「だーいーちっ! 起きてよほら! 大地ってば!」 女みてーなキンキン声に脳味噌ごと揺さぶられる。あーあーうるせえな俺は今いい夢見てんのに、と寝返りを打とうとした瞬間「えいっ」っとぺちんと頬を叩かれる。 「いッ……てえな……っ! なにすんだよ葵衣ちゃ……」 ちゃん、と言い掛けて起き上がったところまではいい。そのまま掴みかかろうとしたが、目の前に広がるあまりにも異様な景色にその語尾が消えいってしまう。 「なにすんだ、はこっちのセリフだっての。いつまで寝てんの? 働かざる者食うべからずって言葉も知らないわけ?」 「…………」 「ちょっと大地、人の話聞いてんの?」 正直、聞いてない。ってか頭に入ってこねえ。 目の前にいるのは間違いなく岸本だ、あの特徴的な髪色に小煩い声、見た目だけはいいのとかまんま葵衣ちゃんなのに。 なんかのコスプレか?って感じの……なにこれ、なんつーか民族衣装?よくわかんねえけど葵衣ちゃんの好みじゃなさそうなやつ……てか。 「……ここ、どこ……?」 「何寝ぼけてんの? 人の店の部屋タダ同然で借りて居候してるくせにそんな恩まで忘れちゃったわけ?」 「……は? 店?」 なに、まじで何言ってんだ。新手のジョークか? 「いやてか、店ってなんの……」 店だよ、と言いかけたときだった。俺の部屋の扉がいきなり開き、現れてきたのは岸本の取り巻きだ。下着のようなドレスを身に纏った連中は「おはよー葵衣ちゃん」と甘ったるい声で岸本に纏わりついては、岸本も岸本で満更ではなさそうなだらしない顔で「おはよ」とキスを返していた。 「今日も頑張って働いてくれてありがとね、どっかの誰かさんにも見習わせたいくらいだよ」 「それって俺かよ」 「そうだよ、勇者になったら金が入るから出世払い〜とか言っておいて毎日毎日遊んで飲んで暮らしては魔物討伐してる姿すら見たことないんだけど?」 「……なんて?」 「だから勇者になったら……」 「いや、勇者って……俺が?」 ギャグで言ってんのか、それ。思わず固まる俺に、岸本は「はあ?」と眉間にシワを寄せた。 「なに、やっぱりあれは全部その場しのぎの嘘だったってこと?」 やべえ、ブチ切れてる。あれはとか言われても全然覚えてねえし、そもそも勇者ってギャグだろ。あれか?……やっぱこれは夢なのか? 試しに岸本の頬を抓ってみれば「何するの!」って抓り返された。……いてえ。夢のくせに。 「宿主に向かって暴力振るうなんて信じらんない!」 「ほっぺ抓っただけじゃん」 「大地、今日という今日こそは許さないからね! 今まで立て替えてやってた宿代払ってくれるまでこの部屋は使用禁止っ」 夢の中までぴーぴーぴーぴーうるさいやつだな、と眼前に突き付けられた請求書を手に取る。 そこにはおよそ今まで俺が生きてきた中で手にしたことのない金額が書かれていた。 「……あのー、岸本さん? ゼロの数が多くないですかね?」 「あ、ついでに今まで大地に食わせてやった朝昼晩のご飯代と酒代、それから酔って他の客と揉めて店を壊したときの弁償費用と他の客に絡んで営業妨害したときの迷惑代も入れてるから」 「お、お前……俺たち友達だろ?!」 友達に向かって迷惑代とか鬼か?!とこの純な眼で訴えかけてみるが岸本はというと変わらない、それどころか先程よりも冷たい目でこちらを見てくるのだ。 「……大地、覚えておくといいよ。金の切れ目は縁の切れ目、働かざる者食うべからずって」 「あとついでにいうと友達は友達じゃなくて僕の犬でしょ」くすくす笑う取り巻き女どもを侍らせにっこりと微笑む岸本、いやこの悪魔によって束の間の夢のようなニート生活は強制的に終了させられることになる。 夢の中でぐらい好きなことさせてくれなんて俺の声も届かないまま、女どもにベッドから引きずり出され担がれついでに殴られ宿屋の前に捨てられる。 「それじゃあ大地、また会える日を待ってるよ」 鬼だ、鬼がいる。夢のくせに、そこは本物の岸本に寄せなくていいんだよ。 というわけで、無一文勇者俺の冒険が始まるわけだが……そもそも夢だとしてもだ、なんで俺がこんなことしなきゃなんねーのか。 「ばっからし、やってらんねえよ」 ビリビリに請求書を破り捨てる。あーあ、クソ。岸本のくせになんだあの可愛げのなさは、いや本物もあんな感じだけどだ。 つーか、俺が勇者ってなんだよ。 「……どっかにいいただ部屋ねえかな」 取り敢えず町中を彷徨き、寝床になりそうな場所を探してみるがどうやらここは風俗街の一角らしい。中でも岸本が自分の店だと言ってたその建物は大きく、なかなか立派だ。他の店はしょぼくれてるし、俺は今になってあの場で岸本に土下座してでももう一度住まわせてもらえるようにゴマ擦っておくべきだったのではなんて思っていた。……多分今言ったところで門前払いからのついでに塩を掛けられるのが目に見えてるが。 どうせ夢なんだし死ぬことはないだろうからな。ま、適当に楽しむか。思いながら一先ず朝飯食いそびれた空腹状態の腹を満たすことを優先させようかとしたときだった。 いきなり背後から肩を叩かれぎょっとする。 何事かと振り返ればそこにはよく見知った笑顔があった。 「お前……相馬か?」 「よー木江、何してんの?」 「何してんのって……」 見てわかんねえのか、と言い掛けてやめた。俺の知ってる相馬であって別人なのだ、こいつも。 相馬はというとやけにでけー荷物を抱えていた。 「お前こそ何してんだよ」 「俺はちょっと仕事をな。これをそこの店まで運べって言われて」 「仕事? お前が?」 「なんだよ、その食いつき方。俺だって働くっての」 「……」 まあ確かに相馬は人ヅラだけはいいしフットワークも軽いからな……無駄筋肉あるから肉体労働に持ってこいっちゃもってこいだ。 「ははーん、わかったぞ。お前また葵衣ちゃんに怒られたんだろ、いい加減働けって」 「え、なんでわかんの」 「図星かよ。……ってか、ま、寧ろお前みたいなのを飯付きでタダで住まわせてた葵衣ちゃんの懐の広さもびっくりなんだけどな」 お前みたいなのって、俺どんだけ疫病神扱いされてんだ。それはまだいいが岸本が聖人扱いされんのは妙に腹立つな。 「なあ相馬、勇者になるにはどうしたらいいんだ」 「えぇ? ……お前そこからかよ」 「金がねえんだよ、金が。葵衣ちゃんが今までの借金諸々全額返済するまで帰ってくんなとか言い出してさあ」 「あーあ、お前また怒らせたんだろ」 「または余計だっての」 「取り敢えずギルドで仕事でも貰ってきたらどうだ? ……っても、お前丸腰だしな。まずは装備を揃えるところだな」 この辺はゲームのRPGまんまだな。つか装備装備って言われてもなあ……。 「なあ、相馬」 「ん?」 「金貸して」 「………………まあ正直そんな気はしてたけどな」 「さっすが相馬ー俺の親友」 「お前こういうときだけだよな、人を親友扱いすんのは」 バレたか。 「というかお前、昔俺に借りたもんも全部返してないくせにすげー図太いよな」 「そうだっけ? んじゃ、それもまとめて返すからさ」 「返す宛あんのか?」 あるわけないだろ。と言いたいところだが相手は相馬だ。いくら夢の中であろうと踏み倒すのは善良な俺の心が痛んでしまう。 行き交う路地の中。俺は相馬の腕を掴んで荷物の物陰に押し込んだ。そしてそのまま胸倉を掴み、ぎょっと硬く結んだその唇を舐める。 「っ、お、い……」 「お返しは俺の身体でってことで」 「……寧ろ、お前しか得しなくないかそれは」 「そんなこと言うなよ、お前みてーな性癖偏ったやつに付き合ってくれるほど優しい女のコいねえだろ?」 だから、と身体を寄せてみる。相馬の顔が僅かに強ばるのを見た。それもほんの一瞬、ちんこでも揉んでやろうかと伸ばした手首ごと掴まれる。 「……お前は変わんねえな」 そう笑う相馬。相変わらず無駄に力つえーし。 「ちょっと勃起しただろ」 「そもそも俺、仕事中だって言ってんだろ」 「ほーん、そんで?」 「…………男に二言はねえよな?」 やっぱり好きじゃねーかよ。思わず笑ってしまいそうになれば、相馬にぎゅっと耳を掴まれた。開いた耳の穴の奥、「逃げんなよ」と低い声で直接囁かれれば背筋がびりびりと痺れるようだった。 ……つーか、耳熱……。 「そっちこそ、金用意しとけよ」 画して金蔓、もとい今夜の宿はどうにかなりそうなことになった。 けれど律儀に相馬の仕事を終わるまで大人しくしてるほど俺も暇じゃねえんだよな。 一旦相馬とは日が暮れて会う約束をし、俺はその辺の町中をぶらつくことにした。……あ、ついでに相馬に飯代貰っとけばよかった。 夜はどうにかなりそうだが、それまでが長い。キュルキュルと空腹に苦しむ腹を撫でる。 ……というか、この夢俺の知り合いばっか出てくるってことはやっぱ愛斗もいるってことだよな。 見てみて〜〜、似合わねえ服着てファンタジー世界で暮らしてる愛斗見てみて〜〜。 モブみてーな格好してんのかな、でもクソでっけえ邪魔だろってサイズの剣抱えてる愛斗も見てみて〜〜なんた思いながらほっつき歩いてると風俗街から出ていたようだ。辺りには子供や年寄の姿が増えてきて、食いもんの店で賑わう路上の中、余計食欲を唆られてきた。目の前で焼かれるなんかよくわかんねー鉄板料理を眺め、涎が垂れそうになっていたときだ。 いきなり背後からなにかがぶつかった。 「い゛……ッ」 いってえな、と振り返ったとき。 一瞬呼吸が止まる。 「……邪魔だ、そんなところで突っ立ってんじゃねえよ」 無骨な作業着に明らかに家族連れの和やかな町並みからは浮いた凶悪な目つき、見間違えるわけがない。聞き間違えるはずがない。 ――愛斗だ。 「っ、愛斗っ!」 「……あ? 誰だよお前」 「誰だって、お前……」 テメェの恋人の顔まで忘れたのか、と思わず胸倉掴み掛かりそうになったがそうだ、ここは現実とはまた違う世界なのだ。 ってことは、俺と愛斗は初対面だったってことか?この世界の俺は今までなにやってたんだ?と呆れる。そうか、何もしてねーからこうして追い出されてたんだったわ。 「……仕事なら俺じゃなくて店に言えよ」 「……は? 仕事?」 なんだよ仕事って。そう問いかけようとするものの、愛斗はさっさと歩き出すのだ。 そしてやってきた町外れ、愛斗が入っていったのは石造りのいかにも厳しい建物だ。 ……鍛冶屋、と、石の看板には掘られていた。 「ま、愛斗が……鍛冶職人……」 無言でかつーんかつーんとハンマーで鉄打ってる愛斗を思い浮かべる。……いや、いやいや、そんなん……あいつ絶対そんな器用じゃないだろ。そんな……。 「………………ちょー良い…………」 こうして俺のファンタジーライフは今度こそ幕を上げたのだった。 感動的な愛斗との再会から数十分後、俺は地面の上に放り出されていた。 早速愛斗に会いに行こうと鍛冶屋に突撃するも、俺が丸腰の無一文だと分かると「冷やかしなら出ていけ」と愛斗に半ば乱暴に店から引きずり出されたのだ。そして、現在に至る。 「くっそ……痛え……」 鍛冶屋というのはどこもこうなのか。こっちは客だぞ、少しくらい優しくしてくれたっていいだろうが。ぶつくさ言いながらも身体を起こそうとしたときだった。 「わっ、だ、大丈夫ですか〜?」 ふわふわとした甘くとろけるような声。 振り返ればそこには柔らかい微笑みを浮かべた男がいた。派手な装飾に明るい髪色。いつもの着崩した制服ではない分一瞬脳がバグってしまいそうだったが、間違いない――七緒だ。 咄嗟に「七緒」とその名前を口にすれば、目の前の青年――七緒は驚いたように目を向ける。 「あれ、なんで俺の名前知ってるの?」 あ、やべ。面倒臭えな。岸本や相馬たちとは違うやつか。ここはなんて言うべきか。怪しまれない言い方……うーん。 「……運命?」 「う、運命……?」 「なんかお前の顔を見てたらびーんときちゃって」 「……」 やべ、流石にアホの七緒でも騙されないかこれは。そう内心冷や汗をにじませたとき。 いきなりぎゅっと手を握り締められる。 「へ」 「やっぱりそうだったんだ……!」 「え、なにやっぱりって……」 「ヒナちゃん、ほら、見て見て見つけたよ! さっきの占いの人が言ってた俺の運命の相手!」 ヒナちゃん――日生?あいつもいるのか?ってか、占いの人ってなんだ。 そう立ち上がる七緒に引っ張られそうになったときだった。 「おいやめろって、迷惑だろうが!」 聞き覚えのある声。……そして七緒とは対象的な地味で装飾一つもない青年、日生がそこにいた。 七緒に荷物でも持たされてるのか?と思うほどの荷物を抱えていた日生だったが、片腕で日生は俺から七緒を引き剥がす。そして目があったと思えば、「すみません」と頭を下げてくるのだ。 おお、現実の日生よりも可愛げがある。 「こいつちょっと頭弱くて……ほら、七緒帰るぞ。早くこれを届けなきゃ開店すらできないだろ」 「ええ? でもせっかく会えたのに……あ、そうだ。ねえねえお兄さん、よかったら俺の家に来ない? ご飯まだでしょ?」 きゅ、と指を絡められる。にぎにぎと手を握ってくる七緒。……手の速さは変わらないのか。思いながらも、「そうだな〜」と俺は考えた。相馬との約束があるしな……。でもタダ飯は食いたい。 それじゃあ、と口を開けかけたときだった。すぱんと良い音を立てて七緒の頭が叩かれる。 「いでっ! ……うえ、ヒナちゃんなんで叩くの〜〜!」 「こういうのはやめろって毎回言ってるだろ、それにその飯ってまさか……」 「もちろんヒナちゃんのお店だよ!」 「………………」 「な、なんで起こるのお? お客さん増えるのヒナちゃんも嬉しいでしょ〜?」 「……はあ」 露骨なため息。ぐずぐずと半べそになっていく七緒から手を離した日生はこちらへと向き直る。 「……すみません、七緒がご迷惑おかけして。こいつの言うことは聞かなくていいので」 「なんでそんな酷いこというの〜!」 そう、七緒の首根っこ掴んだ日生は俺に会釈し、「俺たちはこれで失礼します」と頭を下げる。 咄嗟に俺はそんな日生の腕を掴んだ。驚いたような黒目がこちらを向く。 「……? あの……」 「あんたのお店、どこ?」 「え?」 まさか聞かれると思ってなかったらしい。驚く七緒と、そんな七緒以上にびっくりした様子の日生だったが服のポケットから紙切れを取り出し、簡単な地図を書いてくれた。 「……迷惑代ということで、いつでも来ていただければ奢りますよ」 「まじで? やった」 「え、なんでなんでヒナちゃんなの? 俺は〜?!」 「……それじゃあ、失礼します」 「俺は〜〜?! あ、俺の家の場所書いておこっか? ね〜!」 ずるずるずる……と日生に引きずられる七緒の声もやがて人混みに消えていく。あの二人は相変わらずのようだ。 ……それにしても。手元に残されたメモに目を向ける。あの日生が飯屋やってるとは。……まあ、似合うっちゃ似合うしな。いつの日か日生に飯作ってもらったときのことを思い出しながらも、俺はメモをポケットにしまい込んだ。これはいい暇潰しにはなるだろう。 ◆ ◆ ◆ それからすっかり日も落ちた頃。 俺は仕事を終えた相馬と落ち合うことになった。 「相ぉ〜馬ぁ〜……? 俺、言わなかったっけ? 腹減ったって」 「ああ、言ってたな」 「だったら飯が先だろ、飯がっ」 思わず突っ込まずにはいられない。 出会い頭付いて来いというのでノコノコ付いていけばこれだ、しかも路地で。人通りはないし明かりはないのでセックスするには最適だとは言えども。 服の下に手を突っ込んでくる相馬の腕を掴み、引きずりだそうとすれば片方の手で顎を掴まれる。止める暇もなく唇を舐められ、濡れた肉厚の舌で両顎こじ開けられ口内を蹂躙されればなんかどうでもよくなってきた。くそ、腹の音止まらねえし。 「……っ、ん、ぅ……」 「お前、キスのときは大人しいのな」 「……お前にだけは言われたくねえっての」 人よりも先にスイッチ入りやがって。睨み返せば、相馬は小さく笑って俺の身体を抱き締める。どさくさに紛れて背筋を撫でられ、喉が震えた。 下腹部、勝手に興奮した相馬のブツが当たる感触がして「おい」とその硬い腹を小突いた。 「お前、腹減ったってそっちかよ。仕事中ムラムラしっぱなしでしたってか?」 「あながち間違ってないんだよな、それ。……誰かさんがあんな誘い方するから仕事中ずっと他のこと考えらんねえの」 「……っ、誰かさん、ねえ?」 隠すどころか開き直る。肩口に鼻先を埋めた相馬に首筋を舐められ、思わず息を飲んだ。上目ガチにこちらを覗き込む相馬と目が合う。 「お前も勃起してきてんじゃん」 ……気付かれた。 咄嗟に腰を引こうとするが、腰へと回される腕に更に強く抱き寄せられれば膨らみ同士が擦れ、身体の奥からじんわりと熱が溢れ出す。 「……っ、少し、だけだからな……」 「してくださいの間違いじゃねーのか?」 「馬鹿、お前が挿れさせて下さいって頼めよ普通」 「挿れていいのか?」 出た、相馬の意地の悪い顔だ。こいつのこの顔はおそらく俺しかしらないだろう。 焦らしてるつもりなのか、硬い掌で腰を撫でられる。人がどんな状況かわかってるくせに、こいつは。 「……いいって言ってんだろ、さっさと出せよ。それ」 ベルトを緩め、そのまま下着ごとずり下げれば相馬は「このあと飯行く体力残しとけよ?」と笑った。いつもの朗らかな笑顔。「お前もな」という言葉は飲み込んだ。……こいつの体力は底なしだと俺は知っていたからだ。 「声出すなよ」 そういう相馬に服の裾を噛まされる。自ら腹を出すような格好だ。剥き出しになった腹や胸を撫でられればびくりと身体がのけぞる。 良いから早くしろ、と睨めば、相馬は「やっぱお前のが堪え症がないな」と笑うのだ。そして、剥き出しになった腿を掴まれる。 片腿を膝から折り曲げるように持ち上げられれば、嫌でも広がってしまう下腹部に固唾を飲んだ。 「……っ、ふ……ぅ〜……」 「はいはい分かったから、少しくらい待てよ」 「な?」と腿を掴む指先に力が籠もる。なんで俺だけ仕方ないやつみたいな扱いをされてるのか、お前だって限界なくせにと思うが正直先走ってやばいのは事実だ。相馬の下腹部に手を伸ばし、さっさと脱がせようとすれば「焦りすぎ」って笑いながら相馬は俺の下腹部にようやく触れる。 「っ、ぅ、ん……」 事前準備のお陰で柔らかくなったそこに触れた相馬。そのまま相馬の硬い指が中に入ってくる。思わず崩れ落ちそうになるが、相馬の腕に支えられたお陰で助かった。 「……ふ……ッ」 「……そのまま。そのまま触れよ」 直接、と相馬の唇が動く。……注文が多い奴め。お願いします大地様だろうが、と思いつつも俺はいい子なので仕方なく相馬の言うことを聞いてやった。 ベルトを外してファスナーを下ろす。そのままウエストを掴んで下着ごとずり下ろせば余程窮屈だったらしい、下着の下から飛び出てくる性器はすでに勃起し、先走りで亀頭は肉色に濡れていた。相馬のことだ、仕事終わって風呂も入ってないのだろう。呼吸を止めても鼻腔を犯してくる雄の匂いに頭がくらくらする。 「ふっ、せえ……」 「うるせえな、しゃぶらせんぞ」 「……っ、やへろ……!」 つか聞こえてんのかよ。嫌だと断固拒否すれば、相馬は「嫌がんなよ、傷付くだろ」とちっとも傷付いた顔を見せず、それどころか二本の指で左右に広げた人のケツの穴にそれを押し当ててくるのだ。背中に硬い壁が当たる。 「っ、……ふー……ッ」 ぐ、と奥歯を噛み締めたときだった。相馬の腕に抱き抱えられるように腰を掴まれ、そのまま挿入される。 落ち、沈むような感覚に堪らず咄嗟に目の前の相馬にしがみつけば至近距離で目が合った。そして相馬は躊躇もなく俺の口から裾を離し、性急に唇を重ねてくるのだ。 「んぅ……ッ、ふ、ぅ……ッ!」 「口、開けろよ」 「……っ、かわいく、ね……んん……っ!」 唇に噛み付くようにキスをされ、そのまま腰を落とされる。奥へ奥へと深く挿入されていく性器の熱はあっという間に全身へと回る。内壁と咥内を同時に犯され、辺りに響く濡れた音がより一層大きく聞こえた。 太い亀頭で中を掻き混ぜられ、快感を逃す隙きを与えないとでもいうかのように的確に弱いところを性器全体で擦られれば、それだけで声が漏れそうになった。そして相馬は俺の声すらも奪うのだ。 「っ、ん゛ッ、ふ……ッぅ、う……ッ」 「……っ、ひっでえ顔だな、自慢のイケメン面はどうした?」 「う、るへ……っ、お、まえが……ッ」 「俺が? 何?」 「っ、ひ、ぐッ」 言いかけた矢先、とぼけたように笑う相馬に腰を抱えられ、そのまま最奥を亀頭で突き上げられた瞬間だった。頭の中が真っ白に塗り潰される。 無意識に逃げようと浮く腰をがっちりと掴まえ、相馬は人の背中を壁に押し付けそのまま腰を動かすのだ。 「っ、そ、ぉま……っもっ、と……ッ、ゆっく、り゛……ッ」 「……っ、は、それも俺を喜ばせるフリかよ、よくわかってんな木江は」 「ち、がぁ……ッ」 激しい行為は嫌いではないし寧ろ興奮する。が、こいつの場合はまた別だ。人の話を遮るように唇を塞がれ、舌を絡め取られる。恋人かなにかのように執拗に唇を重ね、舌を愛撫されながらも腹の中を勃起したブツでゴリゴリピストンされれば正直もうなんも考えらんね。隙間ないほどみっちりと挿入された性器で犯される。その傲慢さは夢の中でも現実でも変わらない。そんで、それは俺も同じだ。 「っ、は、ん……ッ、ぅ……ッ」 ムカつくけどクソほど相性はいいのだ、だって相馬のくせにちんこはデカイわ俺の弱いところ突いてくるわ、ただこいつの偉そうな態度はむかつくけど今はこのちんこに免じて許してやる。 びゅくびゅくと相馬の服に飛び散る精液を知らないフリをしながら、俺は相馬の胸にしがみついた。咄嗟に締め付けた腹の中のものはまだ大きくなる。 今夜は長くなりそうだ。 熱に当てられた頭の中、俺は相馬に唇を寄せた。 ◆ ◆ ◆ 朝、目を覚ませば頭がガンガン痛んだ。そして見慣れない天井。俺が寝かされてたのは知らない部屋のベッドの上だ。 ……まさかと思いながら体を起こし、窓の外を覗き込む。そこには見慣れたことのないどっかの外国のような町並みが広がっていた。 どうやらまだ例の夢は続いてるらしい。……ってか、ここどこだよ。 脱ぎ散らかしたままの服と下着を見つけ、痛む体でそれに着替えた。 確か昨夜は街路で相馬に抱かれて、そんで……記憶がねえな。レンガの壁が途中からベッドに変わったのはうっすらと記憶にあるのだが。 もしかして相馬もいるのか、と広くはない部屋の中を見渡したとき。遠くから水の音が聞こえてくる。俺はそのままその音のする方へと歩いていく。その先にあったのは想像通り風呂場だった。 いきなり扉を開き、服のまま入ってくる俺を見て、丁度こちらに背中を向けていた相馬は「どうした?」と振り返ってくる。どうやら髪を洗ってる途中だったらしい。もう少し驚いてくれるかとわくわくしてたが、隠すこともせず寧ろ堂々と迎えてくる相馬についむっとしてしまう。 「腹減った、朝飯食いたい」 「セックスして、寝て、そんで起きたら飯か。元気だなお前は」 「誰かさんに腹空っぽにさせられたからな」 「そりゃ悪かったな。……待ってろ、すぐ上がるから」 濡れた手で頭を撫でられる。やめろ、としっしと振り払えば、相馬は目を細めて笑うのだ。 「……それとも、一緒に入るか?」 「……ヤダ」 「珍し、昨夜はあんなにもっともっと言ってたくせに」 「腹減ってんだって、これ以上お前に搾り取られたら皮になるだろ」 「そりゃ残念」 どこまでが本気なのかよくわからないやつだ。 さして残念そうでもなく、あっさりとした相馬に浴室から追い出される。やや湿った俺は再びとぼとぼと部屋に戻った。 ……相馬の裸思い出したらムラムラしてきたな、やっぱり一発抜いてもらうか?なんて思いながら。 ◆ ◆ ◆ 相馬の金で飯を食う。相馬も相馬で腹は減ってたらしい。気付けば俺よりも食ってる相馬に今更何も思わない。妙な世界だと思ったが飯は美味いというだけでも加点だ。 「あのウエイトレスのお姉さんめっちゃかわいいな」 「お前どうせ胸しか見てねーんだろ」 「木江の貧乳も悪かねえけどな」 「うるせえ、今度から金取るからな」 「おいおい今回も取ってんだろうが……ったく。おい、このあとのことちゃんと分かってんだろうな」 「このあと?」と顔を上げれば、「やっぱわかってねーのかよ」と呆れたように笑った。 「装備整えてギルド行く。もう忘れたのか?」 「……」 あーそうだった、忘れてた。つか、ギルドって。装備って。勇者ってなんだよ、クソめんどくせえ。 「めんどくせえって顔してんぞ」 「なあ相馬ぁ〜ちょっと頼みがあんだけど」 「友達のよしみでまあ最低装備整えるまでは付き合ってやるけどそれ以降は面倒見きれないからな」 「ええーつめて〜〜!!」 「お前誰の金で飯食ってんだよ、おい」 「……もぐ」 クソ、やっぱ駄目だったか。 つか装備云々言うが俺は俺だぞ、ゲームのキャラでもねえし真面目に戦えるわけねえっての。……痛えのやだし。 「まあ、確かに木江は真面目にクエストなんかやらずとも別の方法で稼いだ方が早そうだけどな」 「なんかいい方法あるのか? 痛くなくて楽に金がっぽり稼げる仕事が」 思わずテーブルに乗り上がる俺に、「お前って本当どうしようもないやつだな」と相馬はからっと笑った。それも一瞬、細められた目がこちらを見る。意地の悪い顔だ。 「モノ好きの野郎に体売れば手っ取り早いだろ。それこそ、そっち関連は葵衣ちゃんのが詳しいかもしれないけどな」 「…………なるほど、確かにそれは名案だわ」 「ま、問題はお前にわざわざ金出してくれるモノ好きがいるかどうかだけどな」 「居るだろ、ここに一人いるしな」 「相変わらずすげえ自信だな。ま、もし売れ残ったら俺が最低賃金でお前を犬として雇ってやるよ」 笑う相馬。最低賃金ってそりゃ良心的だわ。 「そのうち内臓売られそーだからヤダ」 「お前俺のことをなんだと思ってんだ?」 というわけで、腹を満たした俺たちはそのまま建物を出る。 街中は相変わらず賑やかだ。 「おい、木江。どこ行ってんだ、こっちだこっち」 「どこ行くんだ?」 「俺の知り合いの店」 こっちだぞ、と相馬に背中を押され歩き出す。 されるがまま着いていったとき、次第に辺りに見覚えのある町並みが広がる。大通りを通り抜けやってきたのは街外れ。そして目の前に聳え立つは石造りの厳しい鍛冶屋。 「ここって……」 「他の鍛冶屋と違ってボラれるようなことはねえから安心しろ……って、おい、引っ張るなよ」 これで今度こそ冷やかしだってお返されない。 冷やかしじゃねえぞって店に居座れるぞ。そう足取り軽く、今度は俺が相馬を引っ張っていく。 へへん、どうだ愛斗。お前が帰れって言っても今度の俺はお客様だからな、閉店まで居座ってやる。そう息を巻いていたのだが。 「……帰れ」 何故だ。 鍛冶屋店内。店番をやっていた愛斗はやってきた俺――ではなく俺の背後、相馬の顔を見るなりそう吐き捨てるのだった。 「おいおい、そりゃないだろ」 「お前の冷やかしに付き合ってる暇なんてないんだよ」 「この前は冷やかしだったけど今回は冷やかしじゃねえって、なあ木江」 ここで俺に振るのか。 愛斗の目がこちらを向く。そして向こうも俺の顔を覚えてたらしい、人の顔を見るなり露骨に嫌そうな顔をしやがった。 「……お前、また来たのか」 「え? なに? お前ら知り合いだったのか?」 「んーと、なんつーか……前冷やかしに」 「やっぱ冷やかしじゃねえかよ」 「ちげえって、今回はちゃんと客として来たんだからな。な、相馬」 「そーそー! そういうこと」 と、肩に相馬の手が置かれる。 愛斗は信じてるのかすら怪しいが、一まずは追い出すことはやめてくれたようだ。 「勝手にしろ」と吐き捨て、そのままカウンターの奥へと引っ込む。買う物決まったら呼べということらしい、どんだけ接客業不向きなんだあいつ。 「良かったな、木江。古賀がいいってよ。じゃああいつの気が変わる前にさっさと選べよ」 「はーい」とだけ答え、それから俺のショッピングは始まったのだが。武器見て「かっけ〜〜!!」ってはしゃげるような少年心など持ち合わせていない俺としてはどれもが同じように見えて仕方ない。のでもう直感で一番強そうな剣を手に取る。 「そーまそーま、これどう?」 「木江に武器って心臓に悪いな、落とすなよ」 「そーじゃなくて、かっこいいですねって言えよ」 「しかも命令形かよ」 「つか、そもそも持ち方間違ってんだよな」と相馬が側にやってくる。それから柄を掴んだ俺の手の上から握ってくる相馬にぎょっとする。 「お前習わなかったのか? さっきの持ち方じゃすっぽ抜けんだろ、ここ、ちゃんとしっかり持つんだよ」 「んぉ……」 「おい、聞いてんのか?」 聞いてるも何も、そんなに手を握られて話が頭に入ってくるわけがないだろ。 わざとなのかこいつ、と見上げれば、相馬も俺の視線に気付いたらしい。 「お前チンポの握り方しかわかんねえのな」 「相馬君がセクハラしてくるんですけど」 「お前だってしてんだろ。つか、そんなへっぴり腰で戦えねえだろ絶対」 どさくさに紛れてケツを叩かれ、「おい」と相馬を睨む。 流石に彼氏の職場でケツ揉まれるとは思わなくて、「相馬」と小声で叱りつければ相馬は笑った。楽しそうに、まるでしてやったりみたいな面で。 「何発情してんだよ。……俺はただ善意で教えてやってんのに、お前本当どうしようもねえな」 「発情してんのはお前……っおい、趣味悪いぞまじで……っ!」 「なんで嫌がってんだよ。……お前、人前好きなくせに」 いくら愛斗が消えたカウンターからは死角になるとはいえだ、いつお客が入ってくるかも他の人間がやってくるかもわからない。 手の甲で尻を撫でられたと思えば、そのまま手のひらを引っくり返して片方の尻を鷲掴まれれば全身が緊張する。 確かに、好きだけども。だけどもだ。 ……つーか、この世界では俺と愛斗はまだほぼ初対面なんだよな。分かってても、なんか嫌だ。嫌なのだ。 「……っ、剣はもーいい」 これ以上はこいつが調子に乗りそうな気がして、まじでここで抱かれ兼ねないと思った俺はやつに剣を押し付け、引き離す。 「あ、おい! 落としたら危ねーだろ」 「そんときはお前が弁償してくれんだろ」 「あ? まーそうだけど何拗ねて……」 そう言いかけて、相馬はなにかに気付いたようだ。剣を元あった場所へと戻しながら「ああ、なるほどな」とやつは笑う。 「お前、古賀のこと気にしてんのか?」 図星である。こいつ、普段は馬鹿なくせになんでこういうときだけ鋭いんだよ。 「確かにまあ、お前が好きそうなタイプだよな。古賀みたいなのって」 「なんでお前が俺の好み把握してんだよ」 「お前がちょっかいかける男、大体似たようなやつだしな。いかにも木江のこと嫌いそうなやつだって」 ……まじか。そうだったのか、俺。と胸に手を当てて思い返してみれば確かに虐めたくなるというか構い倒して嫌そうな顔をされるのはちょっと唆られるというかなんだこいつ、俺博士か? 「古賀がいるから触られんの嫌なんだろ、俺らの関係知られたらあいつぜってー嫌がるからって」 「つうか、常識の話してんだよ。常識の!」 「へえ? あの木江が常識なあ」 そう笑う相馬。完全に馬鹿にしてる笑い方だ。 こいつ、とむっとしたとき。カウンター奥から物音がした。振り返ればどうやら丁度愛斗が戻ってきたようだ。口では何言わないが、さっさと決めろと言わんとしてるのがありありと出ている。 俺は慌てて相馬を引き離した。 相馬はまだ何か言いたそうだったが、相馬が口を挟んでくるよりも先に俺は装備を選ぶことにした。 そしてそれを相馬に買ってもらう。 愛斗は最後まで愛想悪かったし営業スマイルの一つもできてなかったけどまあ許す。愛斗だし。 そんで外。 「軽いのにしてよかったわ、けどまじで邪魔だなこれ……相馬持って」 「俺が持ってどうすんだよ、お前のだろ」 まさかこんなもの持つ日が来るなんてな。夢とはいえ、ある種貴重な体験だ。 「それより、本当に戦えんのか?」 「わかんねーけど、まあ俺要領いいからなんとかなるだろ」 「どっからその自信が来るんだよ」 「それより相馬、腹減ってね?」 「あー……言われてみりゃ減ってきたけど」 「丁度いい店知ってんだけど、行ってみねえ?」 「おい、お前が行きたいって……ちゃんと大丈夫なところだろうな」 「どーいう意味だよそれ」 「そのままの意味だよ」 素直か。そういうことはオブラートに包めよ。 気分転換、ではないが興味もあった。あと腹減ってきたのもある。 俺は昨日、日生から貰ったあいつの飯屋の場所が書かれたメモを取り出した。 本当はあいつの店には一人で行こうかと思ったが……正直な話、思ったより鍛冶屋で使わせた金額がでかかった。こいつの性格からするにこのあとのさらなる要求してくるだろうし、それが怖すぎたので早めに借りは返したかったってのが本音だ。 そういうわけで俺は相馬と一緒にメモに書かれた店へと向かった。 ◆ ◆ ◆ 「うわ、びっくりした。木江が連れてくからどんな非合法の店かと思ったらまじでまともじゃん」 「お前人をなんだと思ってんだよ」 「木江は木江だろ?」 なんか馬鹿にされてんなこれ。 ムカついたが、まあ相馬が驚くのも無理はない。つうか、俺も思ったよりもちゃんと飯屋してる日生にびっくりしたし。 いかにも大衆向けの飯屋の扉を開けば、中はまさに食堂ですって感じだ。中ではちらほらと年寄りたちが喋りながら飯食ってて、平和な空間がそこには広がってる。 そしてそのカウンターにはそんな平和な空間に似つかないチャラついた派手な男――もとい、七緒がいた。 「いらっしゃいま……って、あ〜〜!この前の人〜〜!」 なんでここにいるのか。 俺の顔を見るなり立ち上がった七緒は嬉しそうに「来てくれたんだねえ〜!」と俺の手を取り、ぴょんぴょん跳ねる。 「ああ、丁度近くに来たから飯食わせてもらおうかと思って」 「嬉しいなぁ、俺また会えると思ってたんだよねえ! あ、ちょっと好きな席座って待っててね。……ヒナちゃーん! ヒナちゃ〜ん!」 ドタバタと騒がしく七緒はキッチンのある奥へと引っ込んでいく。 つか、七緒ここで働いてんのか?いやあいつを一人で店番させるのは危険すぎる、ただ勝手にカウンターに入ってるだけかもしれない。 なんて思ってるとすぐに七緒が戻ってきた。 「ヒナちゃんが好きなもの食べて行ってくださいって! ……えーと」 「まじ? やった。あ、俺は大地」 「大地? んーと……じゃあ大ちゃんだね!」 「ああ、世話をかけるな。七緒」 えへへと嬉しそうに頬を赤らめる七緒。このやり取りも酷く懐かしく感じるレベルだ。そうそう最初からこの距離感だったんだよな、なんて懐かしむのもつかの間。七緒はそろりと俺の背後に立ってた相馬に目を向ける。 「大ちゃん、えーとこの人は……」 「ああ、こいつは……」 「信楽相馬。……こいつとは、まあ腐れ縁みたいなものだな」 否定はしないけどな。言いながら、よろしく、と七緒と握手する相馬。七緒は俺と相馬の顔の間で視線を何往復かしていたが、何か勘付いたのだろうか。ヨロシクオネガイシマス、と人見知りを発動していた。 ……まあ、こいつ相手に警戒するのは間違いではないな。 それから七緒に案内されて俺達は老人会の邪魔にならないよう離れたニ階の席に腰を掛けた。庶民的な店はいい、ファンタジーの世界なくせに妙に生活感あってなんか実家みたいな落ち着き方してしまう。 ……つうか、そうだ。実家ってことは親父や十和もどっかにいんのか? けど、岸本んところに居候してたってことはこの世界の俺、勘当されてんじゃねえか。 「さっきのあいつ、知り合いか?」 上着を脱ぎ、ソファーの背もたれに掛けながらそのまま向かいのソファーに腰を掛ける相馬。 「知り合いっつーか、まあ、色々あってな。タダ飯食わせてくれるって」 「あの様子じゃお前狙いだろ、俺連れてこなかったのが良かっただろ」 「なんで?」 「勘違いされんじゃねえの? 男連れだって」 「……」 なるほど、それは一理ある。となると次回からはタダ飯食えなくなる可能性もある。 「でも相馬はノーカンだろ」 「あの七緒ってやつはどう思うかわかんねえだろ。……あ、木江俺もそれ一口」 「やだ、自分で頼め」 先に頼んどいたドリンクを強請ってくる相馬の目の前でわざともう一口がぶ飲みしたら、相馬は「ひっでえ」と肩を揺すって笑うのだ。 「ま、あいつからしてみりゃ幸いかもしれねーしな」 「お前な……俺がモテるからって僻むなよ」 「ああ、妬けて妬けてキリねえわ」 投げやりな言葉だ、心が微塵も籠もってねえ。誠に遺憾な俺。 それから間もなくして七緒が注文聞きに来て、俺達はそれぞれ好きなもん頼んだ。っていっても世界が世界なので飯の内容もメニューからじゃなんもわかんねえ、俺でも分かる食材使われてそうなものだけを頼んだ。 それからタダ飯食って、日生とも少し挨拶した。味はまじでうめー。つか、夢にも味覚ってあんのかって感心した。なかったらやってらんねえし寧ろありがたいけどな。 それから、満腹になって俺達は店を出る。 「じゃ、俺そろそろ仕事あるから行くわ。お前は?」 「まじで? 休めよ」 「お前が給料出してくれんならいくらでも休むけどな」 「よしじゃあ仕事頑張ってこい」 「お前な……」 というわけで相馬と別れ、ぽつんと一人残された俺は暫くぼけっと町をぶらついていた。 ギルドへと行き、冒険者登録してクエストを受注する。それが一連の流れらしいが、正直まじで面倒臭え。つか、そろそろ夢覚めてくれてもいいんじゃねえか? なんて思いながら、相馬に買って貰った武器を手にする。長い物は邪魔になるのでなるべく軽く、短い武器がいいと選んだ短剣だが財布すら持ちたくない俺にとっては荷物も荷物だ。 ……まあ、愛斗が一生懸命作ってくれたっていうんなら持ち歩くけども。 なんて考えてたときだ。 「げ」 ……げ? と声がする方を振り返ったときだった。 「……なんで君がここに居るわけえ?」 この耳障りなねちっこい声は……。 「うっわ、多治見先輩……」 「先輩ィ? 君に先輩なんて言われたくないんだけどぉ?」 あまりにも昼間の太陽の下が似合わない陰険男がそこにいた。この陽気の中、頭からフードを被って全身黒ずくめの男はあまりにも場違いすぎる。つか、なんだ。この男とは知り合いなのに愛斗との好感度はリセットされてんのおかしいだろ、世界。 「って、まさか君……」 そう、多治見がなにかを言いかけたときだった。 「キャー! 勇者様ー!」 テンプレみたいなモブの女たちが黄色い悲鳴を上げる。勇者様?どこだ?と釣られて辺りを見渡した矢先だった、あろうことかモブ女たちは多治見に群がり始めたのだ。 「い……っ?!」 一瞬夢でも見てるのかと思った。……いや、夢だけども。いや待て、だって……。 「多治見先輩が勇者様ァ?! ……いやそれはねーだろ絶対ないない有り得ない」 「っ、君には関係ないよねえ? てか、何? 君喧嘩売ってる? 人の夢にまで出てきて本当ムカつくんだけど」 「いやだって……………………」 ……え? なんか今さらっと妙なこと言わなかったか、この人。 じゃれつく女子たちをしっしと無言で追い払う多治見に思考が停止する。 「……夢?」 「そーでしょ、ぼくの夢なんだからぁ、雑魚モブニートの君にとやかく言われたくないんだけどぉ?」 「ぼくが勇者でなにが悪いのぉ?」とむっつりする多治見。いやおかしい、たしかにこの寧ろ魔王じゃね?って多治見が勇者なのもおかしいし、そもそもだ。 「これ、俺の夢なんすけど」 「はあ? 何言ってんの? なにもかもが自分中心な馬鹿だと思ったけどまさかねえ、自惚れもここまで来たら芸術だよ、芸術」 「いやいやいやまじで、だって俺も意識ありますし。他の奴らは本気で覚えてねえっぽいけど……」 「…………」 多治見も俺がただのモブと違うとわかったのか、僅かにその目を開く。相変わらず冷ややかな目だ。 「……勇者はあげないよぉ?」 「いやいらねーし、そんな面倒なポジション。つうか、俺はただ金が欲しくて……」 「金ェ?」 何故多治見にこんなことまで話さなければならないのかと思ったが、もし多治見が夢の中の人物じゃないとすればだ。いやこれも演出の一つなのか、分からないが何かとてつもなくややこしいことが起きてる気がしてならな……。 「っておわ! 何いきなり斬りかかってんすか……っ!」 「……んーだってえ、君いたら面倒そうだし」 「こんのキチガイ野郎……!」 「それに魔王様……きよに会いに行ける人間は一人で十分なんだよねえ」 「ってなわけで、さよぉなら。ばいばあい」と腰の鞘から剣を引き抜いた多治見は微笑んだ。いやお前そのローブで剣士勇者はない、俺でも分かる。絶対魔法職だろ。 なんて思いながら咄嗟に下ろしたての探検を抜いた。が、戦い方など分かるわけがない。もしかしたら鍛冶屋で相馬がなんか言ってたかもしれないが聞いてなかった。 見様見真似で弾こうとしたが、明らかに力負けだ。顔を上げればやつの頭の上に文字が浮かぶ。 『こうたろぴす Lv.999【勇者】』――いややり込みすぎだわ、あとそのキャラでその名前チョイスはキモいんだわ。 思いながら最後、俺は呆気なくこうたろぴすの経験値にされたところで意識が闇に飲み込まれる。 ああ良かった、ようやく夢から覚めたのだ。そう胸を撫で下ろすもつかの間。 ほんの数秒間のことだと思えた。 「だーいーちっ! 起きてよほら! 大地ってば!」 この声は、と反応するよりも先に「えいっ」という声とともにぺちっと頬を叩かれる。 「ってぇ、起きてる……って……」 「嘘、さっきまでぐーぐー言ってたくせに。それより、いつまで寝てんの? 働かざる者食うべからずって言葉も知らないわけ?」 「…………」 「ちょっと大地、人の話聞いてんの?」 正直、聞いてない。ってか頭に入ってこねえ。 目の前にいるのは間違いなく岸本だ、あの特徴的な髪色に小煩い声、見た目だけはいいのとかまんま葵衣ちゃんなのに。 夢から覚めてないどころか。これは。 「……異世界でループものとかあり……?」 おしまい