抱き寄せられた拍子に臍の裏側をごりゅ、と性器で擦られ、目の前が真っ白に染まった。 「は、ぁ……っ」 あれだけ腹の奥で燻っていたドス黒い感情が塗り替えられていく。頭の中は鮮烈な赤に染まり、思考の奥まで痺れていく中、項にぬるりと何かが触れた。――舌だ、アンフェールの舌が這わされている。 「ぁ、あ」と開いた喉から声が漏れ出た。汗が吹き出し、体温が更に上昇していく。膨れ上がった性器から放出される精液。快楽とともに、すぐそこに迫っている死の予感に背筋はぶるぶると震えた。 焼けるような熱が首筋に走った。既に傷ついた項に突き立てられる歯の感触に絶頂しそうになる。 ――ああ、これが。これが俺の。 遠のいていく意識の中、さらに深く埋め込まれるアンフェールの吐息と、腹を満たす精液だけがリアルだった。 これから先のことなど考えず、ただ感情のまま最愛の男に殺される――これほどの幸福はないのかもしれない。 アンフェールに噛まれた瞬間、俺の全身に死が巡るその時に感じたのは確かに幸福だった。汚泥の中、沈んでいく意識の中、俺はせめて最期までアンフェールから離れないようにその背中にしがみついた。 体内から破壊されていくような苦痛すらも今の俺には“丁度いい”。噛まれた項から溢れ出す熱を感じながら、俺はその意識を手放した。 ◆ ◆ ◆ ――あれから、どれ程経ち、何回この世界を繰り返しているのか、最早俺にも分からなかった。 何度繰り返しても結末は同じ――アンリに項を噛まれ、犯される。そして、アンフェールから見捨てられるという最悪のルートから逃れることが出来なくなっていた。 あの男から逃げる方法など本当にあるのか。自死を繰り返していく内に精神は摩耗し、疲弊した。 「……っ、は、ぁ……ッ」 目の前に広がる青空、そして中庭。行き交う生徒たちの中、俺は目を覚ました。 ――また、最初からだ。 何をしても無意味、繰り返される苦痛と死に、最早何も感じられなくなっていた。 何故俺はここにいるのか、何をしようとしていたかすらも思い出せない。 ――アンフェール。 アンフェールとの思い出を作る都度、余計辛くなっていく。あの男に惹かれる度に、絶望は増す。 ならば、どうすればいいのか。 分かっていた最初から。それでもそれをしたくなかったのは、それが『逃げる』ことになってしまうからだ。 自室の部屋の中に閉じこもってどれ程経過したのだろうか。直ぐに死ぬこともできたが、死んだところでまた最初に戻るだけだ。 ならば、もう誰にも会わなければいい。そう自室に閉じこもる日々を続けていた。 これならば安全だろう――そう思っていた。けれど、実際はどうだ。案の定ホルモンバランスは崩れ、常時ヒートは収まらない日々が続く。寝室の中、ベッドに潜って情けなく手を動かしては自分自身を慰める生き物に成り下がってしまった。 制御剤を何錠飲んでも収まる気配のない強制的な発情、それから脳細胞が壊されるほどの熱と強い欲求不満状態が続く。汗と射精で体内の水分殆どが持っていかれたのではないだろうか。 「リシェス様、体調はとうですか」 聞こえてきたのは、ハルベルの声だった。 俺の自室の鍵を持ったハルベルは部屋へ入ることが出来る。そして、寝室の扉の向こうまでハルベルがやってきてると理解した瞬間、心臓が早鐘を打った。 ドクドクと、射精を促すように血液が巡る。ふうふうと呼吸を抑えようとするが、無理だ。蒸れた匂いの部屋の中、ハルベルの声を聞いただけで体の奥が疼いた。 ――こんなの、駄目だ。駄目なのに、なんで駄目なのかその理由が思い出せない。 乱れた寝間着を整える余裕もなかった。ベッドから降りた俺は、足を縺れさせながらハルベルの元へと向かう。 ドアノブに指を引っ掛けさせ、そのまま扉を開いた。 「リシェ……」 リシェス様、とハルベルが俺の名前を呼びかけた瞬間、俺は背伸びをしてその口を塞いだ。ぷちゅ、と小さな音を立て、ハルベルの形のいい唇に吸い付く。 「っ、ん、ふー……っ、ぅ……っ」 驚き、目を丸くするハルベル。 ああ、俺、今最低のことをしてる。心配して部屋までやってきてくれたハルベルを、この手で汚してしまっている。 自覚はあったのに、身体の熱は増すばかりで。ヒートに当てられたベータがどうなるか、俺は散々学んできたはずだ。ハルベルの口からも、注意されていた。 それを、俺は自分のためだけに壊している。積み上げてきたものも、信頼関係も、全て、全部。 「ん、ん……っ、は、っ、ハルベル……っ」 ちう、と何度も角度を変え、閉じた唇を舌で擽る。そのままハルベルの首へと手を回せば、唇を濡らしたハルベルは驚愕したようにこちらをただ見ていた。 「っ、りしぇ、す、様……っ、な、なにを」 くっついた体同士。腹部にぐり、と硬い感触を押し付けられ、下腹部が切ないほど疼いた。 掌全体で包み込むようにハルベルのものを握る。その大きさと硬さから自分の中にこれを挿入したときのことを考え、この世界ではまだ誰にも犯されていない中を無理矢理広げられる想像に更に下腹部が熱を持ち出すのだ。 「――ハルベル……っ俺を……壊してくれ」 恐怖も絶望も全てを塗り潰すほどの快感が唯一、この世界で安息を得られる方法だと知ってしまった今、歯止めなどはなかった。 抱き締められる身体。もう、何も知らなかった頃には戻れない。今度はハルベルの方から重ねられる唇を受け入れながら、俺はあるはずもない未来のことについて考えた。 俺が何も知らないまま、リシェス・デュドールとして卒業とともにアンフェールと結ばれる未来――そんな未来を。 おしまい