前回『志摩とショタ化齋藤とアンチの話』 → https://t589423.fanbox.cc/posts/426602 「……き君……」 遠くから声が聞こえてくる。 聞き覚えのある、おっとりとした柔らかい……けどなんだかいつもと違う、まだ幼さが残ったその声。 ――詩織?……これも夢なのだろうか。 暖かな日差しが心地よい休日の朝、俺は微睡む意識の中再び眠りにつこうとした。そのときだ。 「ゆうき君っ」 今度は先程よりも近い位置、はっきりと呼ぶ声がする。 そして次の瞬間、ぺち、と頬になにか触れた。ひんやりしててもちもちした……なんだこれは。夢……じゃない? 薄く瞼を持ち上げたとき、顔のすぐそばに子供がいた。ボサボサの黒髪の、やけに色白な子供だ。 「……え?し、詩織……?」 ルームメイトがそのまま縮んだようなその子供を前に、思わずその名前を口にしてしまう。けれどその子供は「ゆうき君」と嬉しそうに破顔した。 「え、どうし……」 どうしたの?と起き上がろうとして違和感を覚える。……いや、デジャヴというべきか。 身体を起こしてもいつもよりも視線が低い。というか、腕が短い。なんだこれは、と恐る恐る己の手に目を向け、俺は気付いてしまった。 明らかに小さな手のひらと指。 「え……っ、ま、まさか……」 「……また、みたいだね」 「ええっ……」 まさか、また子供になってしまうなんて誰が予想できたのだろうか。 ◆ ◆ ◆ 以前俺と阿佐美は縁のわけのわからないお土産のせいで子供になってしまったのだが、あれから縁から貰ったものは簡単に口にしないように注意していたはずだ。 それなのに、これだ。 「な、なんでこんな……また……」 「……どうせ方人さんがまた何かしたんだよ、けど、こんな姿じゃまたゆうき君が危険な目に遭うかもしれないし……一先ず何か着れそうなもの用意しないと。俺はまだしも、ゆうき君は……」 「う……そ、そうだね……」 幼少期から阿佐美は身長が大きかったのか、それとも何かしらの作用なのかはわからないが俺はもう服を身に纏ってるというより布を被ってるという感じになっていた。阿佐美が小学校高学年ならば俺は小学校入学したての子供ぐらいの差はある。……年はそう変わらないはずなのに。 小さい頃はまだ身長順に並んでも前の方だったから仕方ないが、こういうとき不便だな。……いやこんなことそう簡単にあってたまるか。 「と、取り敢えず……前回あっちゃんが馬鹿みたいに用意した服が仁科先輩のところに残ってるはずだから貰いに行ってくるよ」 「お、俺も……」 「えっ、でも危険じゃ……」 「ひ、一人になるのは……不安で……」 もし縁が来たらと思うとぞっとする。この短い手足では太刀打ちできない。……元に戻ったとしても敵う気がしないというのにだ。 そう口にすれば、阿佐美もわかってくれたようだ。そうだね、と頷いた。 「……けど、子供二人だけじゃ怪しまれるだろうし……」 「そうだ、志摩は……?志摩なら事情も分かってくれるだろうし……」 「……志摩、志摩か……うーん……」 そう、阿佐美が悩んでいたときだった。 ドンドンと扉が叩かれる。その音に俺達はびっくりして顔を見合わせた。 「だ、誰だろ……」 「ゆうき君は待ってて。……俺が見てくるよ」 「え」 「扉は開けないから……心配しないで」 その言葉にほっとする。わかった、と頷きかえせば阿佐美はそのままそろりそろりと玄関口へと向かう。そして再びドンドンと叩かれる扉、ドアスコープから外を覗いていた。 「……えっ」 そして驚いたような声を上げる阿佐美は慌てて扉を開いた。瞬間、大きく扉が開く。 「っ、ちょ、あ……こらっ!」 揉めてる声が聞こえて俺は恐る恐る玄関口の方へと近付こうとし、驚いた。そこには俺と同い年くらいの男の子がいた。 「え……」 「……齋藤、やっぱりまた縮んでる……」 「そ……その声、もしかして……志摩?」 冷たそうな顔をしたその男の子――もとい志摩はその口元に笑みを浮かべた。いつもの皮肉げな笑み。 「正解」と続けるその声は少年らしい高めの声だが表情からなにまでが志摩だった。 ――俺、阿佐美、志摩までが小さくなっている。 どういうことなのか。と、俺と志摩が顔を合わせていたときだ。 「……おい、勝手に突っ走るな」 聞こえてきたのは不機嫌そうな声だった。 聞いたことのないはずなのになぜだか聞き覚えのある、そんな声のする方へと目を向けた俺は更に驚いた。 阿佐美と一緒に戻ってきたらしい、やってきたのは俺や志摩と同じくらいの少年だ。睨むような目付きの悪さ、そして癖っ毛。 「……かっ、栫井……?」 「…………」 「いててっ、なんで叩くの……っ!」 ペシッと人の頭を叩くだけ叩けばそのままそっぽ向くその男の子は間違いない、栫井だ。 「こら、だめだよ虐めちゃ」と慌てて栫井を止める阿佐美だがいつもよりも口調が優しい。子供相手だからか。なんて思ってるといつの間にかにソファーへとよじ登ってきた志摩に叩かれた頭を撫でられた。 「大丈夫?齋藤。あいつクソガキだから気を付けたほうがいいよ」 「お前に言われたくねえよ」 「ちょ、ちょっと待って……というかこれ、どういう……」 「ゆうき君、そのことなんだけどね……」 そう、阿佐美が言いかけたときだ。 「……それは自分から説明させていただきましょう」 唯一変らない、聞き慣れたロートーンが部屋の中に響く。この声は、とソファーの背もたれを掴んで顔を出したときだ。背もたれの前、いつの間にかにそこに佇んでいた灘に驚いて落ちそうになったところを「齋藤!」っと志摩が受け止めようとしてくれたがやはり子供の身体、二人してソファーから落ちてしまう。 「大丈夫ですか」 「ひ……っ!」 「……お前はまず気配を消すのをやめろ」 「念の為『失礼します』とお声掛けしたのですが聞こえなかったようですね」 俺と志摩を引き上げて再びソファーへと乗せてくれる灘。子供の視点から見た灘がこれほど大きく見えるとは……。 「灘君……どうして……」 「どうやら昨日、とあるメニューに異物混入された疑いがあります。そしてそれを注文したのは齋藤君、栫井君、阿佐美君、志摩亮太の四人です。「なんで俺だけフルネームなんだよ」……不調がないか栫井君を訪ねたところこの有様でしたので念の為部屋の近い志摩亮太の部屋を訪ねたところ栫井君と同じ状況に陥ってました」 志摩の野次も無視して淡々と続ける灘。 言われて記憶を呼び戻してみれば、確かに俺は志摩と食堂で食事をしたとき「齋藤と同じやつにする」とか言ってた。阿佐美と栫井は何を食べたかはわからないが、偏食そうな栫井が食べるとなると限られてくる。 「そ、その異物混入ってまさか……」 「現段階は生徒会で調査中です。……それよりも被害拡大を防ぐためにこの件の被害者を一箇所に集めて保護することが優先事項だと会長は仰られてます」 「か、会長も知ってるの……?」 「ええ。現在会長たちは生徒会にて齋藤君たちを匿う用意をしてます」 「え、え……」 「黙って聞いてれば随分と勝手だね。生徒会は隠蔽体質、この学園の不手際も隠蔽するつもりなの?」 「そうとはいってません。それに、会長は君のことは特に何も言わなかったので希望とあらばこのまま君のお兄さんに引き渡しますが」 「ぐ……っ!」 言い負かされてるし……。 というか、志摩……そんなに裕斗先輩が嫌なのか。 「誰も希望とか言ってないだろ」と噛み付く志摩を無視し、灘は俺を振り返る。 「な、灘君……」 「ご安心を。……元に戻るための方法は自分たちが見つけ出します」 怯えを感じたのか、今度は灘は膝をついて座る俺に目線を合わせてくれる。 そんな灘だからこそ安心できるのだろう。 「ありがとう、灘君」と答えれば、灘は、いえ、とだけ短く答え、そして立ち上がる。 「……それでは移動しましょうか」 「で、でも……こんなにぞろぞろと移動したら目立たないかな」 「そんなこともあろうかと用意はできています」 流石灘だ、ぬかりない。 ――そう感心したのが数分前のことだ。 学生寮、自室前。 そこに置かれた大きなランドリーカートと白い布。 「ま、まさか灘君……」 「どうぞ」 「ど、どうぞって本気で言ってるの?こんなの人が乗るものじゃ……」 ないでしょ、と文句言う志摩を問答無用で担ぎ上げた灘はそのままカートに乗せる。 「志摩っ!」と驚く俺の横、逃げようとしていた栫井も捕まって速攻カートに詰められていた。潰されたらしい志摩の鳴き声が聞こえる。 そしてゆっくりと灘がこちらを向く。思わず阿佐美の背後に隠れた。 「お、俺……自分で入る……入るから……っ」 そう、これ以上志摩を潰すわけにはいかないとカートに近付く。格子に指を掛け、登ろうとするが短い足ではまるでカゴにすら到達しない。んしょ、んしょ、と必死によじ登ろうとするが背後から伸びてきた灘の手に身体を掴まれ、そして無慈悲にもカートに載せられた。 「ぐえ……っ!」 「し、志摩!ご、ごめんね、ごめんね志摩……っ!すぐ退くから……!」 「……っおい、そこは俺の足だ!」 「あ、ご、ごめ……」 なんてお互いのポジションを探し合ってる内に頭の上に被せられるのは真っ白なシーツだ。 いきなり視界が遮られたと思えば、布越し、頭の上から灘の声が落ちてくる。 「これから生徒会室まで移動します。その間静かにしてください」 「ちょっ、ちょっと待て、阿佐美は……!」 「彼の大きさならば一人で歩いても問題ないかと」 ずるいでしょそれ!と吠える志摩だが、すぐにカートが動き出す。ガタガタと揺れが直接伝わってきて、視界も不良。 「こ、こんな扱い……っ!」 「うるせえ耳元でキャンキャン喋るな……っ!」 「あわ、あわわ……っ!」 怖いけど、なんだか少しアトラクションみたいで楽しい。なんて言ったら二人から避難されることは間違いないので俺は黙っていることにした。 道中おしくらまんじゅう状態になりながらもなんとか辿り着いたようだ。 真っ白な視界の中、最早志摩も栫井も虫の息状態だ。なんとか励まそうとしたとき、ノックする音と灘の「失礼します」という声が聞こえてきた。ガラガラと揺れるカゴの中。 「よく来た……って、おい、灘お前まさかこれに載せてきたのか」 「ひと目を憚るにはこれが一番手っ取り早いかと」 「……お前は……まあ、いい」 会長の声だ、と俺と栫井は起き上がる。慌てて俺は頭の上のシーツを剥いで挨拶しようとするが、大きすぎるせいで上手く剥げない。そんなことをしていると、急に視界に色が戻る。そして、新鮮な空気。 「……うちの灘が随分な真似をしてくれたようで済まなかったな、大丈夫か?」 「か、いちょ……」 会長だ、会長がいる。おはようございますと慌てて挨拶しようとして志摩に邪魔された。 「これが大丈夫なように見えますか……っ、て、齋藤、勝手に降りたら危ないからっ!」 「た、高い……志摩……っ」 早くこの窮屈なところから降りようと思ったがこの短い手足では何もかものサイズが違う。思ったよりも地面までの距離が高く、縁を掴んだままカート外にぶら下がる俺を見て芳川会長は抱き抱えてくれた。 「おっと危ないところだったな。……それにしても、本当に子供の姿になるとは……理解できんな」 会長に抱き抱えられ、その体温と安心感に思わずじわりと泣きそうになる。いけない、なんだか精神面まで幼い頃に戻ってるようだ。……恥ずかしい。 そう、慌てて降りようとしたときだった。 「おおっ!まじなんだ和真が言ってたやつ!え?!これが佑樹?!すげー!佑樹すげー可愛いじゃん!」 その大きな声に何事かと思わず目の前の芳川会長の腕にしがみついたときだ。会長の肩越し、覗き込んできた十勝直秀は言いながら俺の頬をむにっと摘むのだ。 「うひゃ……」 「おい十勝やめろ、齋藤君が痛がってるだろ!あとお前の声が大きすぎて齋藤君が驚いてるぞ!」 「それを言うなら会長だって……ほら、会長も触ってみてくださいよ、佑樹のほっぺたこれマジもちっすよ!」 「やめろ、汚い手で触るな!」 「いて!おい人の脛を蹴ってくるなこのガキ……っ!って……ん?お前、まさか亮太?!まじ?!やば、全然変わってね〜〜!っ、て、痛えって!」 どうやら俺が芳川会長に抱きかかえられてる間、水面下で何かが行われてるらしい。いつの間にかにカートから下ろしてもらえたようだ。 足元の志摩は見えなかったが、遠くでシーツに包まって必死に会長から逃げようとしてる布の物体……もとい栫井が灘に捕まえられてるのを見付けた。 どうやら生徒会室には会長と十勝だけのようだ。 十勝曰く五味は買い出し中とのこと。……デジャヴ。 ◆ ◆ ◆ 「齋藤君、甘いものはいらないか?俺の菓子ストックにあるもの好きなだけ食っていいぞ」 「げっ!そこの鍵付きの引き出し、何入ってんのかと思ったら菓子入れてたんすか、会長……ぜってーやめた方がいいっすよ、デスクがアリの巣になるんで」 「お前が勝手に食うからここしかなくなったんだろうが。……ほら、齋藤君。マシュマロとかどうだ?君によく似てるだろう」 「あ、ありがとうございます……」 そう、ソファーに降ろされた俺は主に会長から手厚くオモテナシをされていた。俺の隣に座った会長にマシュマロを食べさせられそうになり、通常時なら気にしなかったがこの大きさでは一口もきつい。 俺は会長の手からマシュマロを受け取り、それを何回かに分けて咀嚼する。柔らかくてふわふわの物体は口の中に入れた瞬間甘く溶け出すのだ。……普通に美味しい。 「お、美味しいです……」 「そうか」と、会長が頬を綻ばせたときだった。ソファーの背もたれからなにかがずるずると落ちてくる。そして、でん!と俺の隣に転がってきたのは志摩だ。 「会長さん、俺何も貰ってないんですけど。俺もお腹減ったな」 「し、志摩……志摩甘いの嫌いだって……」 「いーの、今甘いもの食べたい気分だから」 「ええ……」 絶対嘘だ……。芳川会長に対して対抗心隠そうともせず短い手足でふんぞり返ってる志摩に恥ずかしくなってくる。 「ふむ、甘いものが苦手なのか」と考える仕草を見せる会長の横、十勝が「あ、そーだ」と何かを閃く。 「これ、この間の合コ……遊んだときの余りなんすけどどうっすか?激辛まんじゅう入りロシアンルーレットまんじゅうセット……いでで!」 「十勝……貴様子供になんてもの食わせるつもりだ!!」 「ええっ?!会長厳し……っ!ほら、佑樹も食べたいよな?」 「……お、俺は……ちょっと……」 「じゃあ亮太にやるよそれ」 渋々十勝に渡されたロシアンルーレット激辛まんじゅうを「いらない」とぺいっと捨てる志摩。「このクソガキ〜〜」とまた志摩と十勝が喧嘩し始めてるのを見てなんだか子供が増えた気がしたが言うのはやめた。 そして捨てられたまんじゅうは美味しく阿佐美が食べていた。 ◆ ◆ ◆ 「っと、ただいま戻ってきましたよー……っと、うお、まじで保育所になってんじゃねーか……」 買い出しを終えた五味が大きな袋を抱えて戻ってきた。灘が捕まえていた白い布の物体もとい栫井を見ては「なんだそれ」と訝しげにしていた五味だったが、布から顔を出した栫井はそのまま灘の腕から逃げ出し、五味にキャッチされていた。 そしてようやく地面に下ろして貰えたらしい。会長によほど顔を合わせたくないらしい。布を引きずった栫井は五味からなにか貰うとそのまま部屋の隅っこへとよたよた逃げていく。 そんな栫井を一瞥しながらも、ソファーに座っていた俺たちの元へとやってきた五味。 「ほら、わけわかんねーから取り敢えずガキが好きそうなもん……離乳食とか買ってきたけど、そこまでちっさくはなかったな」 「り、りにゅう……」 「お子様ランチも後で運んできてもらうことになってるからもう少し待ってろよ。……あとは……おしゃぶり?」 「おい五味……」 「っくく、おしゃぶり!おい亮太お前これ咥えとけよ!」 「お前の方が離乳すべきでしょどう考えても」 また喧嘩してる……。というか五味は俺達が赤ん坊になったと聞かされていたのか。 せっかく買ったのだから記念にとおしゃぶりされそうになって素早く逃げ出す志摩と十勝の追いかけっこを他所に、芳川会長からの冷たい目に耐えられず五味がうなだれる。 「いやだって子供になったとしか聞いてねえからそれならこれはいるだろって……う……すんません」 「別に俺は構わないが、お前が買うとあらぬ噂を立てられるからやめておくべきだったな」 「ぐ……!それは最悪だ……!!」 「五味副会長、いよいよ?!ってクソでけー見出しでトップ飾る五味さん面白すぎっしょ」 「う゛……やっぱ俺より灘に任せるべきだった……」 「しかももう出回ってるし……」と携帯確認して頭を抱える五味があまりにも哀れで、俺はそっと芳川会長からもらったマシュマロの一粒を差し出す。 「五味先輩……俺達のためにありがとうございます……」 「齋藤……お前……もっちもちだな」 「やらんぞ」 「冗談に聞こえねえからこえーよ。……ありがとな、齋藤。お礼に粉ミルクやるよ」 「……あ、ありがとうございます……」 「お湯の用意してきます」 どこからその哺乳瓶出してきたんだとか色々突っ込みたいところはあるが、お茶汲み係としてのなにかしらに火がついたのかテキパキミルクの用意し始める灘を慌てて止める。気持ちだけでいい。でなければこのあとの展開が怖すぎる。 「それで?その袋はなんだ?」 不意に、ソファーの脇に置いたままの紙袋が気になったようだ。 「ああ、これは……」と思い出したように五味は袋の中からガサゴソと取り出し、それを机の上に広げる。ありとあらゆる子供用の服やアクセサリー、靴に幼児用玩具とどこかで見覚えのあるラインナップが揃ってる。 「離乳食コーナー彷徨いてたら仁科と会って、子供用のもの手当たり次第探してるって言ったらあいつ『部屋に山ほど余ってるから持っていってくれ』って押し付けられたんすよ。まだまだあるから後で運ぶとかも行ってたけど……」 「に、仁科先輩……」 まだ阿賀松に押し付けられたものが残っていたのか。置いてある魔法少女アニメらしきステッキと衣装を手にした志摩が「齋藤これね」と押し付けてくるのを聞こえなかったフリをしつつ、俺は阿佐美に丁度良さそうな服を見付けた。俺が着るとずるずるになるが、阿佐美ならばとそれを抱えて阿佐美の元へと向かおうとソファーを降りようとするが志摩に邪魔される。 「な、なんで引っ張るの……?」 「なんで無視するの?齋藤に似合う服見つけたのに」 「だってそれ、女の子用……」 「可愛いよ、可愛いから絶対似合うから着てよ」 「い……嫌だ……」 「なんで?」 「おいおいこらこら、こんなところで喧嘩すんなよチビ共」 ふわりと体が浮く。視線を下げれば、志摩が「ずるい」とむくれていた。背後を振り返れば五味がいた。どうやら俺は五味に抱えられてるらしい、芳川会長とはまた別の安心感に緊張が緩む。 「喧嘩するなら暫くお前らは別室かな。それとも、あちらさんに返しとくか?志摩亮太は」 「そうだな、何よりも保護者がいるんだ。保護者に任せておくべきだろう」 そう、むむ……としていた志摩だったが芳川会長に抱えられ察したようだ。「いやだ、降ろせ」とジタバタしてるが勿論敵うはずもない。 「だったらあいつだって保護者いるだろ、そこのミルク飲んでるやつ!」 ミルク飲んでるやつ、と呼ばれたのはしれっと灘が用意したミルクを飲んでる阿佐美だ。流石に哺乳瓶ではないが順応性の高さは異常だ。 ……と待てよ、もしかして阿佐美まで阿賀松たちのところに連れていくというのか。はっとする。 「い、嫌だ……詩織と一緒がいい……」 「はあ?じゃあ俺は?」 「志摩……すぐ怒るし……」 「怒ってないし、齋藤がグズグズするから悪いじゃん!」 「亮太お前佑樹にいらねーって言われて泣いてんのか?泣きそうになってんのか?!」 調子に乗って芳川会長に抱えられた志摩の顔覗き込んで煽る十勝だったが、すぐに「黙れ猿、あっち行け!」と顔を踏みつけられていた。 「ぐにっ!こ、このガキ〜〜っ!俺の最高に決まった髪までグシャグシャにしやがって!」 「やめろ、大人気ないだろ子供相手にっ」 会長から志摩を取り上げ、そのまま高い高いして喧嘩……というか戯れてる十勝と志摩はさておき。芳川会長と五味が目配せをし合う。 「……なあ、会長。気になったことがあるんだが」 「奇遇だな。俺もだ」 「「こいつら、中身まで子供に戻ってないか?」」 ギャーギャーと志摩と十勝の声が響くなか、二人の声が生徒会室に響いた。 ◆ ◆ ◆ 「中身まで子供になってるって……」 でも志摩は元とあんま変わってない気がするけど……。 二人の言葉にそろりと志摩に目を向ければなんということか、目が合ってしまった。 「齋藤今なにか失礼なこと考えてるでしょ」 「か、考えてないよ……」 「本当に?」 そう更に詰め寄ってくる志摩。近い。 本当だよ、という声が小さくなってしまう。……志摩はエスパーかなにかなのだろうか。 なんてやり取りしていたときだった、どうやら灘に電話が掛かってきたようだ。携帯端末を取り出した灘は「はい」とそれに出る。 「……畏まりました。すぐに確認します」 通話時間は短かった。携帯端末を制服の内ポケットにしまいながら、灘は「会長」と芳川会長の元へと寄る。 「何か進展があったのか?」と訝しげな芳川会長に灘は小さく頷き返し、それから俺たちには聞こえない声量でなにかを耳打ちするのだ。 「やはりそういうことか……すぐに向かおう。お前も来い、灘」 「畏まりました」 そう立ち上がる芳川会長に思わず俺も釣られてソファーから降りようとする。 が、それをそっと抱えられ座り直させられたのだ。顔を見上げれば少しだけ困惑した顔の芳川会長がいた。 「か、いちょ……」 「……齋藤君、すまんが少しだけ五味と遊んでてくれないか」 そっと頭を撫でられる。普段から大きく感じていた会長の手が今は余計大きく感じ、そして心地よくもあった。 ……寂しくないわけではないが、会長も俺たちのために動いてくれているのだ。ワガママは言えない。 「……はい、わかりました」 「う゛ぐ……ッ」 「おい会長……大丈夫か?」 「さ、齋藤君……」 「お……俺、会長に言われたとおりここで待ってます……」 「……ッ、……」 会長の手が離れそうになったときだ。そのまま固まる芳川会長に「おい」と五味は眉を潜めた。 その次の瞬間、身体がふわりと浮いて全身が心地よい熱に包まれる。会長に抱き締められたとわかったのはその顔の近さだ。 「ご……五味、俺の代わりに灘と向かってくれないか」 背中を撫でてくれる会長に、五味は呆れたように息を吐いた。 「……どうせ、そんなことだろうと思ったけどよ」 ◆ ◆ ◆ 五味と灘が退室したあと、俺達はテーブルを囲んでいた。会長たちが用意してくれたお茶とお菓子を食していたのだが、身体が小さいというだけで大福餅でも大きく感じてしまう。 食べても食べても減らない大福と格闘していると、不意に優しく頭を撫でられる。顔を上げれば芳川会長が優しい目でこちらを見ていた。 「齋藤君、うまいか?」 「……んぐ……は、はい……っ」 「そんなに慌てなくても逃げていかん。……まだ食べたいなら十勝に買いに行かせてやるからな」 「えっ!俺っすか!」 「当たり前だろう、齋藤君を一人にするわけにはいかない。ここは俺が残るのが妥当だ」 「ええ、会長子供の世話とか絶対下手じゃ……わかりました!わかりましたからその顔やめてください!佑樹怯えますから!」 ……そもそも中身は俺のままなのだけど。 と思いつつも有り難くお言葉に甘えていた。志摩はというと俺の隣でお茶を飲んではあちちとなっている。栫井は……姿は見当たらない。と、思いきやカーテンの後ろに隠れていた。……どうやら芳川会長から隠れてるらしい、あれで。 阿佐美も甘いもの食べてリラックスしてるようだ。……俺の何倍もの量の大福餅を吸い込んでいった。 そんなこんなでつかの間のおやつタイムも終わりを迎えた。 なんとか一個大福餅を食べ終えたら、どうやら食べ疲れてしまったようだ。身体が小さい分体力も少なくなってしまっているらしい、心地よい疲労感が広がると同時に今度は睡魔がやってくる。 「どうした?眠たくなってきたのか?」 「う……すみません……」 「腹が膨らんだら眠くなるのは仕方ない。……どれ、仮眠室のベッドで眠るといい」 会長の口から出た仮眠室という単語にカーテン裏の栫井がびくりと反応するのが見えた。そして布切れの隙間からじとりとこちらを睨んでいる。……あいつ、小さくなっても妙な迫力があるのは何なんだ。 「三時のおやつの後はお昼寝タイムってか、いいな〜俺も佑樹たちとお昼寝一緒に眠ろっかな」 「お前はやるべきことが残ってるだろう」 「うぐ……!!」 「と、十勝君……」 「大体お昼寝とか言って、お前の場合は起きてても寝てるようなもんでしょ」 「なにをこの〜〜!小さくなっても可愛くねえな亮太お前!!」 「当たり前のことを言ったんですけど〜?」 また始まった……。ぽかすかとソファーの上で追いかけっ子を始める十勝と志摩だったがその5秒後に会長により引きずり降ろされていた。 そんな平和な……平和かもしれない時間が流れる中、無機質な着信音が辺りに響く。 どうやら芳川会長への着信のようだ。 「……どうした。……なんだと?……わかった、すぐにそちらへ向かうとしよう」 段々険しくなる会長の表情だったがやり取り自体はそれほど長くはなかった。通話を終え、携帯をしまう芳川会長に「どうしたんですか、会長」と十勝は駆け寄る。 「どうやら向こうが面倒なことになってるようだ。……俺は少し様子を見てくる」 「阿佐美君、悪いが少しの間面倒見ててもらっていいか」神妙な表情のまま続ける芳川会長。そしてまさか会長から指名を貰うとは思ってなかったようだ、完全にソファーの上で寛いでいた阿佐美は慌てて姿勢を正し「わかりました」と頭を下げる。 阿佐美がいてくれるなら確かに安心だ、と納得仕掛けたときだった。 「ちょっと待ってそこ俺に頼むところじゃないですか……?!」 まさか姿形も変わっていない自分よりも幼くなった阿佐美を頼られるとは思ってなかったらしい、飛び付く十勝の足元、「齋藤の面倒なら俺も見れますし」と志摩がなんか言っている。 「いやお前は見られる側だろ」 「はあ?」 ……また始まった。 今度は会長も止める気すら失せたようだ、俺の目の前に屈んだ会長はそのままわしわしと優しく俺の頭を撫でた。 「齋藤君、すぐに戻ってくる。……少し眠ってるといい」 「はい、会長……」 「す、すまない……」 よほど顔に出ているのか、会長は部屋を出ていく最後の最後までチラチラとこちらを気にしていた。 寂しいが、仕事だ。わがままは言えない。……というか会長、意外と子供に弱いのだろうか。そんなことを考えながらも会長が出ていったあとの生徒会室の扉を見てると、阿佐美がこちらへとやってくる。 「……それじゃあ、お昼寝しようか」 「うん……」 当たり前のように手を繋がれる。いつもよりも柔らかい指だ。けどやっぱり大きいな、なんて思いながらも阿佐美に連れられて仮眠室へ向かっていったとき。 仮眠室の扉の前にはちまっとした障害物――否、カーテン裏から出てきた十勝が立ちふさがっていた。 「あっ!お前さっきまで隠れてたと思ったら……!」 「……ここは俺の部屋だし、勝手に使うなよ」 短い腕を精一杯拡げて扉を開けさせないようにする栫井に「いやお前のじゃねーから」と冷静にツッコむ十勝。正論である。 そんなやり取りを見てると、いつの間に俺の後をついてきたらしい志摩がくいくいっと服の裾を掴んでくるのだ。 「栫井の使ってるベッドとか嫌なんだけど、齋藤俺の部屋に行こ。俺のベッド貸してあげるから」 「し、志摩……」 「志摩、ゆうき君が嫌がってるから」 「嫌がってなんかないでしょ、寧ろそれを言うならあんたに触られることに嫌がって……って、うわ……っ!」 志摩が言い終わる前に志摩を捕まえた阿佐美はそのまま小脇に抱える。「離せよ、おい!」とジタバタする志摩を無視して、阿佐美は十勝に声を掛ける。 「十勝君、栫井君退けてもらっていい?」 「お……おう!」 「離せ……っ!触るな……!」 そしてあっという間に栫井も十勝に強制退去させられていた。小さい体は不便であるがこういうときは扱いやすくていいな、と思ったり思わなかったりした……。 ――仮眠室、ベッドの上。 阿佐美と十勝は俺達をベッドの上に転がしていく。 ベッドが無駄に広いお陰で窮屈なことにはならずに済んだが……。 「……ほら、喧嘩しないで寝るんだよ」 「おやすみ」と川の字に寝かし直す阿佐美は有無を言わさないまま俺達に布団を被せるのだ。 「子供扱いするなよ、第一眠たくなんてないし……」 柔らかくふかふかな布団は凶悪だ。先程まで走り回って疲れていたのかもしれない、志摩はもう既に半眼でうとうとしていた。 そして対する栫井は……。 「あっ、おい栫井降りようとしたら落ちるぞ……っ!……っぶねー、ベッドに柵付けたいなこれ」 「触るな……っ」 「ほら寝ろ寝ろ!会長たちが戻ってくるまで大人しくするんだぞ!それとも直秀君の読み聞かせが必要かな?」 布団の中を這ずってでもベッドから抜け出そうとする栫井を捕まえた十勝はどこから取り出したのか、いかにも子供向けな大判の絵本を取り出してきた。あまりの準備の良さにこれには栫井と阿佐美も驚いていた。 「十勝君……その絵本……」 「五味さんが図書館から借りてきたんだってよ、詩織も読み聞かせてほしいか?」 「い、いや……俺は……」 「……ん?なんだ、佑樹は興味津々だな」 「あ……その……」 「いいぞいいぞ、恥ずかしがんなくても。ほら、そこに横になれよ」 絵が可愛いな、と思っただけであって。という俺の言葉は最後まで続かなかった。 ……そして案外十勝君の読み聞かせは情緒たっぷりで聞き入ってしまった。 ◆ ◆ ◆ ぺちん!という音ともに顔面にしっとりもちもちとした感触が触れた。 「う゛……なに……?って……えっ?!……し、志摩……?!」 そこにはすやすやと眠る志摩がいた。……そう、小さくも可愛くもない志摩が。……というかなんで服着てないんだ、と反対方向を振り返ればそこには布団を頭まで被って丸々栫井の背中があった。……こっちも服を着ていない。 「っ、な、なんで……」 なんだこの状況。そうだ、確か俺たち小さくなってそれで……と思っていたとき、ぺち、と頬に何かが触れた。先程と同じしっとりもちもちとした感触だ。何事かと恐る恐る身体を起こしたとき、布団の上にちまっとした影を見つけた。ぼさぼさの黒髪、そして明らかにサイズがあってない服。そこにいたのは間違いない、阿佐美だ。――それも、最後に俺が見たときよりも明らかに縮んでいる。 「あ、え……し、詩織……?か、かわい……っ、え、待って、詩織が縮んで俺は……?」 恐る恐る目の前で手のひらを広げてみれば、あの小さな腕ではなく見慣れたサイズの手がついている。そしてこっちも……。そうこわごわと全身を確認してたときだ。 「待たせた齋藤君、元に戻る方法が分かっ…………」 「っ!!」 ガチャリと音を立て勢いよく開く扉から現れたのは芳川会長だった。そのままぴしりと固まる芳川会長に、俺は自分の格好、そして両サイドで眠りコケる二人の存在を思い出して青ざめる。 「あ、あの……っ、これは……」 「おいどうしたかいちょ……お゛っ?!」 被害拡大。会長に続いてやってきた五味は文字通り絶句する。それからやってきた灘だけが唯一変わらなかったのが救いかもしれない……――。 ◆ ◆ ◆ 前回同様眠っている間に時間差で元の姿に戻ってしまい、そのときに服が小さくて脱げてしまっていたということでなんとか誤解は解けた。 ……が、問題は阿佐美だ。 「うーきくん」 「……なあに?どうしたの、詩織」 「あのね……だいすき」 「う゛……ッ!!」 膝の上、こちらを見上げるようににこーっと微笑む阿佐美に思わず俺は心臓を抑えた。……胸が苦しい。いつも見上げる側だったのも相俟って守ってあげたくなってしまう……。 ……どうやらいっぱい食べたのが原因で一時的に中身まで幼児化してしまってるようだ。今がピークらしいが、それでもここまで攻撃力が高いとなると心臓が保つかわからない。 そんな俺の横、志摩はというと先程から不機嫌なのを隠そうともしなかった。 「絶ッッッ対ぶりっ子してるじゃん、小さくなれたからってさあ齋藤に可愛がってもらおうとしてるでしょこいつ」 「ちょ……ちょっと志摩……」 脇から阿佐美を取り上げようとする志摩の手を思わず払いのける。 「え?なんで今俺の手を振り払ったの?俺の手そんなに汚い?」と志摩がショック受けているが阿佐美を守るためだ、「汚くはないよ」とだけ返しておく。 そんな俺たちの向かい側。五味は湯呑の緑茶に口をつけ、ふう、と一息ついた。 「何はともあれだ、元に戻れて良かったな。犯人もわかったし」 「ああ、今後は厨房のセキュリティも厳重にする必要があるな」そう頷くのは会長だ。 「その犯人ってもしかして……」 「縁方人だ。……どうやら前科があるらしいからな、厳重注意で済ませるつもりはないがあの男……どこからこんな訳のわからない薬を仕入れてくるんだ」 やっぱり、というかこんな妙に手の混んだ真似するのはあの男くらいだろう。 「ふうん、薬ね……」なんて、ぽつりと呟く志摩に思わず悪寒がした。 「志摩」と目を向ければ、志摩は口元を緩めて微笑むのだ。 「別に何も言ってないでしょ。……それに、小さいままだとお互いに不便だからね。……元に戻れてよかったよ」 そう、するりと伸びてきた志摩の手。そのまま手を握られそうになったときだった、阿佐美が志摩の手を振り払った。……先程までのぽよぽよぽやぽやした阿佐美からは考えられないほどの素早さだった。 「い゛……っ!お前、やっぱりまだ記憶あるだろ……っ!!」 「し、志摩……っ、落ち着いて……相手は子供だから……っ!」 「争いは同レベルの者同士でしか起きないってわけね、なるほどなー!」 十勝君、君がそれを言っていいのか……? 思いながらも俺は一先ず志摩と阿佐美の攻防戦を止める羽目になった。 おしまい 「しかしまあ、なかなか貴重な体験だったな。……会長?少し寂しそうだな」 「馬鹿を言うな。……俺は子供は得意ではない」 「言う割に楽しそうに面倒見てたけどな」 「口を動かす暇があるなら後処理を手伝え、五味」 「げ、藪蛇……」