あいつのモノ好き・変態趣味については今に始まったことではない。 けれど、限度というものがなんにでもある。 ――某日、昼下がりの自室にて。 「なあ、ハジメ」 「あ? どうした、改まって」 「お前が他のやつとセックスしてんの見たいんだけど」 「…………………………はい?」 何かの聞き間違えだろうか。いやそうに違いない。 「だーかーらー、お前が他のやつとセックスしてんの見たいって言ってんだよ」 「何回もセックス連呼してんじゃねえよ、ってか、………………なに? お前、また変なエロ動画でも見たのかよ」 「いやー? 別に? けど、興味あるじゃん。ハジメがどんなリアクションするかって」 言いながら、ソファーにだらりと寝転がって漫画を読んでた岩片はそのまま猫のように伸びをし、そして向かい側で椅子に座っていた俺を見上げるのだ。 もしかしてこいつ、俺のことをモルモットかなにかと思ってるのか? わりとありそうなだけに自分で言って笑えねえし。 「因みにお前がいうセックスっていうのはどういうのだ?」 「男に掘られてるハジメが見たい」 「あーはいはい、なるほどな。もういいわ」 「さっすがハジメ、話が早いな」 早くはない、諦めがいいだけだ。こうなった岩片を諭すことなど無理だと分かってるからだ。 ――お前はいいのか? 俺が他の男に抱かれても。 なんて言葉が思わず出てきそうになったが、そもそもこいつはこういうやつだし、岩片と俺はただの御主人様と犬だ。恋人でもなんでもない。 こいつの貞操観念の希薄さからして、いつかはこういう無茶苦茶を言い出すことはある程度予測できていたはずだ。 「逆に聞くけど、お前は俺が他のやつと寝てきてくれって言い出したら納得するのかよ」 「俺は別に構わねえけど? なんなら今からでもいいぞ」 「例えばだって言ってんだろ。それに、俺が頼まなくてもお前はやってるしな」 「まあな」 まあな、じゃねえよ。と思わずツッコミそうになったがやめた。代わりにクソでかい溜め息が漏れる。 「なんだ? ハジメ、嫌なのか?」 「嫌だっつったら、お前は『じゃあやっぱやめるか』ってなるのか?」 「お前がその気にさせてくれたらな」 「その気って」 「みっともなく泣きながら『俺は岩片以外に抱かれたくないです〜』って」 「安心しろ、それだけはねえから」 「なんだ、つまんねえの」 結局、その日に実行されることはなく、そのままだらだらと岩片はソファーの上で転がって無駄に時間を消費させていた。 ただの話題の一つだったにしろ、あまりにも質が悪い。俺は寝る直前も岩片の『お前が他のやつとセックスしてるところ見たいんだけど』が頭の中で延々リピートされ、あまつさえ夢の中にまでやつは現れて『俺以外のやつとセックスしろ』なんて言い出しては最悪な目覚めを迎える始末だ。本当に勘弁していただきたい。 というわけで、岩片の気まぐれなたった一言により俺の平穏はやや壊されたのである。 ――翌日。 二限目の授業が終わり、教室の中で談笑してる真面目組のクラスメイトたちを眺める。 そしてそんな連中を眺めながら、『もしあいつの前で抱かれるのならば俺にとってもあいつにとっても関係性の薄い相手が後ぐされなくていいのかもしれない』などと考えていた矢先、にゅっと視界に入ってきた岡部に息を飲んだ。 「うお」 「尾張君、どうしたんですか? ぼーっとして」 「や……あ、次移動教室か」 「はい、科学室ですけど……」 心配そうな顔をする岡部に、俺は慌てて思考を振り払う。あやうく優秀な脳が即座に岡部に犯されてる自分を思い描こうとし始めるところだった 危ねえ。 と、そこで俺はつい先程まで一緒に授業を受けていたはずのあのモジャ黒まりもの姿が見当たらないことに気付いた。 「あれ? 岩片は?」 「ああ、岩片君でしたらつい先程『次サボるわ』と言って教室出ていってましたけど。……尾張君、気付いてなかったんですね」 「な……」 ――なんだと。 あいつが気分でサボることは別に珍しいことではないが、自分が岩片をみすみすと見逃していたということにショックを受けた。 咄嗟に携帯を取り出し、岩片に『どこでサボるんだよ』とメッセージを入れるが既読にすらならねえし。あいつめ。 「全然気付いてなかった」 「お悩みですか? ずっと考え事してるようでしたけど」 「いや、悩みっていうか……なんというか」 岡部は純粋に心配してくれてるのだろう。そんな岡部に、俺がただのタラレバ話で無駄に睡眠時間も削ってしまってると知られるのは些か、いや大分情けなくて恥ずかしい。 ――が、待てよ。そういえばこいつって、わりと性方面には寛容だったはずだ。 「……なあ、岡部。ちょっと聞きたいことがあんだけど」 「……? 聞きたいこと、ですか? 僕に?」 「ああ」 恥ずかしいからちょっと声を潜め、教室の隅へと岡部をちょいちょいと引っ張る。 「ど、どうしたんですか、尾張君」 「……お前ってさ、その、もし恋人ができたとして、恋人が自分以外の男とヤッてるところ見たいって思うか?」 「つまりそれは……寝取らせ、ってことですか?」 「ねと……? や、わかんねーけど、多分それか?」 「僕は純愛モノが主食なのであまりそういった可哀想な話は萎えるんですけど、竿役の顔グラがあるかどうかによりますね。恋人の男よりも汚いオッサンだとまだ許せるんですが、明らかにカースト上位の男だったら感情移入しすぎて萎えるかもしれません」 なに言ってんのかよくわかんねーけど、ムカついて無理ってことらしい。なにかトラウマでもあるというのか、話してるときの岡部の目がバキバキになってるのを見てこれ以上は踏み込まない方がいいだろうと判断した俺は「そっか、サンキュな」と早急にこの地雷原から逃げ出すことにする。 ◆ ◆ ◆ 「はあ……」 クソでかい溜め息もつい出てしまう。 あれもそれもこれも、全部あいつのせいだ。 結局、サボりに行った岩片を探しに行ったもののあいつの影はどこにも見当たらず、諦めて俺は校舎裏で日光浴をしていた。日光の欠片も当たってねえけど。 そんなときだった。 「……おい、邪魔だ」 目の前にのっそりと影が伸びてきたと思いきや、頭の上から落ちてくる低い声にぎょっとした。 よりによってこのタイミングで出てくんのかよ、と思わず口の中で舌打ちをする。 そしてどうやら、そいつ――五十嵐も俺と同じ心境らしい。すげー嫌そうな顔でこっち見てる。 「邪魔だって、随分なご挨拶だな」 「そこは俺の場所だ」 勝手に所有地にすんなよ、と思ったが、言葉を飲み込む。あいにく今は五十嵐に言い返せるような気力はない。 下手に因縁付けられても厄介だし、「はいはいそりゃ悪かったな」と立ち上がろうとすれば、五十嵐に腕を掴まれる。 「うお、なんだよ」 「お前の御主人様は何企んでるんだ?」 「え? ……岩片に会ったのか?」 「ああ、さっきな。生徒会室まで」 あいつまた自分からホイホイ生徒会のやつらにちょっかい掛けに行きやがって。そもそもフットワークが軽すぎるんだよ、重石でもつけておけ。 「そうか、教えてくれてどうもな」 「……」 「………………で、手、離してくんね?」 後ついでに顔がこえーのもどうにかしてほしい。 話しがあるなら話があると言えばいいものの、『話を聞け』という無言の圧をかけてくる五十嵐に「分かったよ」と諦めることにした。 「うちの岩片がゴメーワク掛けて悪かったな。……これでいいか?」 「お前、さっきから俺を避けようとしてないか?」 「や、お前が邪魔だって言ったんだろ」 「立ち去れとはいってない 」 「めん……」 ……あっぶね、思わず面倒くせえやつだなが出かけた。 「……お前、人誘うの下手すぎんだろ」 オブラートで何重かに巻いたが、あまり包みきれなかった。五十嵐は「お前は得意そうだな」とだけ口にした。ノーコメントで。 というわけで、なぜか俺は五十嵐と並んで校舎裏のジメジメとした影に座り込んでいた。まじでなんでだ。しかも誘ってきた張本人はというと無言だし。 「で、俺に話があるんだろ?」 「お前の御主人様に言われたぞ、お前を抱くつもりはないかって」 「あーはいはい、なるほどね。そういうことか」 ……………………はい? 何言ってんだ、あいつ、まじで。あの煩悩の具現化したような男は。 「その顔、お前もなにか知ってんだろ」 「……知ってるってか、なんかごちゃごちゃ言ってるのは聞いたってくらいで」 「なんて?」 「………………俺が、目の前で他のやつにヤラれてんの見たいって」 口に出し、顔に熱が集まっていくのを堪えた。 仏頂面のまま、しかしやつの視線がこちらを向くのが分かって余計いたたまれなくなる。 何故俺がこんなことを口頭で説明しなきゃならないのか、誤魔化せば良かったと口にしたあと後悔したが、誤魔化しようなどないのだ。残念ながら。 「お前、何かしたのか」 「してねー……と思う。あいつも普通だったし」 「だったら、あいつはそういう趣味でもあるのか」 その五十嵐の問いかけに、今までの岩片の行いが走馬灯のように流れていっては弾けて消えていく。 正直、否定はできない。あいつ恥とかそういうのを感じる部分がぶっ壊れてるし。 「なくはないんだよな」 「いい趣味してるな」 「冗談だろ?」 「お前はそうじゃないのか」 「そうって、俺がそんな趣味持ってるわけ無いだろ」 「じゃあ今回のことはあいつには断ったのか」 「……」 言われてみれば、はっきりと断ってはいない。だって、俺は岩片からの命令に逆らうことはできない。嫌だ、とは伝えたが。 ――まさか、それでか。五十嵐のところまであいつが行ったのは。 ハッとする俺に、「なるほどな」と五十嵐は呟く。 「なるほどなってなんだよ」 「お前だって気付いてるだろ」 「……言いたくねえよ」 「因みに、俺は別にどうでもいい」 「ど、どうでもいいって……」 「お前なら抱ける」 まさに絶句というやつだ。 五十嵐のやつがあまりにも変わらないトーンで答えるおかげで、一瞬言葉の意味が分からなかった。 固まる俺に、五十嵐の手が伸びた。そのまま腕を引かれ、ぐっと一気に距離が縮まる。鼻先同士がぶつかりそうなほどの至近距離、真っ直ぐにこちらを覗き込んでくる五十嵐に「おいっ」と思わず声が上擦りそうになった。 「五十嵐、ふざけるなって……っ」 「先に練習でもしておくか」 「発情してんじゃねえよ、この……っ! どこだと思ってんだよ、ここ」 いくら人気はない校舎裏といえど、ゴミを捨てに来た生徒がいつ来てもおかしくはない。 そんな場所でいきなり五十嵐に抱き締められそうになり、ぎょっとした。 「っ、五十嵐……ん、っ、おい……ッ」 そんなつもりはなかったのに。 顎を捕らえられたまま唇を重ねられ、全身の筋肉が硬直する。肉厚な舌に唇をべろりと舐められ、背筋が震えた。 必死に唇を閉じたまま『やめろ、馬鹿』という胃を込めて必死に五十嵐の胸を押し返そうとするが、唇を塞がれたまま首元に伸びてきた指先にシャツのボタンを外されそうになり、息を飲む。 「ふ、ぅ……っ」 ぷちぷちと外されたボタンの下、大きく開かれた胸元に滑り込んでくる五十嵐の手に「んっ」と小さく声が漏れた。 反応なんてするつもりはなかったのに、見についていたインナー越しに乳首を柔らかく擦られ、全身が発熱するのがわかる。 そしてそんな俺の些細な反応も見逃すつもりはないとでもいうかのように、五十嵐は執拗にその柔らかい膨らみを指の腹でスリスリと刺激してくるのだ。 「……っ、ん、ぅ……っ、む」 円を描くようにゆっくりと指の腹で転がされたり、尖り始めていたそこを親指と人差し指で挟むように柔らかく扱かれる度に下半身に熱が溜まっていき、ずしりと腹の奥が重くなっていくのが分かった。 やばい、頭ん中ぼーっとしてきた。くそ、キスがしつけえんだよ。なんなんだよ、こいつ。 そう睨みつけた矢先、五十嵐は唇を離す。俺の唇とやつの舌に糸が伸びるのを見て目を逸したくなったが、五十嵐はそれを許さない。 「な、に……」 「言っただろ、予行練習だと」 言ってはいたが、まさか実践で行うつもりなのか。 というか、そもそもあいつがいなければ意味はないのではないか。 そこに気付いたときにはもう遅い。黙れと言わんばかりにキスをされたと思えば、そのまま胸筋ごと鷲掴みにされ身動いだ。 「っ、ふ、ぅ……っ、」 胸の膨らみに五十嵐の指が食い込み、そのままシャツ越しに揉みしだかれる。 こいつ、胸ばっかり。 そんな風に揉まれても気持ちいいものではない。やめろと五十嵐を押しのけようとしたとき、そのまま胸を鷲掴みにしていた指に乳首を絞るように抓られ、堪らず「んぅ」と息が抜ける。 「っ、ふ、っ……ぅ、……!」 神経が集まり、より過敏になっていたそこを硬い指先で存外優しい手付きで弄られ、潰され、転がされる。それだけで更に胸の先端部の感覚はより鋭利になるのだ。 「ん、ぅ、い、がらし……っ、お前……っ」 この展開、シチュエーションには覚えがあった。 まさか、と五十嵐を睨んだとき、やつの舌先が口の中へと入ってくる。蛇のようにうねりながら舌の先っぽから根本まで絡みついてくる長く、肉厚な舌先にぬるぬると絡め取られ、その先の言葉を発することを許されなかった。 ――まさか、岩片が見てるんじゃないだろうな。 「ん、ぅ゛……っ!」 舌伝い、ぢゅぷ、と濡れた音を立てて唾液を流し込まれ、更に咥内の粘膜にたっぷりと塗りこまれるように一方的に侵される。 ああくそ、しつけえ。一刻も早くこいつをどうにかしなければ。そう思うのに、舌を吸われれば頭の奥が痺れ、指先から力が抜けてしまいそうになるのだ。 「っは、ぁ……っ、ん、ぅ……っ!」 そして、どさくさに紛れて下半身に伸びてきた手に体が凍りつく。膨らみ始めていたその山なりになった部分をなぞるように指を這わされ、びくりと下半身が震えた。 咄嗟に足を閉じようとするが、あろうことか五十嵐は俺の股座に膝を差し込んでくる。そして、そのまま大きく開脚させてくる五十嵐にぎょっとした。 「っ、ぉ、い……」 「いい加減諦めろ」 「っ、ぁ、きらめるわけないだろ、こんな真似……っくそ、ゃ、めろ、どこ触って――」 「気付いてるんだろ、お前も」 耳元、囁かれる声にぞわりと背筋が震える。 それ同時に理解する。やはり、『そういうご注文』というわけか。 「……ッ、お前も、仕事を選べよ」 「言ったはずだ。お前なら抱けるって」 「ぉ、お前……さぁ……っ」 慣れた手付きでベルトを緩められそうになり、舌打ちをした。 岩片がどこかで見てるのか、それともご丁寧に撮影係を別に用意して、あとでシアタールームの大型スクリーンにでも映し出して酒のつまみにするつもりなのか。自分で言ってて洒落にならねえ。 これが本当にあいつが望むことだとしたら、俺は――。 「……っ、……」 「ようやく諦めたのか?」 「諦めて、ねえよ」 考えてるだけだ。どれだけ傷が浅くし、尚かつあのド変態の御主人様を満足させられるかを。 考えた結果、やはり免れない部分はある。 「……五十嵐」 「なんだ」 「目隠し、してくれ。……俺に」 ついでにさっさと終わらせてくれ、と五十嵐に耳打ちすれば、五十嵐のこめかみがぴくりと反応するのが分かった。 そして、やつは襟首のネクタイを引き抜くのだ。 「――飼い主が飼い主なら、犬も犬だな」 うるせえ、放っておけ。 そう口にするよりも先に、ネクタイによって視界は遮られた。 続く