「ヴィランの人たちの間でもバレンタインってやるんですか?」 それは、細やかな疑問であった。 ――社員寮・自室にて。 その日の仕事も終え、本日の見張り当番であるナハトと寝る時間までだらだらと過ごしていたとき。それとなく問いかければ、ソファーの上で寝転がっていたナハトはものすごく冷たい目をこちらへと向けてくる。 「あれ、え、俺なんか変なこと言っちゃいましたか?」 「言ってる。てか、それはしょっちゅうだけど」 言いながら、面倒くさそうにのそりと起き上がるナハト。ナハトの淡々とした言葉のナイフに「そ、そうなんですか?」と思わず聞き返せば、ナハトは「そうだよ」ととどめを刺してきた。 「てか、なんで俺がそんなこと知ってると思ったの? しかもそれを俺に聞く意味も分かんないし」 「あ……っ、す、すみません……確かにナハトさん、そういうイベント興味なさそうですよね」 「ない。あとそれを理由に浮ついてる平和ボケみたいな連中もムカつく」 「そうですか……」 ぐさぐさと追加で突き刺される鋭利な言葉のナイフ。 取り付く島もなく項垂れれば、「なんでアンタが落ち込んでんの」とナハトは怪訝そうな顔をした。 「い、いえ、なんでもないです! ……あ、じゃあ俺そろそろ寝ますね」 このままでは針の筵になってしまうと判断した俺は「おやすみなさい」とだけ呟いて、そそくさと寝室へと逃げ込んだ。 後ろ手に扉を閉め、ふう、と小さく息を吐く。 ――なんとかしてナハトにチョコを渡したかったのだが、たっぱりナハトさんはそういうのは嫌いなんだろうか。 項垂れたまま、俺はとぼとぼとベッドへと潜り込んだ。 あんなにバレンタインというものに嫌悪感を露にする人がいるなんて。 今度からはなるべくナハトの前ではバレンタインという単語をlん出さないようにしなければ、なんて考えながら俺は眠りについた。 ◆ ◆ ◆ ――二月十三日、バレンタインデー前日。 ――evil本社・営業部。 「……はあ」 休憩中、昨夜のナハトの様子を思い出しては無意識の内に深いため息が口から出てしまう。 そんなときだった。 「どうした良平、溜息なんて吐いて」 心配そうな望眼が隣にやってきた。 「望眼さん……あの、バレンタインで誰かに渡したりしたこととかありますか?」 「ど……どうしたんだよ急に」 「いえ、すみません、仕事に関係ない話してしまって」 「待て、良平お前……その、チョコを渡したいやつがいるってことか?」 一際声を抑える望眼。図星を刺されてしまい、俺は言葉に詰まった。流石望眼だ、やはり洞察力に優れているらしい。 頬がじんわりと熱くなるのを感じながら、俺は小さく落ち着いた。何故か望眼の頬も赤くなっている。 「な……なるほどな、確かに難しいよな。その、相手との関係にも依るだろうけど、別にいいんじゃねえの? ……俺は全然嬉しいけど」 「ほ、本当ですか……っ?」 「あ、ああ。因みに俺はナカにナッツとかごろごろ入ってるものが好きだな」 何故急に好きなチョコの話をしだしたのだろうかと疑問に思いつつ、「わかります、確かにおいしいですよね。俺、果物入ってるやつとかも好きでした」と相づちを打つ。 しかし、流石望眼だ。望眼の言葉を聞いて先程まで萎れていた心がなんとか元気を取り戻したようだ。 「俺も今年は渡す側になってみるかな」 「え? 望眼さん、何か言いましたか?」 「……いや、ただの独り言だ」 一先ず作戦を寝る必要はあるだろう。 俺は仕事が終わったあと、また考えよう。そう俺は一人頷き、気分を入れ替えることにした。 ◆ ◆ ◆ 「えー? ナハトの好きなチョコ?」 「は、はい! モルグさんだったら何か知ってるんじゃないかと思って……」 仕事を終え、迎えに来てくれたモルグと合流してやってきたのは本社の近くにあるレストランだった。 大人びた雰囲気のそのレストランでは、うちの会社の近くということもあってかスーツを着たビジネスマンのようなヴィランのお客さんが多いようだ。 モルグは運ばれてきた料理をつまみながら、不思議そうな顔をしてこちらを見る。 「なんで僕? 僕よりもノクシャスやボスの方がナハトとの付き合い長いから知ってると思うよ~~」 「えーっと、それはその……二人には少し聞きにくくて……」 「あーーはいはいなるほどねぇ」 「う、うう……モルグさんにしか聞けないんです」 「青春だねえ」とニヤニヤと笑うモルグに今更恥ずかしくなってくる。 しかし、散々悩んだ結果これしかなかったのだ。 「善家君には協力してあげたいんだけどさ、生憎僕もナハトの好みについては詳しくないんだよねえ。寧ろ、嫌いなものの方が知ってるかもって感じだし」 「そうですか……」 「けどまあジャンクなやつばっか食べてるみたいじゃん、ナハトの奴。多分チョコだったらなんでも喜ぶんじゃないかなあ。」 確かに、いつもソファーでごろごろしながら手にしてるのはスナック菓子だったり、いかにも健康に悪そうなお菓子ばっかな気がする。 「君からのチョコってなると尚更ね」と付け足すモルグ。微笑まれ、なんだかむず痒さのあまり俺はうつむいた。 「そ、そう……ですかね」 「あは、タコさんみたいに真っ赤になっちゃったねえ」 「か、誂わないでくださいモルグさん」 「ちなみに、僕へのチョコは?」 まさかそんなことを聞かれるとは思ってなくて、思わず「え?」と間抜けな声を上げてしまう。 ジュースが入ったグラスを手にしたまま固まる俺に、モルグはぴたりと固まる。 「あ、もしかしてその反応……渡す気なかった?」 「い、いえ! まさか! 皆さんにもお世話になってますので……」 「そっかあ、善家君は本命チョコのことで頭いっぱいで僕たちのことはすっぽり忘れちゃってたんだねえ」 「そ、それは……」 まさかそこまで自分のチョコに価値があるとも思えなかったし、欲しがってくれる人がいるとも思わなかった。 そう言ってくれるのは素直に嬉しいし、悪い気はしなかったがどう反応していいのか分からずついごにょついてしまう。 そんな俺に「まー寂しいけど仕方ないよねえ」と肩を竦めてモルグはへらりと笑った。そして。 「……ってなわけで、このままチョコ探しに行っちゃう?」 「え? いいんですか?」 「もちろん。ナハトが見張りになったとき動きにくいでしょ〜?」 「……っ! ありがとうございます、モルグさん」 どちらにせよ、誰かに同行してもらう必要があっただけにモルグからの申し出は純粋にありがたかった。 俺はよろしくお願いします、と改めてモルグに頭を下げる。 ◆ ◆ ◆ それから、レストランで食事を済ませた俺とモルグはそのままの足取りで最寄りのチョコレートショップへと向かうことになった。 店の前の通りまで漂ってくる甘ったるいチョコの香りに誘われるよう、女性ヴィランが集まっている。そして、俺とモルグもその内の一人だった。 モルグを見つける度に知り合いらしき女性ヴィランたちに捕まったり、押し潰されたり、実験の材料にならないかと持ち掛けられたりしながらも、なんとか辿り着いたチョコ売り場。 チョコ専門店のスーパーマーケットのような品揃えと棚の量に圧巻される。 「す、凄いですね……っ!」 「ここの店のオーナーは無類のチョコオタクでねえ、自分の全財産を古今東西ありとあらゆるチョコを搔き集めて売りさばいてるんだってさ」 「なんだかロマンチックですね」 「いいよねえ、好きなものに一生懸命になれるのって」 そんな会話を交わしながら、モルグと共に棚を眺めていく。店内は女性客はもちろん、普段の常連のお客さんらしい子供ヴィランたちの姿も多く見かけた。 「あ、これ……ナハトさんっぽい」 「はは、猫の形してるやつ? かわいいねえ」 「モルグさんは誰かにあげるんですか?」 「ん〜? 僕は貰う担当だよ〜。糖分は大事だから、買うとしても自分用かなぁ」 「そうなんですね」 「もしかして僕からのチョコ、おねだりしてる?」 隣を歩いていたモルグと手の甲同士が当たってしまったかと思えば、そのままするりと細く長い指を絡ませてくるモルグにぎょっとした。 「い、いえ、そんなつもりでは……! いや、嬉しいんですけど……!」 「ふふ、そんなに焦らなくても大丈夫だよ。……ん? これとかでいいんじゃない? 他の皆」 慌てて手を離せば、モルグはそれ以上なにを言ってくるわけでもなく並んでいたパーティー用らしいチョコ詰め合わせのバケットを手にする。 確かに、色味も可愛い。 「色んな味があって美味しそうですね。……これは営業部の皆に持っていこうかな」 「偉いねえ、善家君。義理だぞって先に釘刺しておくんだね」 「そういうつもりでは……お、お世話になってるチョコですから」 「はは、分かってるよ〜〜。あ、これはノクシャス向けじゃない?」 「『鉄より硬いチョコ』って……ノクシャスさんの歯を折るつもりですか……?!」 「大丈夫大丈夫、折れないよぉ」 そんな会話をしながらも、どこからかモルグが持ってきたカートに兄、ノクシャス、モルグ、安生、営業部の人たち――そしてナハトの分のチョコを乗せていく。モルグの分はやはりモルグに見られるのは気恥ずかしかったため、影に隠しておいた。 そして精算を済ませた後、大きな買い物袋を抱えたまま俺たちは店を出た。 「たくさん買ってしまいました……」 「持つよ」 「え、そんな、自分で持ちます」 「いーからいーから」 ひょい、と横から伸びてきた手に袋を持ち上げられる。 いくら兄がモルグの上司に当たるとしても、俺自身は関係ない。まだこういう扱いには慣れそうにないな、と思っていたとき、「それで?」とモルグはこちらに視線を向けてくるのだ。 「え?」 「僕宛てのチョコ、買ってくれたんだよね?」 「み、見てたんですか……?」 にこーっと笑みを浮かべたまま、ずいと迫ってくるモルグに俺はぎくりとした。 なるべくバレないようにしてたのに気付かれていたのか。 「というか、見えちゃったって感じだけど。明日は多分君と会えないから今日の内に貰っちゃおってね」 「そういうことだったんですね。本当は帰り際で渡そうと思ったんですが……」 それならば仕方ないか、と俺は別にモルグの手にした袋の中から白い包装紙と白いリボンでラッピングされた箱を取り出した。 「もしかして、それが僕へのやつ?」 「はい。……モルグさん、いつも白衣着てるから白のイメージがあったんですが……あまりお好みじゃなかったですか?」 「ううん、寧ろ好きだよ。けど僕に白のイメージがあるなんて言ってくる子、今までいなかったから少しびっくりしちゃって」 「そうなんですか?」 「うん。……嬉しいよ、善家君」 そう、モルグが俺の手からチョコを受け取ったときだった。 「……何やってんの? アンタら」 不意に、人混みの中から聞こえてきた冷え切ったその声にぎょっとした。 「え、あ……っ! な、ナハトさん……っ!」 なんというタイミングなのだろうか。 声のする方へと振り返れば、そこには私服姿のナハトがいた。仮面の代わりに口元をマスクで隠しているナハトは恨めしそうな目でこちらを見ているではないか。 青ざめる俺の隣、モルグはというと大して驚くわけでもなく「やほ〜ナハト」と軽く手を振る。 「どっかお出かけ? 珍しいねえ、任務外では引きこもりなナハトがこんな街中にいるなんて」 「俺がどこで何してようが俺の勝手。……それよりアンタら、何してんの」 マスク越し、聞こえてくるその抑揚のない声。しかし俺には分かる、この声色はナハトが機嫌が悪いときの声色だ。 「あ、えと……これは……」 「チョコだよ、ナハトへのチョコ買いに行きたいって言うからついてきたの〜」 「え、も、モルグさん?!」 「は?」と凍りつくナハトの横、俺は慌ててモルグの口を塞ぐが全部手遅れだった。 それでもモルグにしがみついたまま「ひ、秘密だって言ったじゃないですか……っ!」と耳打ちすれば「ごめんねえバラしちゃって」と悪びれた様子もなくモルグは笑うのだ。 「けどこのままじゃ多分余計拗れて明日渡せないでしょ?」 「あ……」 そして、返ってきたモルグの言葉につい『確かに』と納得してしまう。サプライズ計画は台無しだが、いつもの傾向からしてナハトは数日引きずることを知っていただけに思わずなにも言えなくなる。 それは急に打ち明けられたナハトも同じだった。出鼻を挫かれたような顔をしたまま、ナハトは言葉を探しているようだ。そして暫し悩んだ末、ナハトは「モルグ」と声を出す。 「どうしたの〜?」 「――ここから先、こいつの面倒は俺が引き受ける」 「え、」 モルグの返事が返ってくるよりも先に、モルグの腕から買い物袋を取り上げたナハトはそれを軽々と抱えた。そのままこちらへ振り返ったと思いきや、ズカズカと歩み寄ってきたナハトはそのまま俺の手をぎゅっと取るのだ。 ひんやりとした指先な手を握られ、心臓がどくんとより一層大きく弾む。 「ぁ、な、ナハトさん……っ! ま、待ってください……!」 「……うるさい、帰るよ」 「あ、え……わ……っ! す、すみませんモルグさん! お付き合いいただきありがとうございました!」 そのままナハトに引きずられつつ、俺は店の前で棒立ちになっていたモルグを振り返る。モルグは呆れるわけでも怒るわけでもなく、そんな俺達を見送りながら「がんばれ〜」と手をひらひらと振ってくれていた。 ああ、また今度ちゃんと改めてお礼を言わなければ――そんなことを考えながら、俺はナハトに引っ張られるように社員寮へと帰ることとなった。 「若いねえ。………………あれ? 僕のチョコは?」 ◆ ◆ ◆ ――『evil』本社・社員寮。 ――エレベーター内。 「な、ナハトさん……怒ってますか?」 「……なんで」 「だ、だって、さっきからずっと黙ってますし……」 「俺は元々こうだけど」 専用のエレベーターに乗り込み、自室のあるフロア目指していたエレベーター機内、何度話しかけてもナハトはというと相変わらずこんな感じだった。 無視はされないものの、道中はむっすりと黙り込んでるし、話しかけてみれば突慳貪な返事が返ってくる。 「すみません」とつい項垂れれば、ずっと壁を見ていたナハトがこちらを見た。長い睫毛が影をつくる。 「――なんでモルグ?」 そして、ぽつりとナハトが口にした言葉に思わず「え?」とアホみたいな声が出てしまった。 「チョコとか、そういうのが欲しいとか……言えば俺だって予定明けてたし」 「な、ナハトさん……」 言いながらもふい、と視線を外したナハト。そんなナハトの言葉を理解したとき、顔に熱がじんわりと集まっていくのが分かった。 つまり、ずっと不機嫌だった主な理由は俺がモルグと買い物をしていたということ……なのか? ナハトが妬いている、なんて自惚れたことは考えたくはなかった。それでも少しくらいは自惚れてもいいのだろうか。 それっきり黙り込むナハトにつられ、俺もなにも言えなかった。 暫くも経たずに、目的のフロアに到着したエレベーターが扉を開いた。 そのまま俺の手を取ったナハトは、なにも言わずにエレベーターを降りる。俺もそれに倣い、ナハトの後を追いかけた。 基本、幹部レベルの上層部や限られた社員しか入れないそのフロアには人の気配はない。 部屋に戻るまでの道、俺は必死に言葉を探していた。再び沈黙が流れる。そしてお互い言葉のないまま戻ってきた自室前、開く扉から俺たちは部屋に帰ってきた。 部屋の中に入るナハトの後を追いかけ、俺も部屋に入った。しかしまだこのやり取りが終わったわけではない。 テーブルの上に買い物袋を置いたナハトはそのままソファーに腰をかける。なにも言わないが、『お前もそこに座れ』というナハトからの無言の圧だけはひしひしと感じた。 俺はそのまま恐る恐るナハトの隣に座る。この状態で無言のままでいるわけにも行かず、俺は部屋に帰るまでの間何度も頭の中でシミュレートしていた言葉を口にした。 「あの、本当にモルグさんとはたまたま……というか、ナハトさんの好きなものをリサーチしようとしてモルグさんに聞いたらその、成り行きだったんです」 なんだか浮気現場を見られた男の言い訳のような言葉しか吐き出すことができない自分が悲しくなってきたが、これが俺の中での最適解だったのだ。 ずっと黙りこくっていてナハトがこちらを見る。そして目の前の袋に目を向けた。 「この袋の中、他にもチョコ入ってるのは? なに?」 「こ……これはですね、営業部の皆さん用と、兄さん用と、ノクシャスさんとモルグさんと安生さんにも……」 「だから、ボスはともかく――なんで他の奴らの分まで用意してるの?」 ――なるほど、と思った。 ナハトのための買い物だと弁明したあともどことなく様子がおかしかった理由は『これ』か。 ナハトらしいといえばナハトらしいが、「それはその、お世話になった方用なので」と慌ててフォローするもののナハトはむっすりとしたままだ。 挙げ句の果て。 「……俺のも他の奴らと同じやつだろ」 「ち、違います……っ! ナハトさんのは特別で……」 そう口にすれば、『特別』という単語にぴくりとナハトが反応する。そして、ナハトはじとりとこちらを恨めしげに見たのだ。 「じゃあ見せて」 「だ、駄目です、ナハトさんの頼みでも……まだ日付変わってないので……」 なんだかんだしている間にも日付は跨ぎそうな時間帯ではあったもののだ、それでもやはりせっかくのバレンタインだ。予定よりも大分狂わされてしまったものの、ナハトにはきちんとバレンタインの本命チョコとして渡したかったのだ。 奪われてしまいそうだったので慌ててナハトのチョコの箱だけ確保し抱き抱えれば、ナハトは深く息を吐いた。 「……っ、……アンタさぁ……」 「ナハトさんは、俺がお店で買ったのが嫌なんですか?」 「……聞くなよ、いちいち」 「手作りがよかったんですか? ……でも、俺は料理とか得意ではないので……」 「別に、そんなことは言ってないし」 「でも、ナハトさんのはちゃんと本命ですから」 ナハトのお陰で、思ったことは言葉にしなければちゃんと真っ直ぐに伝わらないということは重々理解していた。 だからこそそんな言葉がさらりと自分の口から出てきたのだろう。目を丸くして俺を見ていたナハトだったが、やがてその視線は外れる。 「……アンタさあ」 先程よりも僅かにナハトの声のトーンが落ちていた。そして、すっと伸びてきたナハトの手に驚いた矢先。ソファーの上、慣れない手付きで俺を抱き寄せるナハトに驚いた。 「な、はとさん」 「っ、……あーもう、本当アンタと話してるとやだ。本当に……」 言いながら、そのままぽすんと肩口に顔を埋めさせるナハト。ナハトの体温が直に流れ込んでくる。抱き締める、というよりもしがみつかれているの方が近いのかもしれない。 その先の言葉はナハトは口にしなかった。 トクトクと脈打つ心臓の鼓動がナハトにも伝わってるのかもしれないと思うと恥ずかしかった。 それから、気付けば日付が十四日に切り替わっていた。俺は手にしていたチョコの箱をナハトにそっと渡す。 「……あの、受け取ってくれますか?」 改めて言うとなんだか照れくさいが、今更でもある。じっと俺の手元の箱を見つめていたナハトは、そのまま今度は俺の顔へと視線を向けた。 「いる。……ほしい」 そして、ぼそりと呟くナハトに俺はつられて破顔した。 ◆ ◆ ◆ それから、改めて飲み物とかを用意して二人でチョコを開ける会をすることになったわけだが――。 「……っ、て、なにこれ」 「ナハトさんにどうしたら伝わるかなって考えた結果、やはりこれが一番かと思いまして……」 ぱかりと開いた箱の中、ハートの形を模した様々なデザインの一口大のチョコが詰められているのを見てナハトはあんぐりと口を開けたまま固まっていた。 ナハトの普段の好みからしてシンプルなものにしようかと迷ったのだが、それこそ義理と思われるのも怖かったので分かりやすくしたつもりだった。 が、ナハトの反応を見る限りもしかしなくても失敗してしまったのかもしれない。 「……まさか、他の奴らにもこんなもの送ってないよな?」 「こ、こんなものって良い方は酷いです……っ! ナハトさんだけですよ、こんな……ぁ」 「はあ、本当よかった」 そ、そこまで駄目だったのか……?! 確かに可愛すぎるデザインかもしれないけど、ちゃんと店員さんに味とかも教えてもらったというのに。 「どういう……」 「てかさ、ヴィランに心臓モチーフのものを贈るってことは、その身も心も心臓ごと捧げるって意味だから」 「……へ?」 「やっぱり知らなかったんだ」 だから先程このチョコ見た瞬間のナハトの反応が妙だったのか。 そう考えるととんでもないものを選んでしまったと顔が熱くなる。 「ぇ、そ、そんな……ぁ、や、やっぱり待ってください……っ!」 「待たない。……ってか、やっぱ知らなかったの」 「う、うぅ……っ、だってモルグさんはなにも言ってくれませんでしたし……」 「あいつは言わないだろうね」 「てか、本当に他のやつらにハート型のチョコ渡してないよね」そう、箱の中のチョコをひょいとつまみあげるナハトは俺をじとりと見た。 他の皆の分は無難なものを選んだつもりだ。慌てて俺は首を横に振る。 「な、ナハトさんだけです……」 「ならよし」 「よ、よくないです……っ!」 「……なに? 俺のこと好きって言ったのはアンタだろ、前言撤回するつもり?」 「ぅ、た、確かにそうですけど……」 ――流石に心臓を捧げるは、それはもうプロポーズを越えたなにかの域では。 そう言いかけた矢先、ナハトの顔が近付いたと思った次の瞬間、ちゅ、と小さく唇同士が重ねられる。 そのままナハトは唇を離し、「なら、問題ないだろ」と目を細める。 ああ、今のキスで言いたかったなにもかもが吹き飛んでしまった。 じんわりと熱くなっていく唇。俺は目の前のナハトから視線を逸らすことができなかった。 「ナハトさんの、そ、そういうところ……ずるいです……」 「アンタには負けるけど」 そう皮肉げに口にしたナハトはそのままハートのチョコを口にぽいっと放り込み、微笑んだ。 その笑顔がどういう意味なのか分からなかったが、嬉しそうに、幸せそうに微笑むナハトを見ているだけで『ナハトが喜んでくれるのなら心臓くらいいいか』と思えてしまえる自分は最早とっくに手遅れなのかもしれない。 おしまい