天国地獄人狼『豪華客船七日間の旅』第十五話【人狼パート5】
Added 2022-12-18 14:11:20 +0000 UTCとうとうやってきた、この時間が。 椅子に座る人間の数も減り、最初はあれほど多く感じていた椅子も座る者がいなくなった今は余計物寂しさを感じさせるばかりだった。 今夜の流れは予め阿佐美と打ち合わせしていた通りだ。 今回の会議では阿佐美に投票し、そして襲撃先は八木。……だから、今夜はそんなに気負う必要はない。 ――そう思っていたのに、全てはあの気まぐれな赤い髪の男のせいだ。 直前に言われた言葉が頭がぐるぐると回り、調子を狂わされそうになる。 「それで、何か言いたいことはないのか?」 阿佐美、と八木は阿佐美に向かって静かに問いかける。 恐らく、この場にいる全員が阿佐美に注目していた。阿佐美の言葉をただ待っていた。けれど、対する阿佐美はなにも言わない。ただじっと前を見据えるのだ。 「阿佐美、お前都合悪くなったらだんまりなのかよ」 「……確かに、昨夜の襲撃からして十勝君は嘘吐きだった。そして、今度こそ八木先輩が本当に狼憑きだってことが証明されたんだ」 「ああ、そうだな。俺を騙り扱いしていたお前らが黒だってこともだ」 八木の言葉にぴくりと阿佐美が反応した。そして何か言いたそうにしていたところ、割って入ってきたのは志木村だった。 ぱん、と手を叩いた志木村は「まあまあ、そんなに結論を急く必要はないじゃないですか」と微笑む。 「えーと、なんでしたっけ。二回目の時に自称理毒者の亮太君が壱畝君を道連れにして、三回目も自称理毒者の裕斗さんが連理君を道連れ……で、今度は襲撃された芳川君が十勝君を道連れですか。理毒者大人気ですねえ」 「ま、待てよ……確か道連れできる役職ってそんなに多くなかったよな」 「そうですよ、五味君。理毒者、ハンター……そして特殊例ではありますが、狐が死亡したときに狐陣営の背信者も道連れになります」 そう口にする志木村はこの場の空気すら楽しんでいるように見えた。 「じゃあもう決まりじゃないかよ、お前が人狼なんだろ? 阿佐美詩織!」 と、思いきやここにもなんだかんだ楽しんでそうな男がいるではないか。 ずびし、と阿佐美に右手の人差し指を突き付ける安久に、阿佐美は「指さすのやめて」と冷静に返すのだ。そして大人しく腕を下ろす安久。 そんなやり取りを見ていた五味は、ごほんとわざとらしく咳払いをする。そして、「あー、ちょっといいか」と遠慮気味に手を挙げる。どうぞ、と応える志木村に小さく頷き返した五味は背筋を少しだけ伸ばした。 「今晩はそいつを吊るすとして、今の志木村の話からするともうこの中に狐はいねえってことだ。……灘も十勝もいねえってことは、残ってる人狼は阿佐美詩織を含めて二匹だろ」 「残りの時間はそっちに割いた方がいい」内心ぎくりとしそうになるのを押し殺す。そして、俺は考えるよりも先に手を挙げた。 「俺も……五味先輩の言う通りだと思います」 「齋藤」 「村人の中でも白確定してるのは共有者の栫井と狼憑きの八木先輩の二人……残ってる人狼を一人に絞れたとしても今晩の襲撃で一人は確実にいなくなるとしたら……」 「早々にもう一人の狼を消す必要があるな」 俺の代わりに答えたのは八木だった。腕を組んだ八木に、俺は小さく頷き返した。 「いまのところグレーは俺、安久、それから五味先輩と志木村先輩の四人です。明日には五人に減るとしても、明後日には三人になるのは……少しまずいと思います」 「そうですね。それに、僕が人狼だとしたら間違いなく白確定した二人を噛んで村人たちを疑心暗鬼にさせると思いますし」 そう口を挟んでくる志木村に、「例え話にしてはやけに物騒だな」と呆れ顔の五味。そんな五味に対し、志木村は「例え話でも具体性は大切でしょう」と微笑むのだ。 この流れになった今、白の印象付けするにはこの場にいる誰よりも早く反応しなければならなかった。 そして、それが功をなしたのか怪しまれずに会話に混ざれている事実にほっとする。 「僕たち四人の中から人狼を探し出せばいいんでしょ? それならもう分かり切ってるじゃないか」 なんて、一息ついた矢先のことだった。 ずびし!と勢いよく突きつけられる安久の指先にぎょっとする。 「僕は齋藤佑樹に一票だね」 「お……俺か」 疑われる覚悟もしていたが、いざこうぐいぐいこられると狼狽えざるを得ない。恐らくこれは人狼だろうが村人だろうが変わらないだろう。 戸惑う俺の代わりに、志木村は「その根拠と理由は?」と静かに尋ねた。すると、ふふんと鼻を鳴らす安久。 「気に入らないから」 「そ、そんな……」 「ま、村人の場合、証明しようがないから仕方ないでしょうけど。……けれど、今のはいいですね、せっかくですしこのまま四人順番にアピールしてもらいましょうか?」 そう、思い付いたように提案してくる志木村に、「アピール?」と俺達の声がきれいに重なった。そんな俺達に少しだけ笑って、志木村は「ええ、そうです」と控えめに頷くのだ。 「時間も無限ではありませんし、それぞれ村人アピールと……今の御手洗君のように怪しいと思う方の名前、その理由を簡潔に述べていただきましょう。その後、全員分の話を聞いた白確定の二人に明日の吊る人間を決めてもらう、というのはどうですか?」 「村人アピールって、そんなこと急に言われてもな」 うーんと腕を組み、唸る五味に「そんなに深く考えなくてもいいですよ、どうしても言いたいことがある方はご自由にどうぞって感じで」と志木村は付け足す。 「やるなら急いだほうがいいんじゃねえのか?」 「そこまで急く必要はないですよ。もし時間切れになっても今夜の吊るす相手は決まってるんですし、明日にまた持ち越せばいいでしょうし」 そうひらりと手を振る志木村。そんな志木村の視線は確かに阿佐美へと向けられていた。対する阿佐美はここまでずっと静観に回っている。 諦めた、というよりもこの場全体を見ているようにすら見えるが、やはりその胸の内までは分からない。 ――この流れは……どうなんだ。 村人視点からしては悪くはない展開だろう。けれど、人狼からしてみれば些細なぼろでも出してしまえばおしまいだ。 ――どちらにせよ、避けることはできないのだろうが。 「ということで、異論ある人いたらどうぞ」 「お前に任せる、志木村」 「本当は白確の二人にこの場を回してもらいたかったんですけどねぇ……まあいいでしょう、言い出しっぺの僕からやらせてもらいましょう」 言いながらも満更でもなさそうな志木村。 やはり、元生徒会の人間というだけあって纏め役にも慣れているようだ。この場の人間の視線を集めながらも、志木村は「そうですねぇ」とほんの少し考える素振りを見せる。 そして、 「僕は村人です。そんで明日吊る人間ですが、僕は五味君がいいと思います」 「……って、あ?! 俺かよ……!」 「齋藤君の発言は白よりなんですけど、初日の票ずらしとかちょこちょこ怪しい動きもあったので気になってはいますので、五味君処刑したあと次の日はそのまま齋藤君吊っていいと思ってます」 「僕からは以上です」と、志木村は頭を下げる。 志木村があまりにもつらつらと言葉を並べるお陰で、反論することも忘れて、俺はただ固唾を飲む。 そんな俺同様、吊るす人間として名前を挙げられた五味は「さらっと色々言っていきやがったな」と冷や汗を滲ませる。 「ま、待てよ! 僕は……」 「メタ推理になってしまうんですが、御手洗君は見たところ嘘を吐くのが苦手そうなので僕の中では村人ですね」 「そ、それは貶してんのか……?!」 「そんなまさか、……褒めているんですよ」 まさか安久のやつ、自分が名前出ていないことに焦ったのか。 おかしそうに笑う志木村に、敵ながらも同じ気持ちになってしまう。安久ほどわかりやすいやつもなかなかいないだろう。 「それで、次に言いたいことがある人はいますかぁ?」 そう、ややざわついたレストラン内に志木村の声が響いたとき、俺は咄嗟に手を挙げた。 「またお前か、齋藤佑樹!」と吠える安久の横、こちらに目を向けた志木村は「ではどうぞ」と微笑む。他の皆の視線が痛い。 やはり、人目に晒されるこの感覚には慣れそうにない。 「俺は……村人です。それから、この中で怪しい人は――志木村先輩が怪しいと思います」 そう口にした時、再びレストラン内の空気がざわつき始めるのを俺は肌で感じた。 名指された張本人である志木村はというと、その様子に変わりはない。先程までと同じように、微笑を携えたままこちらを見ていた。 「根拠を伺っても?」 「俺のことを吊るそうとするのはまだわかります。……俺も、前に吊ってくださいと言った身なので。ですけど、その……なんというか、そこで安久を白確定扱いして五味先輩を吊ろうとするのがよくわからなくて」 「なるほど、それは僕が人狼臭い、ということですか」 「すみません……上手く説明できないんですけど、このまま志木村先輩の意見に流されてしまいそうな空気になってるのも気になるんです」 「なるほど、動機としてはややふわふわしていますが直感というのも大事な要素には違いないですからね」 なるほどなるほど、と頷いていた志木村は微笑んだ。 「……ですが、仕掛けすぎましたね。齋藤君」 そして、志木村の目が開いたのとそれがやってきたのはほぼ同時だった。 「そこまでだ」と、議長席から頬杖ついてこちらを眺めていた阿賀松は立ち上がる。 「盛り上がってる最中悪いが、時間だ。投票に移るぞ」 とうとうこの時がやってきてしまったのか……。 心の中で阿佐美がいつかこの状況を打開し、ひっくり返してくれないかと待っていただけに時間切れの知らせがやけに重く胸に沈んでいく。 そして、始まった投票タイム。俺はあらかじめ阿佐美に言われた通り阿佐美に投票した。 暫くもしないうちに投票結果は開示される。そして、結果は満場一致の阿佐美だった。 「それで? 詩織ちゃん、遺言どーぞ」 阿佐美の元までやってきた阿賀松はそのまま阿佐美の座る椅子の背もたれに手を掛ける。覗き込むように楽しそうにインタビューする阿賀松とは対照的に、あくまで阿佐美の態度は淡々としたものだった。 「……特にないかな」 「いいのか?」 「うん。……この調子だったら、もう俺が心配する必要ないだろうし」 そう阿佐美は立ち上がる。そして、 「それじゃあ……頑張ってね」 俺達から背中を向けた阿佐美はそのままレストランの出入り口までのそりと歩いていくのだ。 最後の言葉、あれは恐らく俺に向けたものなのだろう。けれどその前、阿佐美が口にした言葉が胸に引っ掛かっていた。 阿佐美が心配する必要はなくなった?状況は最悪のまま変わっていない。だって、阿佐美もいなくなってしまって、ここにいる皆も人狼は一人だと知ってる現状だ。 ならば何故あんなことをわざわざ言い残したのか、と考えたときだった。一抹の可能性が俺の中で浮上する。 阿佐美のあの言葉は、他の村人たちに聞かせるものだったのだ。人狼はまだ有利だと。 そして、俺達が今まで思い込んでいたその認識を変えればそれは可能になる。 ――もし、十勝が人狼ではないとしたら。 ――最後に殺された芳川が狐の可能性、十勝が背信者だとしたら、生存狼が二匹ということになる。 ……それを利用して攪乱しろということか、詩織。 阿佐美がいなくなり、騒然とした空気が残る中、最後の最後まで時間稼ぎをして、敢えて最後の最後に爆弾を放り込んでくる阿佐美に俺は思わず口元が緩みそうになるのを必死にこらえた。 ――ありがとう詩織、俺、頑張るよ。 続く