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田原摩耶
田原摩耶

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都合のいい男①【↑300/5,000文字/望眼×良平/望眼視点】

 後輩が最近やたらめったら可愛くて仕方ない。  最初出会ったときからなんだか放っておけない、そりゃ俺の初めての可愛い可愛い後輩であることには間違いないのだけれども、今はその『可愛い』のベクトルがまるで違うのだ。  変に真面目なところや頑張り屋なところ。少し天然が入ってて時折抜けているところ。俺の方を見て笑うとき少し幼くなるところだったり、猫舌気味で毎回コーヒー飲むときをふーふーと息吹き掛けて冷ます仕草。  今までは特に気にしなかったそんな些細な指先一本までもの仕草に胸が締め付けられる。  営業部にあいつがいるだけで身が引き締まる思いというか、本来ならばそれでいいのだろうがなんだか最近はあいつがデスクにいると緊張して肩肘張ってしまうのだ。  だから、あいつが営業回りに行ってる間ようやく息が出来るような気分になっていた。そのくせ、寂しさもあるのだから自分でもどうかと思う。 「はぁ……」 「なに、そんな溜め息吐いて」 「……東風さん」  椅子に座ったまま、東風さんが椅子のキャスターを転がして俺のデスクまでやってきた。どうやら仮眠を取るつもりだったらしい、その頭にはアイマスクがついてる。 「……恋って、こんな感じなんすね」 「は? 酔ってんの?」 「酷くないです? 俺は本気で悩んでんのに……」 「望眼の口から出る『恋』ほど信じられないものないけど」  東風さんの鋭利な言葉がナイフとなり、深々と俺の傷心の心臓を貫いた。  俺の頭の中にはいつの日かあいつの口から出た『だって望眼さん、本気で俺のこと好きなわけじゃないですよね』という言葉が永遠に木霊する。 「俺だって、俺だって恋くらいしますよ!」 「うるさ、声でか」 「す、すいません……つい」 「まあいいけど、いつものことだし」  いつものことではない。最近は俺も大人になったと思っていたが、東風さんからしてみれば俺は変わってないのかもしれない。  何度も泣きついて飲みに付き合ってもらったことを思い出し、余計恥ずかしさと情けなさがこみ上げてくる。 「……東風さん、俺ってやっぱそんなに軽薄に見えますかね」 「まあ、全然見えるけど」 「はあ……」 「そう言われて振られたんだ」 「ふ、振られたわけではないです! ただ、付き合わないかって言ったら『本気で好きじゃないですよね』って……」  思い出しただけで心臓が痛くなる。だってあのとき良平だって気持ち良さそうだったし、あんなに相性いいし、俺のお願いも聞き入れてくれた。  けれど、あのときの良平の顔が、目が、今でも鮮明に蘇っては嫌な汗が滲むのだ。頭を掻き毟りたくなる衝動と戦ってると、どこからか取り出したグミを食べ始める東風さん。それをもちゃもちゃと咀嚼しながら「相手年下?」とこちらを見てくる。 「と、年下……っすけど」 「お前のことよく見てんね」 「う゛、で、でも、確かに出会って日は浅いけど幸せにするつもりだったし……」 「どうせいつも通り告白よりも先にホテルに連れ込んだんでしょ」  俺は思わず押し黙った。返す言葉がなかったのだ。  この人は俺の心が読めるのか。それとも俺と良平がホテルに入るのを見たのではないかとすら思えてきた。 「い、いつものって……今回は確かに成り行きだったんですけど、けど、それでも相性すげーよくて……」 「じゃあその前は?」 「その前は、頑張り屋で普通にいいやつだなって……」 「……………………」 「な、なんすかその目。けど! それきっかけでどんどんまじで好きになっていくっていうか……」  段々こちらを見てる東風さんの目が冷たくなっていくのが分かり、つい口数が増えてしまっては余計なことまでポロポロと口先から溢れ出て余計東風さんの目が白くなる。 「……望眼、お前そういうの『面倒だしダルい、セフレで満足しろよ』って言ってなかったっけ?」  トドメの一突きは重い。  ――ああそうだとも、自覚はあった。今俺自身が一番苦手だったタイプに片足どころか全身ズブズブ浸りかけてしまっているという自覚は。  けれど言い訳させてほしい。今までは確かにそう思っていたが、今回は違う。……違うのだ。 「付き合ってるやついないっていって、でも俺はそういうんじゃないから付き合えないけどセフレでも許してくれるって……どうなんすか? 脈ありです?」 「お前は彼氏にしたくないけど肉バイブの役割としてならまだマシだから利用してやる、ってところだね」 「い、言い過ぎじゃないですか? 東風さん」 「……ここまでハッキリ言わないと、後輩が勘違いストーカーにでもなったら洒落にならないし」 「俺、そんなに危ないやつに見えますか?」 「見える」  即答かよ。俺は静かに泣いた。 「でも、セフレでもいいじゃん。続いてるなら」 「東風さん、東風さんは知らないと思いますけど恋ってのは好きになるとどんどん欲が出てくるんですよ」 「……なんかイラってしたからもういいや」 「ま、待ってください! 聞いてくださいよ東風さん〜!」 「惚気たいだけなら貴陸さんに言いな。それか、お前の新しい後輩君に」  東風さんの口から出た言葉に、思わず「え」と飛び上がりそうになった。  その俺の反応に、「え?」と東風さんの眉がぴくりと反応する。そして、更にその目が細められた。 「……望眼、お前まさか……」 「あ、あー……そろそろ俺も外回り行ってくるかな。じゃあ、東風さん失礼しまーす」  深く突っ込まれる前に俺は慌てて席を立ち、逃げるように営業部を後にした。最後の最後まで東風さんの視線が突き刺さるように痛い。あの人、まじで変なところ鋭いからおっかねえんだよな。  ……あっぶねー。……バレてないよな?  まさか直属の部下に、それもほやほやの新入社員の年下の男に手を出したとバレればなにを言われるか分からない。  以前、自分の担当と関係持ったときもトラブル起こして散々東風さんや貴陸さんにはどやされたばかりだというのに。けれど、あのときは向こうがごねただけだ。強制的に担当替えになって接近禁止命令出されたときも特になにも感じなかったが、もし俺があのときの担当と同じ立場になってしまったら、と考えると背筋が冷たくなる。  良平に付き纏うあまり接近禁止命令出された上、白い目をした良平に『もう二度と俺に関わらないで下さい』と突き放されたら。  やばい、さっきは東風さんにああいったが、まじで俺はその素質があるかもしれない。こんな素質見出したくなかった。  考えれば考えるほど不安になってきた。俺はそのまま社員用の連絡端末を起動した。そして良平に昼飯でもどうかと旨のメッセージを送る。  そして返事が来るまでそわそわしながらラウンジでコーヒー飲んで待ってると、ぴろんと端末がメッセージを受信した。  『分かりました。すぐ戻りますね』と語尾に笑顔の絵文字付けて返してくる良平に俺は堪らず端末を無言で抱き締めた。通りかかった別部署のヴィランが妙な顔をしていたが知らねえ。俺はこの良平への愛しい気持ちを端末越しに伝えたかったのだ。見せもんじゃねえぞ。  ◆ ◆ ◆  十数分後。  良平を迎えるためにエントランスまで降り、行き交う社員たちの中から良平の姿を探していたときだ。 「望眼さん!」と明るく弾むような声が聞こえてきて、顔を上げる。丁度帰ってきたばかりだったようだ。わざわざ走って帰ってきたのか、はふはふと息を切らしながら駆け寄ってくる良平の姿を見た瞬間言葉に詰まった。 「すみません、遅くなってしまって……望眼さん?」 「あ、ああ、お疲れ様。どうだった?」 「はい、今のところ皆さんお元気そうでした」 「そうか、良かったな」 「はい」とこちらを見上げ、微笑む良平を見て思わず手が伸びそうになるのをぐっと堪える。 「……? 望眼さん? どうしたんですか?」 「い、いや……なんでもない。それより、少し休んでいくか? 走って疲れただろ」 「いえ、大丈夫です。これくらいなら全然……」  言いながら笑う良平だが、無理してるのは俺でも分かる。額に滲む汗を拭う良平。上気し、薄っすらと赤くなった頬を見てるとなんだかおかしな気でも起こしそうになってくる。  ――ああ、俺の馬鹿。やめろやめろ、こいつは疲れてんだから、やましいことを考えるな。  ――それだからセフレ止まりになってしまうのだ。  自分で言いながら悲しくなりつつ、俺はスーツのポケットを探る。取り出したハンカチをそのまま良平に「ほら」と手渡せば、少しだけきょとんとした良平だったがすぐに「すみません」と申し訳なさそうに目を伏せるのだ。 「……っ!」  これは――試されているのか。  その無防備に軽く突き出された唇を貪りたい衝動に駆られるのを堪え、俺は「触れるぞ」とだけ予め宣言し、そのままそっと滲む汗をハンカチで拭っていく。周りを行き交う社員たちの視線など気にもならない。  俺を信頼し、俺に身を委ねきってる良平をどうこうしてやろうというやましい気持ちすらも浄化されていくようだ。そっと乱れた前髪を撫でつけて戻してやれば、良平はやっと瞼を持ち上げた。  そして、目が合えば良平は嬉しそうに微笑むのだ。 「……ありがとうございます、望眼さん」 「いや、俺の方こそ急がせたみたいで悪かったな」 「ん……いえ……俺も、お腹減ってたので誘っていただけて嬉しいです」  こいつの場合はただの社交辞令でもないのだと分かるからこそ余計一言一言に心臓が絞られる思いだった。  確かに良平を見てるとこう、やましい気持ちが一ミリもないといえば大嘘になる。しかしそれ以上に純粋な好意が俺にとっては癒やしだった。  ああ、好きだ。気が緩んでしまえばそんな言葉がぽろりと零れそうになる。それを堪えながら、「それじゃあ行くか」と俺は良平に笑いかけた。そのままそっと背中を触れようとしたとき、びくりと良平の体が跳ねた。  そして立ち止まり、一歩後退った良平。 「……っ、あ、は、はい……」  それも一瞬、さっと俺から目を逸した良平は頷き、そしてやや距離を空けたまま頷くのだ。  ……なんだ、この間は。  露骨に避けられている気がして、なんだか先程とはまた別の意味で心臓が痛くなっていた。  けれどこれ以上無理に近付けばまた逃げられるのではないかという懸念が頭を過り、俺を日和らせる。 「じゃ、じゃあ……行くか」 「は、はいっ!」  嫌われてる、はずじゃないよな。元気はいい返事にほっとするが、やはりやや距離を空けてついてくる良平になんだか嫌な動悸を覚えながらも俺は予約していた店へと向かうことにした。  ◆ ◆ ◆  まさか、完全個室が裏目に出るとは思えなかった。  せっかくの昼飯の味もしないまま、俺は取り敢えず気まずくならない程度に良平に話しかける。けれど、先程から良平はというとなんだか落ち着かない様子だった。  ……なんだ、流石に俺の下心が出すぎていたのか。  けど違うんだ、今回はこの前良平が和食も食べたいと零していたから選んだだけなんだ。下心が皆無かといえば嘘になるけど、動機はそれなのだ。 「……望眼さん?」 「んぁ?! ……ど、どうした?」 「あの、足が……」  と、机の下。無意識に良平のスペースに足を持っていっていたことに気づき、はっとする。脛同士がぶつかり、「悪い」と慌てて足を動かせばそのまま良平の股が開くような形になってしまってることに気付いてしまう。そして、「ぁ、いえ」と顔を真っ赤にしたまま俯く良平にも。  ――まっずい、これは。  ずん、と重くなる下半身に冷や汗が滲む。  そのままテーブルの下で良平に触れたいという欲が膨らんでいくが、『都合のいい肉バイブ止まり』という東風さんの言葉が過り、はっとする。  俺は自分の太腿を抓り、なんとか痛みにより冷静を取り戻した。  肉バイブ止まりは、嫌だ。その一心で。 「悪かったな。俺、足癖悪くてさ……狭かっただろ」  そう足を組み、良平から離れる。すると良平は驚いたような顔をしてこちらを見上げ、そして「いえ」と小さく呟いた。その顔がなんだか寂しそうにも見え、『あれ』と胸の奥がざわついた。 「お、俺の方こそ……すみませんでした」  そして、もじもじしながらも謝罪を口にする良平に俺は「もしかして選択肢を間違えたのではないか」と頭を抱えた。けれど、後悔は先に立たず。  それ以降何事もなかったように今日営業であったことや、途中で見つけた店の話などをしてくれる良平。そんな良平も可愛いことには間違いないのだが、それよりもさっきの表情がずっと頭から離れずにいた。 【続く】

都合のいい男①【↑300/5,000文字/望眼×良平/望眼視点】

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