十二月二十五日。 とうとう今年もやってきてしまった、この日が。 ――学園、講堂前。 『クリスマスパーティー会場』と書かれた看板が立たされたそこにはたくさんの着飾った生徒の姿があった。そして、それぞれその手には色とりどりの包装されたプレゼントを手にしている。 そして、それは俺も例外ではない――着飾れてはいないが、代わりにしっかりと抱きかかえたプレゼントに目を向けた。 「齋藤、メリークリスマス」 そろそろ受付に行こうかとしたときだ、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。 振り返れば、そこには志摩がいた。 普段制服姿の志摩を見慣れているからだろうか、フォーマルな服装の志摩は新鮮だ。 「志摩……メリークリスマス。志摩も来たんだね」 「本当は行く予定はなかったんだけどこの間齋藤が行きたいって顔してたからね。もし俺がいなくて齋藤が一人でパーティーなんて参加してたら可哀想だし」 「う……」 「まあ、生徒会主催だし教師もいるからある程度形にはなってるだろうとは思うけど、念の為ね」 俺のために来てくれたのか。それだったら教えてくれたらいいのに。 けれど、正直一人では心細かったので志摩のこういう気遣いは素直にありがたかった。 「ありがとう、志摩」と言おうとして、不意に志摩の目が俺の頭から爪先までじろっと向けられていることに気づいた。そして、怪訝そうな顔。 「それにしても……」 「……?」 「齋藤、ドレスコードって言葉知ってる?」 「わ、わかるよそれくらい……」 「びっくりした、そのままコンビニでも行ってくるみたいな格好してるからさ」 恒例の志摩のファッションチェックが始まったと思えば、案の定刺すような一言に俺は言葉に詰まる。 ――俺だって、俺だって考えたのだ。 生徒会主催の行事だから一応会長にそれとなく聞いたところ、『別に必要以上に畏まる必要もないだろう。いつも通りで構わない』って会長が言ってたから俺はいつもの格好できたのだ。 それなのに、会場である講堂へと向かう途中すれ違う生徒たちの格好を見て薄々まずい気はしていた。が、時間もないし会長のことを信じてここまでやってきたのだ。 「だ、だって……もっとカジュアルなパーティーかと思ったんだよ。志摩はちゃんと着てるんだね」 「そりゃあね。……齋藤のドレスコード楽しみにしてたんだけど、これなら一緒に事前に用意させときゃよかったな」 「し、志摩……」 「しかも寝癖ついてるし」 「あ、あれ。ちゃんと直したのに……」 志摩の視線の先、ここかなと勘で髪を抑えていると「ほら、ここだよここ」と伸びてきた志摩の手にそのまま手を掴まれ、髪に触れさせられる。 ……確かに何か跳ねてる気がする。 「……まあいいんじゃない? あの会長さんのことだし、齋藤のことは贔屓してくれるだろうしね」 ……志摩の目が痛い。 「俺なら速攻連れ帰って服一式用意して美容室にも連れて行くけどね」と追い打ちかけてくる志摩に俺は縮こまることしかできなかった。 「そういえば齋藤、プレゼントはちゃんと用意したんだね」 そして、一頻り俺をちくちく刺して気が済んだようだ。志摩は思い出したように俺の小脇に抱えていたプレゼントに目を向ける。 「うん、参加条件にプレゼント必須ってあったからね。……ほら」 「ふーーん?」 「あ、だ、だめだよ中覗いちゃ……!」 「これ、俺と交換しない? 俺、齋藤に渡す前提で選んできちゃったし」 「え、ええ……? それってずるいんじゃ……」 「なんならもうここで引き返して俺とだけクリスマスプレゼント交換しようよ、齋藤」 「し、志摩……」 「ね?もう充分じゃない?」なんて言いながら近付いてくる志摩、その圧に押し潰されそうになっていたときだった。 「おいそこの亮太、会場前でナンパやめろ!」 ぴぴーっ!とホイッスルの音とともに聞こえてきた声にハッとする。顔をあげれば、そこには十勝がいた。 「うわ、空気読めよ」と舌打ちする志摩。 「と、十勝君……!」 「メリクリ佑樹〜! なになに? 佑樹も来てくれたんだ、クリパ」 「く、クリパ……そうだね、今回十勝君が受付してるんだね」 「そうそう、そしたらこんなところでナンパしてるやつがいるんだもん。びっくりしたわ」 「俺はナンパじゃなくて交遊だし。女となれば見境なく盛りつくお前には言われたくないけどね」 「だったら俺も博愛だっての」 講堂前の受付スペースから俺たちに気づいたらしい。十勝が止めてくれてよかった、とほっとしながら俺は志摩の腕からそそくさと逃げる。が、逃げ切れなかった。服の裾を掴まれる。 「ま、ほらうちの生徒会って皆クリスマスって感じじゃないだろ? 俺、クリスマスの男だしな!」 「確かに、他の連中はクリスマスってよりお通夜だしね」 「し、志摩……! 言い過ぎだよ……っ!」 「おい、クールで落ち着きがあるって言えよな」 「ものは言いようだね」 それを志摩が言うのか、と喉元まで出かかってなんとか堪えた。……危ないところだった。 そして、そのまま十勝とともに俺達は受付へと向かうことになったのだが……。 「ってなことで入場前にここでプレゼントは回収させてもらうからな〜」 「うん、それじゃあ……」 「ちょっと齋藤、俺とプレゼント交換する約束忘れちゃったの?」 「え、本気で言ってたの?」 「俺はいつでも本気で思ったことしか言わないよ」 その発言からもう既に怪しいのだけれども……。 怒ったような顔をしてぐいぐいと裾を引っ張ってくる志摩。このままでは本当に参加するためのプレゼントを奪われ兼ねない。 仕方ない、と俺は言葉を探す。 「わかったよ、また別の機会に志摩用のプレゼント用意するから……」 「おい佑樹、こいつの言うこと気にしなくていいんだからな? 亮太も、プレゼントそれ佑樹用なら参加できねーぞ」 「いいよ、これで。齋藤用はちゃんと別で用意してるから」 なんだそれは。 どさっと適当にプレゼントを回収用のケースに放る志摩に「なら最初からごねんなよ」と十勝は口にした。それには同意せざるを得ない。 そして、俺も志摩に倣って回収箱にプレゼントをそっと入れようとしたときだ。 辺りが一気にざわつき出すことに気付く。 そんな矢先、 「おい、後ろ支えてんだけど? 早く受付済ませろよ!」 後方からきゃんきゃんと吠えるような声が聞こえてきた。 俺の背後に目を向けた十勝はぎょっと驚いたような顔をする。 「あれ、なんでお前ここに……」 「なんでって、お前らが杜撰なクリスマスパーティーやってないか確認しにきてやったんだよ」 まさか、と振り返ろうとした矢先だ。背後から伸びてきた手に肩を掴まれる。 この声の主が誰なのか理解するよりも先に、恐怖と拒絶の感情が勝った。 「ぁ、あが……阿賀松先輩……」 「よおユウキ君、随分とめかし込んできてんじゃねえか」 恐る恐る振り返ったそこには、阿賀松と安久、そしてその後ろから縁が「俺もいるよ」とにゅっと顔を出す。現れた阿賀松たちに、俺も十勝も青ざめる。 「あーよかった、齋藤君もきてたんだね?」 「方人さん、参加するつもりないとか言ってたくせに……」 「俺もそうだったけど、仕方ないじゃん。こいつが行くとか言い出したからさ」 こいつ、と言いながら阿賀松を指差す縁。「あ?」とその手を払い退け、阿賀松は縁を横目に睨んだ。 「別にここで帰ってもいいぞ」 「だってさ、じゃ、齋藤君も一緒にぬけちゃう?」 「え……」 「抜けませんし、齋藤は俺との先約があるんで」 そのまま息をするように阿賀松の反対側から抱きついてこようとする縁を志摩が引き離してくれた。志摩がいてくれて助かった。 「おい、ケチケチすんなって。そもそも約束に順番もないだろ」 「それを言うなら、重要度でもお前は最下位だろ。……なあ? ユウキ君」 「え、あ、あの……」 「ってかあんたらなにしに来たんだよ、茶化しに来たんなら帰れよ。大世帯でぞろぞろ来られても邪魔なんだけど?」 「ったく、参加者様々に向かって口がなってねえなあ」 「参加者って、まさか……」 「参加条件はプレゼント持参だっけか? ほらよ、くれてやる」 言いながら血のように真っ赤なプレゼントを回収箱に突っ込む阿賀松。 「俺も俺も」と濃紺の袋に入った大きめのプレゼントを入れる縁と、そろりと回収箱の中になにかを入れる安久。ちらりとだけ見えたが、ピンク色の手のひらサイズのファンシーな柄の包装が見えた。 俺も十勝も志摩も、思わず顔を見合わせる。 「なんでユウキ君まで驚いてんだよ」 「まさか参加するつもりかよ、あんたら」 「あいつがちゃんと仕切れるか見ててやろうかと思ってな」 「やっぱ冷やかしじゃねえか……出禁だ出禁!」 「おい勝手な真似するな! 僕たちまだなにもしてないのに不公平だろ!」 「そうそう、美味しい料理食べに来ただけなのにな〜」 「嘘つけこの……」 「おい、何を揉めている?」 そう、一層ヒートアップしかけたときだ。 聞こえてきた声に、一気に辺りがしんと静まり返った。耳障りのいい低いその声に、自然とぴんと背筋が伸びてしまう。 受付前、現れたのは――。 「か、会長……!」 「齋藤君、来てくれていたのか」 いつもと違う黒いスーツに身を包んだ芳川会長は、俺の姿を見つけるとこちらへとやってきた。 なんだかどぎまぎしながらはい、と頷けば、芳川会長は「今日は楽しんでくれ」と微笑む。 流石会長だ、フォーマルな服装も似合うな……と思わず緊張していたときだ。 「おいおい、俺もせっかく来たんだけどなあ?」 肩に回される手に、強くなる阿賀松の香水の匂いに一気に現実に引き戻される。そうだ、あまりにも会長が阿賀松たちの存在を無視していたので忘れかけていたが、今結構面倒なことになっているのだった。 そんな阿賀松に、やれやれと芳川会長は肩を竦める。そして一層冷ややかな目を阿賀松に向ける。 「……参加するならおとなしく迅速に受付を済ませたらどうだ?」 「会長、ですけど」 「構わん、なにか問題を起こすようなら出ていってもらうだけだ。……わざわざここで揉める必要もない、寧ろ無駄な労力になるだけだ」 「おい、聞こえてんぞ」 「俺達無駄な労力だってさ、伊織」 「ま、違いねえか?」 「最初からそうやっておけばよかったんだ! 伊織さんに無駄な手間かけさせやがって……」 十勝はというとよほど出禁にしたかったのだろう。不服そうではあるが、阿賀松たちとここで揉めるのは確かに面倒だ。流石会長、阿賀松たちの対処も慣れてるな。 大人しく受付をしてる阿賀松たちからなんとか離れたとき、芳川会長がそっと近付いてくる。 「それじゃあ、俺は準備に戻る。……齋藤君、また後でな」 「は、はい……」 「なに照れてんの? 後でって何? 齋藤と付き合ってるからって勝手すぎない?」と斜め後ろからねちねち言ってくる志摩を聞き流しながらも、俺は忙しそうな芳川会長を見送ることにした。 ――学園・講堂。 クリスマスパーティー会場となっているそこには、冬期休暇に入ったにも関わらず想像していたよりも多くの生徒で溢れかえっていた。 講堂の内装はすっかりクリスマスの装いになっており、部屋の中央にはいくつものテーブルが置かれている。内装同様飾り付けられたそのテーブルの上にはいろんな種類の料理が大皿に盛りつけられていた。 なんとも食欲のそそられる匂いだ。 「それにしても、せっかくのクリスマスだっていうのに暇してるやつらがこんなにいるんだね」 なんて感動している俺の隣、そんなことを言い放つ志摩にぎょっとした。 「志摩、言い過ぎだよ」 「事実でしょ。……ほら、あそこにも」 見てみなよ、と志摩が指さす方角。目を向ければ、そこには最も見たくもない顔があった。 壱畝遥香は丁度料理を取り分けようとしていたところだったようだ。志摩の悪口が聞こえたのか、ぴくりと動きを止めた壱畝がこちらを向く。 まずい、と咄嗟に顔を逸らしたが間に合わなかったようだ。手にしていた取り分けようのトングを定位置へと戻した壱畝は、そのままこちらへやってくる。 そして、 「やあ、志摩君。……と、ゆう君も」 思いっきり目が合ったくせに、まるで今俺の存在に気付いたような白々しい壱畝。 どうやらやつは他の友人たちときたようだ。 「この学園のパーティーなんていうからどんなものかと思ったけど、知ってる人たちがいて安心したよ」 「……そう、よかったね」 「それにしても、ゆう君はまた志摩君にべっとりなんだ? ……本当、誰かがいてくれなきゃなんもできないんだな」 流石にこんな人前、しかもおめでたい場で突っかかってくるような真似はしないだろうと思っていたが、どうやらそれは買いかぶりだったようだ。聞こえないふりをしてさっさとこの場を離れようかと思ったが、残念ながらここにも一人大人しく聞き流すことができない男がいた。 「そうだよ、齋藤は俺がいないとなにもできないんだよね。俺も、齋藤がいないとなにもやる気でないし俺たちって似た者同士だから」 「……ふーん、仲良いね。けど、相手は選んだほうがいいんじゃないかな?」 「それはお互い様じゃない?」 「……」 「……」 ……なんだ、この空気は。 賑やかなクリスマスのジングルが流れる会場内、バチバチと見えない火花散らす二人に俺はもうどうすることもできなかった。かくなる上は、と助けを求めようと辺りを見渡した時だった。 「あ、ゆうき君……っ!」 賑わう会場内に聞きなれた声が聞こえてきた。 咄嗟に声の主を探した時、少し離れたところでぶんぶんとこちへ向かって大きく手を振る阿佐美の姿を見つける。一際目立つのでとてもわかりやすい。そしてその片手にはもりもりと肉が盛られた取り皿がしっかりと抱えられていた。そしてその隣には裕斗もいた。 「詩織……っ!」 「なんだ、齋藤も来てたのか」 「裕斗先輩も……二人が一緒って珍しいですね」 「たまたまビュッフェで会ってね……それより、一人?」 「い、いや、志摩と一緒に来たんだけど……」 まさか逃げてきた、なんて言ったらまた面倒くさくなりそうだ。 ちらりと志摩達がいた方を振り返ればまたなんか揉めているようだ。二人を見つけたらしい裕斗は笑う。 「はは、亮太も新しい友達できたんだな」 「……裕斗君、それ皮肉?」 そんな裕斗と阿佐美のやり取りにどんな反応をすべきか迷っているときだった。 「裕斗さん、そこのざる蕎麦僕の……あれ、齋藤君?」 現れたのは志木村だ。普段制服姿を見ることが殆どだったからか、俺同様カジュアルな私服姿の志木村に一瞬判別つかなかった。名前を呼ぶその柔和なその声に慌てて俺は背筋を伸ばした。 「し、志木村先輩、こんにちは……っ!」 「ああ、メリクリですね。君も立ち食いパーティーにきたんですか」 「クリスマスパーティーな。けど、いいじゃねえか。こういうのは参加するのも楽しいよな」 「確かに、僕らは食って駄弁っているだけでいいんですしね。あとは芳川君たちに任せておけばいいですし。……と、裕斗さん何してるんですか。齋藤君の手が空いているじゃありませんか」 「え、あ……」 「ということで、君にあげますよ。これ。安心してください、グラスの中身はただのシャンメリーですよ」 「あ、あありがとうございます」 つい志木村の有無を言わせぬ態度に気圧され、手渡されるがまま俺はほんのりと黄色みがかかった炭酸が入ったグラスを受け取った。そのまま流れで一口喉へと押し流せば、強すぎず甘すぎない液体が喉を通っていく。「おいしいです」と志木村を見上げれば、志木村は「それはよかった」と微笑むのだ。 「志木村さん、相変わらずだね……それよりゆうき君、プレゼントも用意したの?」 「うん。さっき外で十勝君に渡したよ」 「ふうん……そっか」 そう少しだけ表情を和らげる阿佐美。 どうしたのだろうかと思ってると、裕斗は阿佐美の肩に腕を回す。 「良かったな詩織、齋藤からのプレゼント貰えるかもな」 「ちょっと裕斗君……っ!」 「はは、照れんなよ。丁度言ってたんだよな、もし回ってくるなら誰のプレゼントが欲しいかって」 「そ、そうなんですね」 それで阿佐美が俺のプレゼントが欲しいと言ってくれたということか。赤くなる阿佐美に釣られて頬が熱くなる。 「まあ少なくとも僕は裕斗さんのはもらいたくないですね」 「それは……同意見かな」 「おい、お前ら酷くないか?」 「お、俺は裕斗先輩のプレゼントも少し気になりますけど……」 あまりにも不人気な裕斗が可哀想になり、咄嗟にフォローする。 しかし、当の裕斗はというとなんだかばつが悪そうな顔をするのだ。 「あー……齋藤、気持ちは嬉しいけど、お前にはちょっと渡せないかもな」 「……?」 「ちょっと裕斗君、本当にプレゼントなに入れたの?」 「はは、まあそんなことよりビュッフェ行こうぜビュッフェ。俺の皿空になった」 「早すぎません? ……あ、齋藤君も皿取りに行きます?」 そうこちらを振り返る志木村につられて頷きそうになったところで俺は志摩の存在を思い出す。 「ありがとうございます。けど、一応志摩を待ってるんで」 「あいつ何やってるんだ? 齋藤を一人にさせて」 「志摩はいつもああだよ」 どこか冷めた阿佐美の言葉に怒るわけでもなく、裕斗は「まあそれもそうだな」と納得するように一人頷く。 そして身体をこちらへと向ける裕斗。 「欲しいもんあったら代わりに取り分けてきてやるから言えよな」 「あ、ありがとうございます……」 そうペコペコと頭を下げながら、俺はビュッフェへと向かう裕斗たちを見送ることになった。 それから間もなく、志摩が俺の元へとやってきた。その全身からはありありと不機嫌オーラが滲んでいる。 「ねえ、なんで先に行くの」 「し、志摩……ごめんって」 「いや謝られてないし聞いてないし。……あいつらになんか言われた?」 やはり気付いていたようだ。自分の兄をあいつら呼ばわりする志摩に今更なにも思わないが、やはり気になってはいたらしい。 「普通に話してただけだよ。それより、あいつは――」 「ああ、なんかクラスの奴らが来てからどっか行ったよ。齋藤にしか興味ないの分かりすぎでしょ」 「……」 あいつ、と言ってすぐに壱畝のことだと分かったようだ。辺りを見渡しあいつの姿を探したが見当たらず、志摩の言葉に一先ずほっとした。 ――俺にしか興味がない、というのは冗談でも笑えないが。 「それより、まだ始まらないのかな。人増えてきたからさっさと帰りたいんだけど」 「志摩、別に無理してついてこなくてもよかったのに」 「それ、遠回しに俺に帰れって言ってる?」 「い、言ってないよ。……無理はよくないよって意味だってば」 などと話している間に講堂のステージの照明が切り替わる。どうやらこれから生徒会による挨拶が始まるようだ。 賑わっていた講堂内はしんと水を打ったように静まり返り、その代わりにクリスマスらしいBGMが流れ始める。 「齋藤、バルコニー行こうよ」 「え? 今? 今から会長の挨拶が始まるのに……」 「どうせ当たり障りのないつまらないことしか言わないよ。聞くほどでもないって。なんなら俺がスピーチ内容予想してやってもいいよ」 「ちょ、し、志摩……」 せっかく生徒会の挨拶聞きたかったのに、志摩は強引に人の腕引っ張ってバルコニーへと向かっていくのだ。 バルコニーの外には志摩と同じような考えの人間がちらほらいた。――大人しく長話を聞けないようなタイプの人たちが。 「やあ、齋藤君も外の空気吸いに来たんだ」 「え、縁先輩……と、仁科先輩?」 「……よう」 いつもと変わらない縁と、申し訳程度のサンタ帽を頭に乗せられた仁科がそこにいた。 俺の手を引いていた志摩は二人の姿を見て小さく舌打ちしていたのを俺は聞き逃さなかった。 「仁科先輩、に……似合ってますね」 「別にフォローしなくていいからな。これは、別に俺だって好きでやってるわけじゃねえし」 「とか言って、八木は即外してたぞ。なんだかんだ気に入ってるだろ、奎吾」 「う、ちがいますよ」 あいつ、とこの場にはいない風紀委員長に向かって唸る仁科。 どうやら運営委員である人間はサンタに扮してるようだ。本当に申し訳程度なのがそれらしくて良いと思うのだが、仁科はそうは思っていないらしい。 「方人さんもサンタ帽でも被ってきたらいいんじゃないですか? 好きですよね、そういうの」 「はは、面白いこというな亮太は。それ、お前がやりたいってこと?」 「ち……違いますし」 「でもま、一番見たいのは齋藤君かな〜。齋藤君がサンタしてくれるんだったら俺、トナカイやるから上に乗ってほしいな」 「え……」 「齋藤、この人のいうこと聞かなくてもいいから」 言われなくてもそうしたいところだったが、もう遅い。いきなり距離詰めてきて「どうかな?」とどさくさに紛れて指を絡めてくる縁を引き剥がす志摩と仁科。二人のお陰でなんとか最悪のクリスマスを迎えずに済んだ。 二人に「場所くらい考えたらどうですか」と叱られた縁は「冗談なのに」と肩を竦めていたが、全然冗談には聞こえなかった。 「けどま、たまにはこういうのもいいよね。お遊戯会っぽくてなんだか初心に還るよ」 「方人さんに初心なんてあったんですね」 「あるよそりゃあ、初心な方人君が頭を出してるね」 なんか嫌だな、その表現……。 なんて思っていると、講堂へと繋がるバルコニーの扉が開いて「おい仁科!」と罵声が飛んできた。名前を呼ばれた仁科はびくっとし、頭からサンタ帽を落としそうになってる。 噂をすればなんとやら、そこには数人の風紀委員を引き連れた八木がいた。 「げ、八木……」 「お前いつまでサボってるんだ! 早くこっちにきて手伝え!」 「別にサボってな……わかった、わかったから声のトーン落とせって」 つられて驚いていた俺達を一瞥した八木は「ふん」と鼻を鳴らし、そのまま引っ込んだ。 八木と風紀委員たちが立ち去ったあと、仁科は疲れた顔をして深く溜め息を吐く。 「どうやら早速プレゼント交換の時間みたいだな。……齋藤たちも、そろそろ会場に戻ったらどうだ?」 「あ、ありがとうございます」 「言われなくても最初からそのつもりなのでご安心なく」 志摩はなぜこうも余計な一言が多いのだろうか。志摩の代わりに仁科に頭を下げながら、これ以上志摩が失言をする前に俺は志摩を連れて会場へと戻った。 「また後でホワイトクリスマスしようね〜」とよくわからないことを言ってる縁はさておき。 仁科の言う通り、既に生徒会の挨拶は終わったあとだったらしい。会場の中央には先程まではなかったウエディングケーキのように積み重なったクリスマスケーキが姿を現していた。 もしやと思いその周辺を探してみれば、早速係の役員にケーキを切り取ってもらっている阿佐美の姿を見つけて頬が綻んだ。 「うっわ、チョコ臭いな。……で、プレゼント交換って結局どうしたらいいわけ?」 「ほら、志摩が説明も聞かないから分からないじゃん」 「齋藤は分かっていないね。こういうのはいつどのタイミングで参加してもすぐ分かるような仕組みを用意することで主催側の手腕が問われるんだよ」 本当かなあ……なんて思いながら志摩と話しながら取り敢えず周囲の様子を探ってたときだった。 「メリークリスマス、齋藤君」 「さっきぶりだな。プレゼントを渡しに来たぞ」硬質な靴音とともに聞き慣れた声が聞こえてくる。「会長」と咄嗟に声のする方へと振り返れば、そこにはサンタ帽かぶった芳川会長とトナカイのような謎のカチューシャを頭に装着した灘がいた。 「と、なだ……君?」 「はい、なんでしょうか」 「い、いや……似合ってるね、それ」 仁科から運営委員はクリスマスに因んだ申し訳程度のクリスマス要素を身に着けてると聞いてはいたが、これは少し予想外だった。 おまけに芳川会長も灘も全く恥じた様子はなく、なぜか俺の方が言葉を選んでる始末だ。 実際に、「どうも」と真顔で頭を下げてくる灘は一周回って元から付いていたように思えてきたし。 「なんだ、灘にだけか?」 「え、あ、か、会長もよくお似合いです……っ!」 「はは、冗談だ。……しかしありがとう。これで少しは報われたな」 やはり会長も思うところはあったのか、と思っていると、芳川会長は「灘」と小さく隣のトナカイに耳打ちをした。 そしてトナカイもとい灘は「はい」と小さく頷き、側に置いていたカートを俺達の前まで運んでくる。中には会場の入り口で回収されたらしきたくさんのプレゼントたちが眠っていた。 「ではお好きなものをお選びください」 「トナカイが渡すんですね」 「公平性はあった方がいいだろうからな。俺が選べば、つい自分のものを君に渡したくなってしまう」 そうさらりと口にする会長。その言葉の意味を理解し、時間差で顔がじんわりと熱くなる。 「会長のプレゼント……き、気になります」 「安心しろ。無論、君には別に用意してある」 「後で時間いいか?」と小さく耳打ちをされ、ぎくりとした。強請ったつもりではなかったのだが予想してなかった。 とはいえど一応表向き恋人という設定を保つためなのだろう。だとしても正直とても嬉しいし、今更照れてきた。 「あ、は、は――」 「すみませんけど、齋藤はこのあと俺と過ごすことになってますので」 はい、と頷き返そうとした矢先。俺と芳川会長の間ににゅっと割って入ってくる笑顔の志摩に凍りついた。 「そうなのか?」とこちらを見る芳川会長。確かにそんな話はしていたが、それはあくまでも志摩が俺の返事も聞かずに一方的に取り付けてきた約束だ。 「い、いえ……もご……っ!」 「齋藤、さっき約束したでしょ?」 ――強引すぎる。 俺の口を手で塞いでくる志摩。口元には笑みが浮かんでいるものの、その目は一ミリたりとも笑ってはいない。 こうなったときの志摩は何を言っても聞かないだろう。観念して渋々頷けば志摩は満足したらしい、ぱっと俺から手を離す。そして「最初からそう言いなよ、齋藤」と脇腹をつついてくるのだ。痛い。 「ふむ、なら仕方ない。……帰る前にまた俺のとこに来てくれ」 「すみません、会長……」 「構わない。それよりプレゼントは決まったか?」 会長の問いにハッとした。そうだ、のんびりとお話している場合ではなかった。会長たちにはまだ仕事があるのだ。 ここはもう適当に選ぼう。あの血のように真っ赤なプレゼントは後回しにして。 「あ、じゃあ俺はこの……」 と、カートの上の方に転がっていた掌サイズのプレゼントを拾い上げようとした横からにゅっと志摩の手が伸びてきた。そしてちゃっかり自分のプレゼントを握らせてくる志摩。 「し、志摩、公平性の話をいま聞いたばかりだよね……?!」 「ん?」 「ん? じゃないよ……っ!」 「仕方ないですね。齋藤君、君にはこれを渡します」 なんて言い合いしていると、空気を読んだ灘が適当にプレゼントを掴みあげる。やや大きめの袋に入ったプレゼントだ。 「おい、余計なことするなよ」 「志摩亮太、君にはこれを」 「……ねえこれ齋藤のじゃないんだけど?」 「見たところ俺のはもうなかったよ」 「仕方ないな。じゃあどれでもいいよ」 灘から押し付けられた手頃なサイズのプレゼントを手にした志摩は、がっかり感を隠すわけでもなくおまけにでかい溜め息を着きながらそれをポケットに突っ込んだ。 「すみません会長、灘君。志摩が失礼な真似を……」 「齋藤は俺の母親なの?」 「正直なのは結構だ。気持ちは分からんでもないしな」 「会長、立ち話はこの辺で」 「……おっと、次が詰まってるんだったな。それじゃあ、俺達はこれで失礼する」 「このあとはフリータイムだ、好きに過ごすといい」と小さく微笑んだ芳川会長はそのまま俺たちの前から立ち去る。続けてカートを推しながら会長の後を追いかける灘。二人を見送りながら「ありがとうございました」と改めて頭をさげれば、ちらりとこちらを見た灘は小さく会釈だけ変えてしてくれだ。 会長たちが移動した先で野太い黄色い声援が飛び交うのが聞こえてきた。 ……大変だな、二人も。 そんなことを他人事のように考えながらも、俺はしっかりと交換したプレゼントを抱きかかえた。 芳川会長たちが立ち去った後も各所ではプレゼント交換が行われているようだ。わいわいと賑わう会場、各所からは楽しげな声または悲鳴のような声が聞こえてくる。 ……悲鳴? 「うわ! 誰だよ、ホラー映画のBlu-ray限定ボックス特典フィギュア付突っ込んだやつは!!」 「僕です。ああ、先輩のところに行ったんですね」 「お前殺されてえの?」 「ま、方人さん落ち着いてください! 俺のトマト栽培キットと交換しましょう! ……おい志木村、お前も煽ってんじゃねえよ……っ!」 ぎゃあぎゃあと騒がしい声が聞こえてきたと思えば、どうやら縁と志木村がプレゼントの中身で揉めている、というよりも縁がキレているようだ。今にも取っ組み合いになりそうな気配すらあった。 そしてそんな二人に挟まれながら必死に仲裁に入っている仁科は潰れたまんじゅう状態である。 大変そうだな、と見ていると「あんなもの見なくていいから」と志摩に目を覆い隠される。 「わ、ちょ……志摩……っ」 「それより、もう用は済んだよね。いつまでもこんなところにいる必要はないでしょ」 暗にさっさと帰ろう、と言いたいようだ。全然包み隠せてすらいないが。 そのままするりと肩へと回された手に息を飲む。やや指が鎖骨辺りにめり込んで痛い。 「志摩、別に無理して俺に付き合う必要も……い゛……っ!」 「え? 齋藤まさか今俺に一人で帰ってろって言った? ……まさか、齋藤に限ってそんなこと言うわけないよね」 「言ってない、言ってない……っ!」 少なくとも、そこまでは。 「だよね、心優しい齋藤がまさかそんな酷いこと言うわけないよね。吃驚したじゃん」 「……俺も吃驚したよ」 「何か言った?」 「い、言ってない……」 これ以上志摩のフラストレーションを溜めてしまえば今度こそ肩がぶっ壊れ兼ねない。だからといってこのせっかくの空気をしっかりと味わえていないまま帰宅するのもなんだか味気ないというか、勿体ないというか……。 ここは、なんとか志摩をうまいこと誘導するしかないようだ。 「取り敢えず、どっか座れるところ移動する? ……せっかくプレゼントも来たんだし、中身見てみようよ」 「俺の部屋はどう? どうせ十勝のやつ、今日はこれ終わった後女のところに行くだろうし」 「そ、そうなの……?」 流石十勝君だな、と思わず流されそうになりハッとした。 そういう問題ではないのだ、それもそれで別の問題はあるのかもしれないが。 「志摩、そんなに帰りたいの?」 「そうだよ、もしかして気付いてなかった?」 「……気付いていたよ。けど、それはそれとして割り切って、志摩も俺とこの空気を楽しんでくれてるのかと思ってた」 これならどうだ、と半ばヤケクソになりながら志摩に告げる。そのままちら、と志摩の反応を窺おうとすれば志摩が物凄い顔でこっちを見ていた。 「な、ど……どうしたの?」 「齋藤、そうやって共感しつつも自分の意見を押し付ければ俺が喜んで言うこと聞くとでも思ってるでしょ」 「お、思って……はないよ」 もしかしたら、と淡い期待がミリもないと言えば嘘にはなるが。 じとりとこちらを見下ろしてくる志摩の視線から必死に顔を逸らしたが、志摩が俺の正面 に回り込んできて逃れることはできなかった。 「わ、分かった。じゃあ、もうちょっとだけゆっくりしてから、それから帰ろう」 「『もうちょっとだけ』とか『ゆっくりして』とか随分と曖昧な言葉使ってくれるね、齋藤。俺がそういうの嫌いだって知ってるよね」 「な……なら、俺がプレート一皿分食べ終わったら」 「思い付いたみたいな顔してるところ悪いけど、曖昧さで言えばもっと悪化してるからね。それとそんな例挙げるくらいならせめてそのプレートの料理内容まで言いなよ」 俺のこと煽ってる?と何故だか先ほどよりも更に機嫌が悪化している志摩にチクチクと追い詰められてしまえば、もう俺に言い返すことなど出来なかった。 呻くことしかできなくなる俺に、「それで?」と志摩は更に問い詰めてくるのだ。これ以上まだなにかあるのか。 「……え?」 「え? じゃないでしょ。……で、なにが食べたいの?」 「選ぶんだったら早く選びなよ」と、やや声が小さくなる志摩。そこで俺は志摩が言わんとしていたことに気付いた。 「え、いいの?」 「後から拗ねられても面倒だからね。……言っておくけど、ちゃんと自分が食べられる量選びなよ」 「う、うん。……分かった」 何故志摩の許可を得なければならないのか分からなかったが、まあ志摩も許してくれたのならばよかった。 俺は早速会場中央のバイキングエリアへ向かい、せっせとプレートに食べ損ねていた気になった料理やデザートを乗せていく。 時折、様子見にきた志摩に背後から「本当にそれ全部齋藤食べられるの?」やら「ねえ糖質多すぎだし、カロリー計算ちゃんとしてる?」やら耳元でねちねち言われながらもなんとかプレートを完成させることが出来た。 「よし……」 「齋藤、あそこのテーブル丁度空いたみたいだよ」 肝心の食べる場所を探していたときだ、ちょいちょいと引っ張ってくる志摩が指差す方へと目を向ければ、志摩の言うとおりいい感じに二人で座れそうなテーブルがあるではないか。 なんといいタイミングだろう。他の人に取られる前にテーブルへと向かう。 「志摩、こっち……っ!」 「分かってるよ。それより齋藤、危ないから足元気をつけなよ。また転ぶよ」 そんなに転ばないよ、と言いかけた矢先に躓きそうになったので、俺はまず料理の乗ったプレートたちを避難させることを優先させた。 二人が向かい合うような形で座れるテーブルに腰をかける。「これなら少しはゆっくりできそうだね」と志摩も向かい側のテーブルに腰をかけた。 「志摩は料理はいいの?」 「俺は別にお腹減ってないからいいよ」 「……そっか」 「ほら、料理冷めるよ」 「わ、分かったよ」 志摩に急かされるように料理を食べる。俺の想像ではもう少しこのクリスマスの空気を味わいながら舌鼓を打つはずだったのに、何故俺は志摩に見守れながら急かされているのだろうか。と思いながらも俺は黙々と料理を食べる。 そんなときだ、メインステージからかけ離れたテーブル席に足音が近付いてきた。 「なんだぁ? 全然見かけねえと思ったら、こんな隅っこでちまちま飯食ってたのか」 そして、聞こえてきた声に食べかけのパスタ麺が突っかかりそうになった。目の前の志摩は、声の主を見て露骨に舌打ちをする。 「おい亮太、なんだその挨拶は」 「……なんすか、見ての通り今取り込み中なんですけど俺達」 「はは、取り込み中な。ハムスターの餌やりでもしてんのか」 ハムスターってなんだ、と思ったがもしかしなくても俺のことを言ってるのか。 噎せた拍子に器官に引っかかる料理を予め用意していた水で流し込む。そして恐る恐る顔を上げた。 そこには阿賀松伊織が立ってるではないか。そして、その後ろには珍しく大人しい安久もいる。 「あ、阿賀松先輩……」 「ユウキ君、プレゼントはもらったか?」 「は、はい……えと、その……」 「へえ、どれ?」 なんで阿賀松が俺のプレゼントに興味を示しているのだろうか。ただ恐怖でしかない。 が、ここでちゃんと返せなかったら後が怖い。俺は「これです」と恐る恐る小包を手にした。 「なんだ、まだ中身空けてねえのか」 「まさか、先輩であろう方が後輩のプレゼントの中身乞食しにきたんですか?」 「ああ? まだいたのか亮太、帰っていいぞ」 買い言葉に売り言葉……ですらない。志摩のチクチク言葉もまるで阿賀松は効いていないようだ、逆に阿賀松にあしらわれてムッとしてる志摩を宥めつつ、「これから志摩と中身を見ようと思ってたんです」と阿賀松に答えれば、「ああ、そういうことか」とさして興味なさそうに阿賀松は頷いた。 「それより、その……なにか……?」 「ちょっと安久ちゃんがプレゼントの中身間違えたらしくてよ、回収ついでにユウキ君の様子を見に来たんだよ」 「……間違えた?」 ついでに様子見に来ないでくれ、ということはさておき。阿賀松の言葉につられてやつの背後に居た安久へと目を向ければ、ややしゅんとした安久がこちらを睨んでるではないか。 先程からやけにおとなしいと思えばそれが原因らしい。寧ろ、いつもそのままでいてくれても全然いいのだが……。 「おい、安久」と阿賀松に説明を促された安久は、びくりと肩を震わせる。そして泣いたあとらしい、やや目を赤くした安久はぼそぼそと口を開いた。 「……ぼ、僕の……伊織さんの直筆サイン入りの伊織さんチェキが、十勝の馬鹿のせいで……」 「つまりゴミが混入してるってこと?」 「ゴミじゃない、お前の感性は相変わらず腐ってるらしいな! 志摩亮太!」 「し、志摩……」 せっかく大人しいと思えば早速志摩に炊きつけられていた。 そして志摩も阿賀松本人の目の前でやめてくれ。せめていないところでボロカス言ってくれ。あと俺のいないところで。 「紙切れには違いねえけどな。……ったく、あんなもんどうすんだ?」 「紙切れではないです、伊織さん! 生徒手帳ケースに入れて悲しいときに見守るつもりだったんです……それなのに、あの馬鹿十勝が馬鹿顔して馬鹿みたいに浮かれた帽子を被りながら絡んできたせいでプレゼントケースの中に落としてしまって……」 頻出単語はさておき、なんだか大体状況は掴めてきた。おまけに今回のクリスマスパーティーは完全生徒会手動だ、問題児の中の問題児である安久の言葉はまともに取り合ってもらえなかったのだろう。しょげている安久を見たら可哀想な気もしないでもないが、阿賀松の直筆サイン入りチェキなんてものを引き当ててしまった人の恐怖を考えたらそれもそれで恐ろしい。 「っつーわけで、一応中見てくんねえか。ってことらしい。ま、欲しけりゃやるけど」 「だ、駄目です伊織さん! あれは僕の……っ!」 「あー、分かった分かった。ほら、メロンソーダ飲んで落ち着け」 「んぐぐ……っ!」 そして安久は食い物で黙らされていた。 なるほど、普段の理不尽な言いがかりとは違うまだ真っ当な要求ではある。俺は志摩とアイコンタクトを送りあった。 面倒くさそうな志摩だが、ここで従わないことの方がより面倒臭いことになりかねないと判断したようだ。「ほら、じゃあ好きに見なよ」と志摩は投げやりにテーブルの上にプレゼントを置いた。 流石に投げやりすぎだろ、と思いながらも、俺は一応自分で先に袋の中身を確認しようとした……矢先、丁度二重になった袋の口の部分になにかが挟まっていることに気付いた。 「……あ、」 「あ……? おい、今『あっ』て言ったか齋藤佑樹?!」 「わ、び、びっくりした……待って、今確認するから……」 どうか呪物ではありませんようにと祈りながらぺらりと捲れば、そこには謎にカメラ目線で映った阿賀松がいるではないか。そして直筆サインというか無駄に綺麗な筆跡の著名入りで。 「わ…………」 「あった、それだ!!」 水を得た魚の如くのしかかってきた安久に手の中の阿賀松チェキを奪われたが、なかなか忘れがたいものだった。なんだあれ。そして志摩もぎりぎり阿賀松チェキを見てしまったらしい、微妙な顔をしている。 まあ、気持ちは分かる。 「……ねえ、安久」 「ああ? あげないからな!」 「いらないよ。それより、それどこのカメラ?」 引っかかってたのそこなんだ。 「おー、見つかったんなら良かったじゃねえかよ。ユウキ君にお礼言っておけよ」 「んぎ……っ、ま、まあ……感謝してやらなくもないけど……?」 今にも舌を噛み切りそうな顔でお礼を言わされる安久。というかこれはお礼なのか、「ど、どういたしまして」と一応お礼だけ言うが、それにしてもなんなのだ。殊勝な安久の方が不気味なのでこれくらいで丁度いいかもしれないが。 ◆ ◆ ◆ とまあ、色々ありながらもなんとか阿賀松を回避できた俺は無事プレートを平らげることに成功した。プレゼントの中身は見損ねたが、これ以上阿賀松にまた絡まれる危険性が出てくるのならば志摩の言うとおり帰った方がいいと思えたのだ。 「今更理解したの?」と志摩の目がうるさいが、まあいい。 未だ賑わう会場を後にし、俺は志摩に引っ張られるがまま学生寮へと戻ってくる。窓の外では雪が降ってるようだ。「通りで寒いわけだ」と志摩は小さく口にした。 「結局、プレゼント何が入ってるんだろ。……志摩は開けないの?」 「開けるよ。処分するにしても分別しなきゃいけないからね」 「しょ……」 処分前提なのか、と思いながらも、志摩の部屋へと招かれるがまま俺は足を踏み入れる。 相変わらずカーテンで仕切られた部屋の中、なんだか以前来たときよりもパーテーションが増えて仕切りが強固になってる気がするが、敢えて触れないでおこう。 志摩のスペースへと踏み入れ、俺はそのまま卓袱台の前によいしょと腰を下ろす。 ……なんだか落ち着く。志摩の部屋なのに。 どうやら俺は慣れないイベント行事で肩肘を張っていたのだと気付いた。 着ていたジャケットを脱いでハンガーに掛けた志摩は、そのまま冷蔵庫の方へと歩いていく。 「それより、ほら、……これ」 「ん?」 「……一応、こんなのも用意してたんだけど、齋藤のお腹もう無理だよね」 言いながら、冷蔵庫から何かを取り出してきた志摩に驚いた。志摩の手にはケーキの箱があった。 「え、これって」 「……誰かさんが最後の最後で食い意地張るから本当ヒヤッとしたよ」 「……志摩が作ったの?」 「だったら何か問題ある?」 なくはないが、それよりも目の前で開けられたケーキの箱の中に目を奪われた。 海外のケーキのような中々派手なクリスマス配色のケーキだが、正直、その完成度は素直に感心した。 「すごい……」 「お腹入りそう」 「は……入る、食べるよ」 「無理しなくていいよ。別に。俺は齋藤を丸くしたいわけじゃないし」 「でも、悪くなるんじゃ……」 「一日くらいは保つでしょ。今日はこのまま泊まって、明日食べたらいいよ」 さらっと俺が泊まること前提になってるが、ここまできたときからこの流れは予想ついていたのでまあいいだろう。お披露目されたケーキは再び志摩によって箱の中に仕舞われていく。 「……ってなわけで、齋藤からのプレゼントは?」 「……え?」 「え? じゃないよ、今の流れ分かってなかった? 俺からのプレゼント見せたんだから、齋藤からのプレゼントもくれなきゃフェアじゃないでしょ」 「ま、まだ用意してないよ……」 「そんなこと分かってるよ。だけど、別に用意しなくても渡せるものくらいはあるでしょ」 ケーキを一度冷蔵庫に入れてきた志摩は、今度は俺の隣にそのまま腰をおろしてきた。近い。 ずい、と迫ってきては「ん」と顔を寄せてくる志摩に俺はつられて後退る。 「ちょっと、なに逃げてんの?」 「ご、ごめん……つい」 「ついって何」 「わかった、わかったから……えーと、……」 志摩が何を強請って、何を欲しがってるのか。最初は分からなかったが、今となっては手に取るように理解できるようになってる自分に苦笑しか出ない。 そのまま志摩の肩にそっと手を置く、改めて向かい合うような体勢がなんだか恥ずかしい。そして、躊躇することなくこちらを見つめてくる志摩の目が。 「……志摩、目閉じてよ」 「なんで?」 「……っ、う……わかったよ」 早くしなよ、と促してくるようにどさくさに紛れて腰に回された手に背中を撫でられる。ぞわぞわと背筋が震えそうになるのをぐっと堪え、俺はそのまま押し付けるように志摩の唇にキスをした。 「あの……これで、いい?」 「まあ、ケーキ一切れかな」 「え、」 それは高いのか安いのか。戸惑ってると、今度は志摩の方から唇を重ねてくる。 「……っ、ん、ぅ……っ」 ちゅ、と小さく音を立てたと思えば、唇を離した志摩は「ニンニク臭すぎ」と眉を寄せた。どうやら最後の最後に食べたプレートの内容がまずかったようだ。 「ご、ごめん……」 「クリスマスなんだし、こうなること予想してほしかったんだけど? ……まあ、最初から準備良すぎる齋藤も嫌だけどさ」 「……っ、ん、し、志摩……」 志摩にそのまま抱き寄せられれば、体勢を保てずそのまま胡座を掻いた志摩の膝の上に座らせられるのだ。志摩と向かい合うような体勢といい、くっつくような体の位置になんだか下半身が落ち着かない。 それに、普段と違った志摩の服装もあるからかもしれない。普段だけなら寂しさが増すだけの祭りの後の余韻が心地よく感じた。 「今日は今日だったし、明日はちゃんと俺達二人だけのクリスマスをしようね。齋藤」 「……そうだね」 「本当に思ってる?」 「お、思ってるよ」 「へえ」と白い目でこちらをじろじろと見つめてくる志摩だが、やがて諦めたようだ。まあいいけど、と志摩は俺の額にキスをした。 そのあと、俺のプレゼントの中に入っていた入浴剤セットを早速使って志摩と風呂に入ることになる。因みに志摩のプレゼントの中身はやけに可愛らしい絆創膏だった。志摩曰く「……まあ、処分せずに残してやってもいいかな。齋藤が怪我したときのためにとっておくよ」とのこと。 それが消費される世界がこないことを祈るしかない。 おしまい