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田原摩耶
田原摩耶

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血の繋がりだけの関係【↑300/3,100文字/レヴェナント×良平】

 幼い頃から眠っているとき、どんな少しの物音でも目を覚ましてしまいそうになっていた。  それは兄がいつ帰ってきてもすぐに出迎えることが出来るようにという習慣のようなものだった。――いつの日からか行方を眩ませた兄とまた会えるように、という。  けれど、地下にやってきてから日に日に眠りが深くなっているのが分かった。無論、連行されて最初の頃はいつ殺されるのかと気が気でなかったが。  今では周りにいるヴィランたちも悪い人ではないと分かったからだろう、常に傍に誰かがいてくれているという状況に安心してしまっているようだ。  ――けれど、例外もあった。  深い眠りの中、ふわりと懐かしい匂いが鼻腔を擽る。優しくて柔らかいその匂いに意識は奥底から引き上げられるのだ。    無理矢理瞼を持ち上げれば、薄暗い寝室の中。こちらを覗き込む人影を見て思わず手を伸ばした。硬く、大きな掌の感触。そのまま優しく手を握られ、頭を撫でられる。大好きな匂いに包まれ、思わず目を瞑ってしまいそうになるのを必死に堪え、顔を上げた。 「悪いな、起こしたか」  良平、と横髪を耳に掛けられ、そのまま柔らかく耳を撫でられる。  仕事から戻ってきたところだったのだろうか、普段はきっちりと着込んでいるスーツを着崩した兄は俺を覗き込んだまま微笑んだ。 「ううん、……兄さん、今帰ってきたの?」 「ああ。……寝顔だけ見るつもりだったんだがな」 「そんなの、全然起こしてくれてもいいのに」  寧ろ、起こしてほしかった。  ――もう二度と出会えないと覚悟していた兄と再会し、こうして兄の下で暮らせるだけでも幸せだった。  それでも、まだ足りない。ヴィランたちをまとめる会社のCEOという立場である兄はなかなか多忙で、その上俺との関係性を周りに悟られないように社内でもあまり接する機会はない。  こうして兄が生きているだけで嬉しいとはいえど、それでもやはり寂しくないといえば嘘になるのだ。……そんなことを思ってしまうのだから、兄にはいつになっても子供扱いされるのだろうが。 「そうは言ってもな、あんなにすやすや気持ち良さそうな顔をして寝られてたら起こせない。……それに、良平だって仕事があるんだ」 「兄さん……」 「ん、起きるのか?」 「起きるよ、俺も充分寝たから。……モルグさんは? 確か外にいた気が……」 「ああ、モルグにも暫くは俺が見てるからって好きにしてもらってるよ。……また時間になったらお前の警護を任せることになるだろうけど」 「そっか」  まだぼんやりとした頭の中、いそいそと寝間着を着替えようとすれば「なんで着替えるんだ?」と兄に止められる。 「だ、だって……兄さんいるのに、俺だけパジャマのままっていうのは……」 「気にしなくてもいい。それに、可愛くて似合ってるじゃないか」 「お、俺が気にするよ」 「どうして」 「……どうしてもだよ」  いつもだ、どうせだったらちゃんと寝癖もなくてしゃっきりした姿を兄に見せたいと思うのに……。  対して変わらないと言われればそこまでなのだが、それでもやはりなんだか複雑だ。 「……俺も、今度兄さんの寝顔見に行きたいな」 「俺の寝顔を見たって楽しくないだろ」 「そんなことないよ。ずっと、兄さんは仕事してるところばっかり見てたから……」 「確かにそうか。昔もバタバタしてたからな、実家にいる時間の方が少なかったかもしれない」 「うん、……今も、忙しそうなのは変わらないけど」  ヒーローとヴィランでは立場では正反対だが、俺が子供の頃――兄が現役ヒーロー時代は兄の善家吉次よりもイビルイーターのほうが馴染み深かったくらいだ。  それでも、休みの合間を縫って俺と一緒に遊び、眠っているときにこうして頭を撫でにきてくれた吉次のことも覚えてる。そのとき感じた優しくて硬い掌の感触も匂いも、変わらない。  すり、と兄の掌に頬を押し付けて擦りよれば、僅かに兄の手が反応した。それから、兄に抱き寄せられる。 「悪かった、寂しい思いをさせて」 「兄さん……謝らないで。それに、寂しくはないよ、皆がいてくれるから」 「……そうか」 「だから、その、……俺がただ我儘なだけなんだ」  地上にいた頃よりも満たされているし、たくさんの人たちに囲まれて賑やかな生活を送っている。  それだけで喜ぶべきなのに、やはり側に兄の姿を求めてしまうのだ。  兄の背中にそっと手を伸ばせば、「良平」と落ちた前髪の下、こちらを見つめていた兄の視線が揺れる。普段、部下たちの前では見せない顔――俺だけに見せる善家吉次がそこにいた。 「でも、兄さんが皆に慕われてるのを見てるだけですごく嬉しいし、やっぱり俺の兄さんなんだって誇らしくなるからおかしいよね」 「いや……おかしくはないさ、俺も同じだ」 「兄さん」 「お前が頑張ってると聞いて、安生たちからもお前の話を聞いて嬉しくなる」  額が擦れ合い、鼻先がぶつかる。このままだとキスができてしまいそうな距離だなと思いながらも、そのまま兄の膝の上に向かい合うように座らせられると幼い頃を思い出した。幼い頃、俺は兄の膝の上に座っては兄に話をせがんでいた。  今は俺も縦が伸びたし、兄との距離が縮まっただけだ。何も変わらないはずなのに。 「――本当にそれだけ?」  そう兄の目を見つめたとき、兄は自嘲混じりに目を細めるのだ。 「恐ろしいことを言うな、お前は」 「兄さんが、俺と同じだって言うから」 「お前は違うのか?」  後頭部、後ろ髪を梳かすように撫で付けられる。そのまま後頭部から項、背筋へと降りていく兄の手につられて兄の胸にしなだれかかる。 「……俺の知らない兄さんがいるって知る度に、寂しくなる。……俺の兄さんなのに、なんも知らないんだって」  そして、兄もそう感じている。――そう感じてほしいと思うのは独占欲なのか、わからない。  兄は微笑んだまま、応える代わりに強く俺の体を抱きしめるのだ。いい子いい子と背筋を撫でる。 「なにも、時間や思い出だけじゃない。俺達には他の者にはとって変えられない繋がりがあるだろう?」 「……家族?」 「ああ、そうだ。俺にとって家族はお前だけだ、良平」  地上の母さんたちは違うのか、と言いかけてやめた。深くきつく抱き締められ、「お前だけなんだ」と繰り返すように口にする兄の背中に手を伸ばす。そして、そのまま兄の肩口に鼻先を埋めた。 「……兄さん」  実家に飾られていた兄の遺影に手を合わせる母の背中を思い出す。俺は、兄は死んだとは思いたくなかった。意地だったのかもしれない。  それでも、俺の中での兄は死んでいない。イビルイーターもレヴェナントも、善家良平も全員俺の中に確かに生きている。  それと同時に否応にも理解する、兄が過去の自分を捨て続けてここまで来れた理由を。 「兄さん、ごめんなさい」 「どうして謝るんだ」 「……ごめんなさい、我儘言って」 「良平、」  俺と同じように、兄の中にも俺がいる。兄しか知らない俺がいる。そう考えると、胸の奥がすっと軽くなるのだ。お互いが唯一無二の存在であると分かっているからこそ、 「――俺も、兄さんだけだよ」  思い出は今からでも作っていけるが、血の繋がりは変えようもない。切っても切れないその血の絆こそが兄の救いならば――けど、やっぱり寝顔は見たいな。  そんなことを思いながら俺は兄にしがみついた。  悲しそうな寂しそうな、それでいて安心したような兄の眼差しがやけに網膜に残っていた。  おしまい

血の繋がりだけの関係【↑300/3,100文字/レヴェナント×良平】

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