いつの間にかに気絶させられていた、なんて経験を生きていてこう何度も体験させられるハメになるなんて、俺自身思っていなかった。 目に見えるのは汚れ一つない白い壁、そして壁同様真っ白な天井と目に痛いくらいの照明。床に置かれているのはそれらに合わせたように白が基調となったベッド。 そして、そこに腰をかける同級生の男。その視線の先に見えるのは壁にぶら下がった一枚の看板。そこには白地黒文字ゴシック体で『セックスしなければ出られない部屋』と書かれていた。 「……んだこれ」 「僕に聞かないでくれ。こっちだって知りたいくらいだ」 同級生――もとい周子は青い顔のまま頭を抱えた。 どうやらこいつも俺同様気絶させられ、そして俺よりも先に目を覚ましたらしい。 俺達はつい今まであのクソ悪趣味な魔改造された母校へと監禁されていたはずだ。それに、他にもその母校に閉じ込められていたやつはいた。 それなのにここにいるのは俺と周子の二人だけだ。どう考えてもおかしい。まだここが母校であるという可能性が一番高いが――。 考えながら、俺は扉らしき壁の切れ目に近付いた。なにかしら機械が反応して自動で動くタイプになっているようだ。内側からはこじ開けることもできない。 「開かないよ。……君が眠ってる間、他に脱出できそうな場所がないか確認した」 「お前がただ力ねえだけかもしれねえだろ……ッ、くそ、爪が痛え」 「無駄な労力は使わない方がいいって言ったんだ」 「冗談じゃねえ、こんな薄ら寒いところにいられるかよ」 「……それには同意見だけどね」 うんともすんともいわない扉を思いっきり蹴り上げる。 周子よりは力はあるはずだ、と自負していたが扉が反応することはなかった。 「チッ! クソが……」 「……他の皆もいないし、もしかして皆も別の部屋に閉じ込められてるのかな」 「順当に考えればな。……つか、よりによってなんでお前とだよ」 「わ、悪かったね僕とで! ……僕は別に、君で良かったと思ったけど」 人の言葉にむきになったと思えば、今度はぼそりと呟く周子に思わず目を向ける。俺の視線に気付いたらしい、「へ、変な意味じゃなくてだよ!」と慌てて周子は付け足した。 「……皆気が立ってるみたいだったし、本来はこんなこと言うべき状況じゃないってことも理解してる。……君はなんだかんだいつも通りだし、その、ましだって意味であって……」 「……そーかよ、つうかどうでもいい」 「右代君……」 「どうせここでも見られてんだろ、モルモットみてえに」 そう考えると一刻でも早くここから出たいところだが、だからと言って素直に従うつもりなど毛頭もなかった。 周子の言うことに感化されたわけではないが、確かに周子のやつでよかったのかもしれないというのはほんの少し自分の中ではあった。わざわざこいつに言ってやる気はないが、こいつが変な気を起こしたとしても殴って止めれる自信があったからだ。他の奴らは話から通じないので論外だ。 「ねえ、右代君。君は覚えてる? 僕たちがここへ連れてこられる直前のこと」 「ああ? ……別に、いつも通りだっただろ」 「そうだね、いつも通りだ。一時的に仮眠休憩を取るために他の皆が休んでる間、僕と右代君が見張りをしていた。――僕の記憶はここまでだ」 「……」 言われて、寝起きで混濁していた頭が少しずつではあるがまとまってきた。 そうだ、確か俺と周子は空き教室の前で今みたいにどうでもいい話をしていた。 本当は俺も休むつもりだったが、流石に腕っぷしもない周子一人だと心許ない。だから俺が周子と外にいると言って、「僕だってやるときはやれる、君たちみたいに不必要な暴力行為は行わないだけで」とわけのわからないごね方してるこいつに苛ついたことだけは覚えてる。 「なにが『自分一人で大丈夫だ』だ? ……で、まんまと気絶させられて、んなわけわかんねー部屋に閉じ込められるってなんだよ」 「そ、それは君だって同じじゃないか! しかも、僕よりもぐっすり眠ってたぞ!」 「じゃあもっと早く起こせよ」 「そ、それは……」 なんでそこで口籠るのだ。 何故か赤くなる周子に今度はなんなのだと苛ついたとき。 「……君だって、色々あって疲れてると思ったんだ。寧ろ、感謝してほしいくらいだけどね」 「別に疲れてねえ」 「また君は……っああ、もうこれでは埒が明かない。こんな言い合いしてる場合じゃないだろ?」 「……お前がごちゃごちゃ言ってきたからだろうが」 「ぼ、僕はごちゃごちゃは言ってない! 君が必要以上に突っかかってきただけで、それにあくまで冷静に答えたまでだ」 数分前までの自分の発言も忘れたのか、この男は。 呆れてもういちいち突っ込む気にもなれなかった。 扉は内側から開かない。窓もないということは、どこかにカメラなりなんなり仕掛けられてそこから俺達がセックスをしたかどうかを確かめるつもりなのだろう。 ……だとすれば、とベッドに被さった布団をめくる。そのままベッド裏側を覗き込んだ。 「……う、右代君……? 君はなにを……」 「セックスをしろなんて言うくらいだ、部屋のどこかに必ずカメラを仕掛けてるはずだろ。……それを探す」 「探す? 探してどうするんだ?」 「……それは、見つけてからだ」 少なくとも今ここで言う必要はない。そう判断したが、そんな俺の言葉が周子は不服だったようだ。 「どうして僕に言ってくれないんだ」 「お前に言う必要はないと思ったからだ」 「……まだ、僕のことを信用できないと?」 今度はなにを怒ってるのかと思いきや、そんな理由でむくれているのか。 ……あの頃からなにも変わっていない。自分が中心でなければ気が済まないのか、この仕切りたがり屋は。 「信用するしないはともかく、……言ったらお前は騒ぎそうだからだ」 「僕が反対するようなことをするつもりなのか?」 「……うるせえな、良いからここから出る気があるならお前も手伝え。カメラ探し」 「う、うるさいって……そんな言い方ないじゃないか。僕だって僕なりに必死に考えてるのに……」 「わかったからお前は天井見ろ」 子供おもりでも押し付けられたような気分だ。 ごちゃごちゃうるせえ周子を部屋の済へと追いやり、俺はカメラ探しを続行した。 そして数十分後、大体カメラであろう位置は把握した。予想通り天井の四隅に仕掛けられ、他にもベッド近くのあらゆる角度にこれでもかというほどカメラの痕跡があった。 もしかしたらすべてがブラフで本物のカメラは全然関係ないところにある、という可能性もあるが、これで確定したことは『角度を調整して“セックスをしている風”の嘘や誤魔化しは通用しない』ということだ。 「……それで、これからどうするつもりなんだ。君は」 「今それを考えてるところだっつってんだろ」 「言ってない、一言も聞いてない……っ!」 「……人に聞いてばかりじゃなくて、お前はどうなんだよ」 周子、と名前を呼んだ時、つい先程までこちらに詰め寄ってきていた周子は「え」と露骨に表情を変えた。 そして、じり、と後退る。……なんだ、この反応は。 「……それを聞いてどうするんだ?」 「聞いてから決める。……なに渋ってんだよ」 「し、渋ってるわけじゃない……っ! ぼ、僕は……別に、その……」 「急にもじもじしてんじゃねえよ。気持ち悪ィな」 「気持ち悪いは言いすぎだろ!」 なんだこいつは。 「声がデケえ」と耳を押さえれば、周子は「ご、ごめん」と視線を落とす。 さっきからこいつの情緒はどうなってるのだ。確かに中学時代から面倒なやつではあったが。 「…………」 「…………」 かと思いきや、今度は沈黙か。 まあ騒がれるよりかはましか、と視線を外して思考をまとめようとしていたとき、ベッドの縁にそっと周子が座ってくる。 「ぼ、僕は……最悪、君となら……イケる、と思う」 一瞬、間が空きすぎてなんのことについて言ってるのかわからなかった。 頑なにこちらから視線を外したまま、ぽつぽつと口にする周子。その言葉を理解した瞬間、予想していなかった言葉に周子を見た。 「イケるって、お前、意味わかってんのか? 委員長様」 「わ、分かるさ! 僕だって男だ、それに……」 「俺はぜってえやだ」 「ああそうだろうね、君はそういうと思ったよ」 軋むベッド。身体を傾け、こちらへて迫ってくる周子になんだか厭な予感がして、俺は周子の肩を掴んだ。 「っ、おい、周子……ッ!」 「最悪、他に脱出する方法がないっていうなら……僕は覚悟はできてるよ」 「馬鹿、んな覚悟しなくていいんだよ」 「分かってるだろ、君だって。……このカメラの量だったらただのフリで許してくれるつもりはないんだって」 肩に置かれたやつの手がやけにじっとりと、重く感じた。 それには同意見ではあったが、だとしても周子がそんな風に思っているとは想像していなかった。俺と同じように、それは“ない”と前提としていると思っていたから余計。 「右代君――」 「っ、耳元で囁くんじゃねえ……っ!」 咄嗟に周子を振り払い、そのままベッドから立ち上がる。右代君、だかなんだか周子のやつに呼ばれるが、無視だ。 「馬鹿が、テメェが流されてどうすんだよ」 「流されてなんてないよ、僕は」 「流されてんだよ。簡単にホイホイ言いなりになりやがって」 「なんだよ君は、人が勇気振り絞ったっていうのにその言い方はないだろう!」 「発情してるだけだろうが」 「は……ッ、他にも言い方はあるだろ……っ!」 ムカついて近くの枕を周子のやつに投げつける。それを顔面でキャッチした周子。ずるりと落ちる枕を手に、「君ってやつは」と周子は唸る。 「それに、別に俺らが急く必要はない」 この部屋に閉じ込められたのが俺とこいつで良かったと、つくづく思う。 壁の向こう、微かに物音が聞こえた。ごうんごうんと空洞に反響するような音だ。 「それはどういう」 「外にはあいつらがいる」 俺たちよりもずっと、無駄に行動力だけはあるような連中がだ。 もう一度壁を二度殴れば、やや間を空けて音が返ってきた。その音は木霊なんかではないだろう。 そして、次の瞬間扉が外側からドンドンと叩かれた。 『宰様、宰様! ここにいらっしゃるんですか!!』 嗅覚だけは一丁前な犬が嗅ぎつければ、あとは待つだけなのだ。 「ほらな」と周子を振り返れば、周子は脱力したように項垂れた。 「僕は侮ってたのかもしれないね、君たちの絆を」 「気色悪い言い方してんじゃねえよ」 扉を蹴破った陽太により無事あの部屋から脱出することになる。 どうやら、攫われていたのは俺と周子だけだったらしい。他の奴らは無事で、急に消えた俺と周子のことを探し回ってたようだ。 が、最悪なことに手がかりはちゃんと残されていたらしい。 「いや〜けど委員長もやるねえ、俺はそのままなだれ込むに千円賭けてたんだけど」 「周子宗平はともかく右代宰が早々受け入れるとは思いません」 「ルイルイはわかってないなあ、宰はああ見えて押せば弱いんだよぉ」 「いやでも周子もやるときはやるやつだったんだな、俺ちょっと見直したぞ」 「黙れこのゲス共が、宰様は見世物じゃねえって言ってんだろ!」 上から木賀島、篠山、進藤、そして陽太。 どうやら視聴覚室で部屋の様子が生配信されていたらしく、それを見た陽太が単身で即座に探しに行ったお陰で事なきを得たが……。 散々周子は弄られ、青くなったり赤くなったりと目も当てられないことになっていた。 俺は、正直出られればよかった。木賀島たちの玩具にならずに済んで良かったが、今度からはこいつらに期待するのはやめることにした。 廊下の隅、蹲ったままの周子の元へと向かう。 「おい。いつまで凹んでんだ。……そろそろ移動するぞ」 「っ、右代君……君は、気にしてないんだね」 「ああ? ……あいつらは元々ああいうやつらだ、閉じ込められてたのが俺達じゃなくても茶化してただろ」 「……そうか、そういうものなのか……?」 ぶつくさ言いながらも立ち上がる周子。 まだ心にダメージは負っているようだが、幸いあの部屋ではなにもなかった。 「さっさと行くぞ」と周子を残して他のやつらのところに戻ろうとしたとき、「待ってくれないか」と周子に制服の裾を掴まれる。 「あ? ……なんだよ」 「君は、もし旭君があのまま来なかったらどうするつもりだったんだ」 また文句の一つや二つネチネチ言われるのだろうと思っていたが、今更そんなたらればの話をする周子に呆れて笑いも出なかった。 「――陽太のやつが来ねえわけねえだろ」 「信頼、してるんだね」 「だからその言い方をやめろ」 それでももし、陽太があのまま来なかったら。 考えなかったわけではないが、それでも悲観的な考えはなかった。 待とうと思えば待てる、相手がお前だからとは口が裂けても言いたくはなかったが。 「……良いから行くぞ、また他の奴らに茶化されるぞ」 そう丸くなった周子の背中を叩けば、「君ってやつは……」と恨めしそうに周子はこちらを睨んだ。 ようやくいつもの調子が戻ったらしい。俺は敢えて無視して、そのまま周子を置いて歩き出した。 先はまだ長い、これくらいのことで躓いてる場合ではない。 おしまい