学習能力がないと言われても仕方ない。全部、全部あの人を信じてしまった俺が悪いのだ。 「齋藤君、これよかったら飲んでよ。俺もうお腹いっぱいでさ。大丈夫大丈夫、毒なんて入ってないから。なんなら口移ししようか?」なんて迫ってくる縁に押し負けて受け取ったジュースを飲んだのが昼間、そして夕方からずっと身体の調子がおかしい。早退して自室へと帰ってくれば、丁度起きたばかりだったらしい寝癖頭の阿佐美が「どうしたの?」と心配そうに聞いてくるのだ。 まさか縁になにか盛られたかもしれない、なんて言ったら余計心配を掛けてしまうことになりかねない。 「なんだか午後から熱っぽくて早退させてもらったんだ」 「熱っ?大丈夫っ?……って、すごい熱だよっ」 「え?」 「えと、待ってて……体温計……どこだっけ……」 「だ、大丈夫だよ……少しだけ横になればきっと……」 大丈夫だから、という俺の声は聞こえていない。ゴミの山から体温計を探し出す阿佐美を尻目に、俺は取り敢えず服を着替えることにした。 ……分かっている、これがただの熱ではないことも。 阿佐美は風邪か体調不良と思ってるようだがこの火照りには身に覚えがあったのだ。 自室内、洗面室。 酷く息苦しい制服の下、特に内側から圧迫された下腹部に触れる。 ……昼休みが終わってからというものの、ずっとこの調子だ。 膨れ上がった下腹部、下着の中で動く度にぬるりと纏わりついてくるその感触に息を飲む。 今すぐにでも処理したいが、幸か不幸か部屋には阿佐美がいる。……相部屋というものはこういうときに不便だと思った。 とにかくバレないようにしないと。下着を変え、スラックスから膨らみが目立たない部屋着へと着替える。 『ゆうき君、大丈夫……?』 扉の向こうから阿佐美が声を掛けてきた。どうやら籠もりすぎたようだ。慌てて「うん、すぐに戻るよ」とだけ返し、洗濯機へと脱いだ制服を突っ込んだ。 そしていそいそと部屋へと戻った俺はぎょっとした。 「齋藤、お前具合悪いのか?」 部屋の中には何故か仁科がいた。俺の顔を見るなり近付いてくる仁科に挨拶をすることも忘れ、俺は阿佐美を見た。 「ど、どうして仁科先輩が……」 「その、丁度仁科く……先輩が近くにいるって聞いて」 「……顔が赤いな。熱も高いし……詩織、さっき見つけてた体温計は……」 「……あ、これだね」 「ゆうき君、ちょっと横になって計ってみようね」とまるで子供に言い聞かせる口調の阿佐美にベッドまで連れて行かれる。流石に大袈裟だと思ったが、その代わりに勃起が収まらないなんて言えるわけもなく俺はなすがまま阿佐美に寝かされるのだ。 渡された体温計で熱を計れば、平熱よりも高い体温が表示されている。けれど、微熱程度だ。 体温計を見ていた二人だったが、横に座る仁科に内心ぎくりとする。俺は膝に掛けていたシーツを更にずり上げ、股間を隠した。 「頭は痛むか?」 「い、いえ……平気です……」 「食欲は?……吐き気はないか?」 「……だ、大丈夫……です……」 触れるぞ、と伸びてきた仁科の手に頬を撫でられれば全身が凍り付いた。ぎょっと振り返れば、すぐ鼻先には仁科の顔があった。 「……っ、に、しな先輩……」 「風邪……ではなさそうだが、疲労の可能性もあるしな。……平熱に戻るまで寝てた方がいい」 「……そうだね、これからまた悪化するかもしれないし。……そうだ、喉乾いてない?俺、水取ってくるね」 「あっ……ありがと……」 二人とも優しいから余計こんな心配されてる中勃起云々考えてる自分の浅ましさがただひたすら恥ずかしくて、二人の顔をまともに見ることはできなかった。 阿佐美が冷蔵庫の方へと向かう中、仁科に「ここがお前のベッドか?」と聞かれて首を縦に振った。仁科はそうか、とだけ答えて布団を捲る。 「ほら、じゃあ横に……」 「ぁっ、ま、待ってくださ……!」 なれよ、と仁科が続けようとしたときだった。拍子に膝の上に掛けていたシーツを剥ぎ取られそうになり、慌てて仁科の腕を掴んだ。「え?!」と固まる仁科。やってしまった、と後悔したときには遅い。 ふに、と股間に触れる仁科の手の感触にぶるりと背筋が震えた。そして仁科も気付いたのだろう、自分の指先に触れるものの招待に。 「さ、齋藤……おま……っ」 「ご、ごめんなさい……その……っ」 隠そうとして逆に押し付けてしまうなんてこれではただの変態だ。咄嗟に仁科の腕から手を離すが、この反応、間違いなく仁科も気付いたのだろう。じわりじわりと赤くなるその横顔に、泳ぐ目。 「……と、トイレ……行かなくて大丈夫か?」 「っ、それは、その……」 「あいつには適当に言っとくから……その、溜め込むのはよくない。処理してこい」 仁科はやはり優しい。笑うわけでも茶化すわけでもなく、阿佐美に聞こえない声量で助け舟を出してくれる始末だ。俺はこくりと頷き、仁科に甘えるがまま中腰でベッドを立った。 ――自室内、男子便所。 「……っ、ん、ぅ……」 ぬこぬこと手の中のそれは濡れた音を立てるものの一向に射精する気配はない。 おかしい、何がいけないのか。 先走りも出てるし、いつもならそろそろ出てもおかしくないのに快感すらもあまりない。この状況が影響してるのかもしれない。トイレの薄い扉の外には阿佐美と仁科がいる。それが気になり過ぎて自慰に集中することすらできないというのか。 結局達する事もできないまま、泣きたい気持ちで下着を履き直した俺は手を洗って部屋へと戻ることになったのだけれど……。 「ゆうき君、お腹痛いの?大丈夫……?」 水を用意して待っててくれたらしい。ソファーに座っていた阿佐美は戻ってくる俺を見るなり駆け寄ってくるのだ。 仁科が話を合わせておいてくれたらしい。俺はそれに合わせて「でも、もう大丈夫だから」と慌てて阿佐美にフォローを入れた。 ……なにも大丈夫ではない。射精しそこねたせいで頭は下腹部が気になってろくに何も考えられない。萎えることをしらないそこを目立たせないように歩くことが精一杯だった。 「そう、ならいいけど……あ、そうだ、これ、腹痛の薬だったら見つけたからよかったら使って」 「あ、ありがとう……」 得体の知れない薬物を口にした現状、他の薬を掛け合わせて大丈夫なのか心配だったが阿佐美があまりにもハラハラした顔で見守ってくるので無碍にすることはできなかった。俺はええいと半ばやけくそで薬を飲む。 下手な自慰をしたお陰で体温だけが上昇してしまったようだ。俺は水の残ったグラスを阿佐美に返し、そのままよろよろとベッドへと潜り込む。 おやすみ、ゆうき君と阿佐美の声を聞きながら俺は意識を手放した。 ――違和感に気付いたのは感触だった。 夢を見たのだけは覚えてる。酷くいやらしい夢を見て、夢の中で興奮を抑えようとして己の性器に触れたところまでは覚えていたのだ。熱に浮かされた頭の中、スウェットの中に突っ込んだ手でその中で性器を扱いた。 けれどやはり先程のトイレの二の舞だ。 「は、ぁ……っ」 自慰を覚えたての猿のように全体を扱いた。敏感な部分をイジればもっと強い快感を得られるのかと亀頭を捏ね、尿道口の凹んだ部分を指先で柔らかくほじくり返そうともした。それでも一定数以上の快感は得られず、不完全燃焼のまま目を開いたときだった。 ――部屋が明るい。 「……?……っ!!!」 異変に気付いたときにはもう遅い。 手の中の感触にハッとし、飛び起きればあろうことか夢だけど夢ではなかったのだ。ベッドの上、布団蹴飛ばして性器握るというとんでもない格好のまま目を覚ました俺は恐る恐る部屋の中にいるであろう同室者の姿を探した。……いた、必死にこちらに気付かないふりをして壁と同化しようとしていた仁科と阿佐美がいた。 「っ、ぁ……あ……っ」 「……お、俺たちは何も見てないから大丈夫だぞ」 「そ、そうそう何も知らないから……っ!!」 血の気が引いた。夢遊病とかそんな可愛いものではない、二人がいるにも関わらず俺は……俺は……。 耐えられず慌てて俺は「ごめんなさいっ」と布団に潜った。その中で下着を履こうとするがゆるく勃起したままの性器が邪魔でもたもたしてしまう。なんだかもう情けなさと恥ずかしさで泣きそうだった。ちょっと泣いてた。 「さ、齋藤気にするな、本当俺たちは何も見てないし……その、男だったら仕方ないからな!……な、阿佐美」 「えっ?あ、う、うん……まあ、そうだよ、動物としての生殖本能が正常に機能してる証拠だよゆうき君」 「で、でも……こんな……露出狂みたいな真似……いくらなんでも……っ」 「そんなことないって!方人さんもたまにいきなりしだすから俺たちは見慣れてるしね……ねっ仁科先輩!」 「えっ?!……そ、そんな勝手なこと言って怒られ……いや、そうだな、日常茶飯事みたいなものだし……その、齋藤のは全然まだ可愛らしいというかだな……」 しどろもどろと二人がフォローしてくれるどころか慰めてくれるのが余計情けない。 ……そうか、縁がそうならまだ安心した。確かにあの人ならしかねないな……と思いながらも恐る恐る布団から顔を出せば、心配そうにしてた仁科と阿佐美が安堵の表情を浮かべるのだ。 「齋藤……っ」 「ご、ごめんなさい……本当……」 「き、気にしないで……っ!そ、それより……ゆうき君具合は大丈夫なの……?」 どうやら阿佐美は熱のことを言ってるのだろう。伸びてきた手に額を触れられ驚く。ひんやりとした阿佐美の掌の冷たさが気持ちいい……まだ体温は高いままのようだ。阿佐美の様子も芳しくない。 「……まだ熱いね」 「あ、あの……詩織……そのことなんだけど、多分……その、熱とか風邪とかじゃなくて……」 これ以上心配させるのも申し訳ない。 ――それに、あんな痴態を見せた直後だ。ここは寧ろはっきりと弁明していた方がいいかもしれない。 怖いけど、このままただのオナニー野郎と思われるくらいなら、とぐっと拳を握り締める。 そして、俺は仁科と阿佐美に今日あったことを説明した。縁になにか貰ってからずっと勃起が収まらないこと、それなのに気持ちよくなれないこと。 それを聞いた二人は頭を抱えていた。 「……ご、ごめん……余計な心配かけたくなくて、それで……」 「それは……うん、いいんだ。……けどだったら合点がいくよ」 なんの合点なのか聞くのは恐ろしかった。 前髪の下、阿佐美の視線が右往左往してるのは感じた。仁科はというとそういうとこかと納得してる。 「じゃあ、さっきトイレに行ったときも……」 「だ、駄目でした……全然、その……」 「え、さっきもってなに……?」 「え゛っ?!い、いや……まあ、色々な……」 「……」 仁科も大概嘘を吐けないタイプらしい。阿佐美に指摘され言葉に詰まる仁科を見てるとつくづくそう感じた。 「……とにかく、普通の自慰で気持ちよくなれないっていうのは少し厄介だね。快感を増長させるならともかく、このままじゃゆうき君も困るだろうし……」 「ご、ごめんなさい……」 「そのび……媚薬の効力がなくなるまで待つっていうのは……無理そうか?」 優しい口調で尋ねられ、返答に詰まる。俺としては我慢しようと思うが、その結果無意識下で性器扱き出してしまうのだ。歯切れの悪い俺の反応から察したらしい、仁科は「そうだよな」と困ったように息を吐いた。 「……阿佐美、何かいい方法ないのか?」 「ちょっと調べてみようか。……えーと、『自慰 男性 コツ』」 「そ、それは……もっとこう……『オナニー 気持ちいい』とか……」 「ちょ……俺の検索履歴が……」 デスクのパソコンの前でなにやら揉めてる二人を横目に俺もそろりとベッドから降りようとしたとき、「あ、これよくねえ?」と仁科が声を上げた。 「え、で、でも……痛くないかな」 「ローションでちゃんと浸せば大丈夫だって書いてるぞ。……あ、でもローションないと駄目なのか……」 「……ローションならあるけど」 「え?あんの?」 「ち、違うよ……その、使うかもしれないし……っていうかあっちゃんが勝手に置いていってるだけだから……!」 「あ、ああ……阿賀松さんならまあ……」 「ガーゼは?」 「方人さんに渡す用のやつならあるけど……」 「どうせあの人使わないだろうからここで使っちゃおうよ」 「そうだな」 ローション?ガーゼ? 二人ともなんの話ししてるのだろうか、気になったがなんとなく間に入れなくて二人の後ろ姿を見守っていたときだった。 「ゆうき君、ちょっと待っててね。……すぐに用意するから」 よ、用意……? 阿佐美に言われるが、俺はなんの用意なのか聞くことができなかった。ただ、言われるがまま「わかった」と頷くばかりだ。 ……なんか、なんか嫌な予感がする。……けれど、相手は仁科と阿佐美だ。非人道的な真似はされないだろう。 そう安心しきっていた俺はこのあとすぐに後悔することになったのだ。 ◆ ◆ ◆ 「……っ、ま、待って……なに、してるの……?」 ガチャガチャとなにやら準備してると思いきや、阿佐美が持ってきたその容器を見てぎょっとする。中に入ってる透明のそれはもしかして……。 「ローションだよ」 「えっ、これ全部……?」 「お湯も入ってるけどね。……こういうのはふんだんに使った方がいいって書いてあったし、それに俺の部屋にあっても邪魔なだけだから」 早い話処理、ということなのだろうか。それにしてもだ。袖を捲り、ローションの入った容器に手を突っ込んだ阿佐美はそのまま中のローションを糸巻きの形で混ぜる。それを見た仁科がぎょっとしていた。 「お、お前……すげえな」 「先輩がしてくれてもいいんだよ」 「……う、俺は……いいや……音やべえし」 言いながらも落ち着きなく阿佐美の斜め後ろをうろうろする仁科。……気持ちはわかる。ぬぽぬぽと空気が混ざるような粘り気ある音がやけに生々しくて、どう足掻いても性行為を想起させられて駄目だった。いや、状況が状況なので今更という気もするがそれでもだ。 「……これくらいでいいかな」 そう指を抜いた阿佐美は仁科から何かを受け取る。白いそれは……。 「ハンカチ?」 「……似てるけど、ちょっと違うかな。ガーゼだよ」 「ガーゼ……?」 どうしてそんなものを、と阿佐美を見たとき。 阿佐美はそのまま手にしたガーゼをローションの中に突っ込むのだ。ひたひたに濡れたガーゼを手にする阿佐美がこちらを見た。……ような気がした。 「……ゆうき君」 「し、詩織……あの……」 「これを使えばいいってネットの記事に書いてあったんだ。……最初は慣れないと思うけど、その……少しだけ我慢してね」 仁科に容器を渡し、ベッドへと乗り上げてくる阿佐美に驚く。近い。というか、近い。 「下、いいかな」と柔らかい声で尋ねられる。下がどこを指してるのかはすぐに分かった。 「……俺、手が濡れてるからゆうき君、捲ってもらっていいかな」 「まっ、待って、その……それ……って、もしかして……」 阿佐美がするってことか? 俺は勃起した性器を丸出しにして?阿佐美に全てお願いする? 「……っ、む、無理、そんな……は、恥ずかしい……」 「ゆうき君……でも苦しいんだよね?」 ……苦しい。勃起は収まらないし、人前だというのに自慰に耽ってしまうし。不完全燃焼のままそれでも一向に鎮火する気配のない興奮にどうにかなりそうだった。 こくりと頷き返せば、「うん」と阿佐美は頷いた。 「……俺が手伝うから、全部。ゆうき君は恥ずかしがる必要もいらないよ」 「し、詩織……っ」 まるで子供をあやすようなどこまでも優しい口調だった。だから、と促されれば頭の奥がじんわりと熱を持ち始める。性的興奮とはまた違う部類の熱だ。俺は言われるがまま恐る恐る下腹部を覆い隠していた布団を捲った。 ……その下では先程同様、ひと目で分かるほど主張する膨らみがそのままになっていて。「それ、脱いで」と阿佐美は続ける。俺が恥ずかしくならないためだろうか、あくまでも淡々とした口調であるがそれが余計反応しそうになる。 俺の下半身事情で阿佐美にこれ以上手を煩わせるわけにはいかない、かといって一人では満足することもできない。……阿佐美の好意に甘えるのが最善だとわかっていた。 ちらりと視線をあげれば、ゆうき君、と耳元で名前を呼ばれ反応してしまいそうになる。 「……わ、……わかった……」 酷く喉が乾く。 さっさとやってさっさと済ませよう、そう半ばヤケになりながらも下着を恐る恐る下ろせば、哀れなほどに勃起した己のものがぴょんと飛び出すのを見て死にたくなった。少しは萎えててほしかったが無理な話だ。 「……ゆうき君、汚れるかもしれないから服の裾持っててくれる?」 「えっ……ぁ、でも……」 「別に俺も仁科先輩も気にしないよ。……ね?仁科先輩?」 「……ッ!!あ、いや、そ、そ……っ、そうだな……!」 急に話を振られて相当焦ってるようだ。言いながら必死に俺の方を見ようとしまいと顔を逸していてくれる仁科だがここから見ても分かるほど耳が赤い。……申し訳ない、仁科だってこういうのは得意ではないはずなのに。 何度阿賀松との最中を見られても恥ずかしいものは恥ずかしい。けど、これ以上我儘いって阿佐美を困らせるのも嫌だ……。 「……っ」 恐る恐る服の裾を掴み、腹部、臍が見える辺りまで持ち上げる。下着も脱いだ下腹部、宙を向いた性器が余計間抜けで顔も、首も耳も熱くなっていくのがわかった。目を開けることすらできない。 「……こ、これで……許して……」 「っ、……うん、ありがとう。これなら大丈夫だよ」 顔を上げることができなかった。さながらまな板の上の鯛だ。もう煮るなり焼くなり好きにしてくれ、と目を瞑ったときだった。濡れた音が部屋に響く。今から何をされるかもわからない、けどローションとガーゼを使うことだけはわかった。心臓の音が煩い。浅くなる呼吸を抑えようと口を閉じるが、代わりに鼻息が荒くなってしまうのだ。ぐちゅ、と静まり返った部屋の中に濡れた音が響く。ベッドのスプリングが軋み、すぐ側に阿佐美の気配を感じたときだった。 びしょびしょに濡れた何かがべちょりと勃起した性器に落ちて来たのだ。 「ひっ!!」 「あ、ごめん」 「ご、ごめんてな……」 に、と目を開けようとしたときだった。阿佐美の指が性器に触れて慌てて腰を引く。落ちてきたのがあのローションでひたひたになったガーゼだとわかった。そして次の瞬間、ガーゼの両端を両手で摘んだ阿佐美はそのまま亀頭の更に先っぽを掠めるようにガーゼをスライドさせたのだ。 「ッ、……ッぅ、待っ……ぅ……〜〜ッ!!」 「っ、だ、大丈夫か齋藤……っ!」 「仁科先輩、ゆうき君の手掴んでて」 「えっ?!」 まるで剥き出しになった神経の束を直接愛撫されるようなあまりにも直接的な快感だった。堪らず阿佐美の手を掴んで行為をやめさせようとしたが、隣に座る仁科に手を掴まれた。 「っ、わ、悪い齋藤……っ」 「こ、れ……っ、だめです、……ぉ、俺……ッ!」 「……気持ちいい?」 「くっ、ひ……ッ!!」 先程とは違う方角に亀頭を擦られた瞬間、全身に電流が走る。毛穴という毛穴が開き、ずっと自分が求めていたその刺激に目の前が眩んだ。稚拙な自慰なんかよりも比べ物にならないほどの効き目に本能が危険だと察知する。咄嗟に身を攀じるが、仁科の拘束が邪魔で動けない。 「っ、や、だ、しおり……っ、だめ、だめだ、だめだこれ以上はだめだってば……ッ!!」 「……っ、あと少しの我慢だよ。そうしたら、ゆうき君も楽になれるから」 「ッ、ひ、ぅ……ッ!!」 頑張って、ゆうき君、と優しい声が体の奥に響く。痛いほど勃起した性器からは先走りがとろとろと溢れ、垂れるローションと混ざって性器全体を濡らすのだ。阿佐美は片手でローションを追加し、再び亀頭を責め始める。声を堪えることなどできなかった。 まるで遊ぶみたいにして亀頭をガーゼで擦られるだけで恐ろしいほどの快感に目の前が真っ白になり、開いた喉からは情けない声が漏れてしまう。嫌だと頭を振るが、阿佐美はこちらを見下ろし「もう少しだよ」としか言わない。 「っ、ほ、本当に大丈夫なのか……?苦しそうに見えるけど……」 「大丈夫だよ。……乾燥させないようにしてるし、注意事項は頭に入れたし」 それに、と阿佐美は痛いほど突っ張ったそこに指を這わせた。 「……もうすぐイキそうだし」 「っ、ぁ、あ……ッし、おり……ッ」 「偉いね、ゆうき君。……もうすぐだから、それまでの辛抱だよ」 粘着いた音が体の中で直接響くようだった。駄目だ、こんな、多分どこか大事な部分が壊されていってるのではないかと思えるほどの快楽に耐えられずベッドの上でのたうち回りそうになったとき、「危ないぞ」と仁科に抑えられた。それとほぼ同時だった。息吐く暇もなく亀頭を擦られ続け、痙攣が収まらない内腿にローションが垂れていく。腰が浮き、逃れられない快楽に堪らず俺は仁科の腕にしがみついた。 「っ?!さ、さいと……」 「っ、ふ、ぅ゛……ッ!あ゛、や…………も、ぉ……っ、む、り……ッ!しおり、とめてっ、おねが……っ、ひッ、ぃ……ッ!!」 「……ッいいよ、このままでいいから。このままたくさんイッていいからね」 「う゛っ、ぁ……ッ、は……ッ!ぁ、あ……あぁ……ッ!」 辺りに落ちるローションを気にする余裕もなかった。優しい声でトドメを刺される。塗り潰される白。爪先に力が入り、堪らず大きく仰け反り快感を逃そうとするができなかった。 「っ、は、ぁ……ッ?」 イッたはずなのに、精子は出ていない。それなのに勃起したままの性器を見て頭の中がこんがらがる。射精感もなければ射精後特有の爽快感もない、全身に残った甘い痺れはすぐに再び動き始めた阿佐美によって勢いを増す。 「待っ、へ、しおり、しおり……っおかし、く……なる……っ、これいじょ……はぁ……っ、ほん、と……ぉ……〜〜ッ!!」 「またイけたね、ゆうき君」 「ちが、おれ、こんなっ、ひ、っ、ィ」 「大丈夫だよ、……ゆうき君はおかしくない。皆こうなるんだって、男だったら皆」 阿佐美の声が落ちてくる。ずるずると背後の仁科にしがみつき、堪えることしかできない。とろとろに溶けたガーゼは最早ローションと同化してる。一往復どころか少しずれただけでも目の奥で火花が散るほどの強い刺激に堪らず歯を噛み締めた。出そう、出そうなのに出ない。それなのに絶頂感は確かにあるのだ。まるで自分の体ではないような快感に頭の中はこんがらがったままだ。 「っ、う゛〜〜ッ……」 「さ、齋藤……」 「……仁科先輩、そのままゆうき君のこと捕まえてて」 「え、あ、あぁ……」 「もしかしたら、ちょっと暴れるかもしれないから……」 「あ、暴れる?」 頭の上で阿佐美と仁科の声が交互に落ちて来た。最早二人が何を話しているのかすらも理解できなかった。白が赤くなり、熱が増す。ガーゼ全体で性器を覆うような形のまま、そのまま更に亀頭を責められた。負荷は掛からないように、それでも最初とは比にならないほどの刺激に、激しさに堪らず宙を蹴りそうになる。 「しおっ、り、しおり、だめ、やめて……っ、もぉ、も……っ、でる……ッ!!」 「……っ、ゆうき君、いいよ。汚しても大丈夫だから」 なにが、なんで、どうしてやめてくれないのだ。目の前の阿佐美が鬼かなにかに見えた。これ以上は本当に駄目だとこんなに言ってるのに、阿佐美も仁科も止めてくれない。俺を見てるだけだ。一層早くなる愛撫にびくんと心臓が跳ねる。瞬間、腹の中ずっと疼いていた熱が放出されるのがわかった。勢いよく溢れ出す熱に、被せられていたガーゼを伝ってぽたぽたと垂れる無色透明のそれはローションではない。そのまま仰向けに倒れる俺を見て、阿佐美は「よく頑張ったね」と微笑んだ。排尿感と射精感よく似て非なるそれがなんなのか、俺は一生理解したくなかった。 ◆ ◆ ◆ 時間経過か、それとも阿佐美が抜いてくれたからかわからないがそれでも先程までの苦しいほどのムラムラも収まった。……収まったけれども、その代わりに俺は大切なものを失った気がしてならなかった。 「ゆ、ゆうき君……?もしかして、怒ってる?」 「……怒ってないよ、けど……」 どんな顔して話せばいいかわからないと言ったところか。風呂入って出てきたら仁科はいなくなってるし、汚したシーツを替えた阿佐美とはぎこちないし。……どれもこれも縁のせいだ。 「……こ、今回のことは……迷惑掛けてごめんね」 「いや、迷惑だなんて俺は……」 「詩織のお陰で助かった」 「ゆ、ゆうき君……っ!」 「……けど、俺は止めてって言ったのに」 「う……ご、ごめん、フリかと思って……」 「ふ、フリとか言わないよ……っ!」 ごめんなさい、と大きな背中を縮み込ませた阿佐美を見てたらなんだか自分が余計恥ずかしくなってくる。……元はといえば俺が変なことを頼んでしまったのが原因なのだ、それに、まさかあんな……。 「あんな……」 まだ性器にガーゼが張り付くような感覚が残ってる。……じんじんする。お陰で楽になったが、それでも風呂に入ってもさっきまでとはまた違った違和感が身体に残ってるのだ。 「へ、変な癖になったらどうしよう……」 「まあ……確かに普通の自慰でイケなくなる可能性があるので注意とは書かれてたけど」 「え、そ、そうなの……?!」 「だ、大丈夫だよ……!……多分」 多分ってなんだ。語尾がふにゃふにゃになる阿佐美に思わず恐ろしくなった。 青ざめる俺を安心させようと阿佐美は「それに」と付け加える。 「……そのときはまた手伝わせて」 心臓がぎちりと苦しくなる。ほんの一瞬、阿佐美の前髪の下の目が細められるのを見て思わず顔が熱くなる。俺は言い返す言葉が見つからず、阿佐美の視線から逃げるように布団を被った。 その日から暫く懺悔のつもりなのか阿佐美のおやつを差し入れられる。そしてそれは俺が阿佐美に『お願い』をする日まで暫く続いたのだった。 おしまい 【おまけ】 何故、こんなことになってしまったのか。言わずもがなあのときがきっかけだ。別に変な意味などないが、いや本当に意味なんてないが、学校帰りなんとなくふらりと立ち寄った学生寮一階モールの薬局の医療品コーナー。 そろりと覗き込んだ俺はそこにいた先客を見て思わず息を飲んだ。 ――仁科だ。 もしかして縁か誰かが怪我したのだろうか、と様子を見てると、手にしたカゴの中にガーゼがたくさん入ってるのを見て思わず一歩引いた。 ……しかもそれでも尚陳列されてるガーゼを物色してる。そんなに買ってどうするのかと喉先まで出かかったが俺はぐっと飲み込んだ。 ……ここは見なかったことにして帰ろう。俺はそわそわしてる仁科を置いて薬局を後にした。 ――今度、阿佐美が馬鹿買いしたガーゼ何箱か渡そうかな……。 そんなことを考えながら。