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田原摩耶
田原摩耶

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芸術の秋と志摩と齋藤【↑100/4,600文字/志摩×齋藤/ほのぼの】

 この学園では、秋になると芸術の秋に託けてスケッチ大会というものが行われるようだ。  全学年全体で行われる学校行事であり、その日一日学園全体では至るところにそれぞれ筆を走らせる生徒たちがいた。  ――そして、俺も例外ではない。 「ねえ、齋藤ちゃんと描いてる?」 「うん……あっ、待って動かないで……っ!」 「そんなに?……まあいいけど、俺の方もしっかり描けてるよ。これは過去最高傑作になるかもしれないね」  なんて言いながら、俺と志摩は教室に残ってお互いの似顔絵を描くことになっていた。  正直な話、俺は美術は得意ではない。なのに何故よりによって難易度の高い似顔絵なんて描いているのかと聞かれれば、志摩が言い出したからだ。  志摩は自信たっぷりらしいが、俺はというと鉛筆から筆へ握り変えることもできずにただよく分からない黒い物体を生み出すことしかできていない。人の顔にすら見えず、こんなの見せてしまったら志摩に燃やされると戦々恐々鉛筆と消しゴムを駆使してなんとかそれらしいものを作ろうと励んでいた。 「それにしても、皆外にスケッチしに行っちゃったね。俺と齋藤しかいないよ」 「そりゃ……せっかく外にも行けるんだし、皆景色とか風景の方が描きたいんだよ」 「ふーん。ま、俺としては煩い外野がいないのは願ったり叶ったりだけど」  まさかそれだけのために相互似顔絵を提案したのではないだろうか。あり得る。 「へえ、齋藤って鎖骨のところにホクロあるんだ」 「え、そ……そこまで描いてるの?」 「似顔絵なんだから当たり前でしょ。てか、寧ろそこ描かなくてなに描くつもりだったの」  志摩の視線が突き刺さる。  スケッチのためだとはいえ、やはり見られることは耐え難いものがある。なんだか恥ずかしくなって襟を正せば、「ちょっと、何モデルが勝手なことしてんの?」と志摩に怒られる。 「だ、だって……ここまで描く必要はないって、顔だけで……あっ、ちょっと志摩……」 「俺は忠実に再現したいの。ほら、ちゃんと開けて」 「ちょっ、開きすぎだって……絶対ここまで開いてなかったよ……っ!」  どさくさに紛れて制服のシャツのボタンを開けられる。明らかに前が涼しくなり、なんだかいたたまれなくなりながらも「そのままじっとしてるんだよ」と志摩に言われてしまえばもうなにもできない。 「志摩……」 「なにその目。俺のホクロの位置も確かめたいなら脱いでもいいけど?」 「い、いや……それはいいけど……」 「よくないよ、なんで俺には全然興味ないわけ?」 「ち、違うって……まだそこの段階まで行ってないから……」  勝手に不機嫌になり始める志摩に慌てて弁明すれば、「本当?」と志摩はこちらのスケッチブックを覗き込んでくる。慌てて隠そうとするが、間に合わなかった。俺のスケッチブックを見た志摩の表情からみるみるうちに笑顔が消えていく。 「……えーと、これ……齋藤にはもしかして俺がこう見えてるってこと?」 「ち、違うよ。その……まだ試作の段階だから……」 「……そうだよね。驚いた。もしこれを『志摩だよ』って差し出されたら流石の俺も精神科医に連れて行こうか迷ったよ」 「う……」  ひ、酷い……。  自分でも上手くはないとわかってるけども、あの志摩が言葉を選ぶ自体なかなか傷付くものがある。  ビックリしたと言いながら自分の席へと戻る志摩。俺は早くこの忌々しい時間が終わらないかと思いながらもまた暫く無言で鉛筆を走らせた。  ◆ ◆ ◆  どれほどの時間が経過しただろう。  一時間も経っていないはずだが、俺にとっては既に体感半日くらい経ってるような気になっていた。  完成形が浮かばない。そもそも何故俺は必死に志摩の顔を見詰めてるのか。もういいんじゃないか。  そんなマイナスの言葉が浮かんでは消え、息絶え絶えになりながらも必死に描いてるときだ。 「なんか飽きてきたな。齋藤、そろそろお腹減らない?」 「えっ?!」 「うわびっくりした。急に大きな声出さないでよ」 「あ……ごめん……」  じゃなくてだ、そもそも誰だって頑張ってる最中にそんなことを言われたら驚くはずだ。 「あ、飽きたの……?」 「別に出題したいやつだけ出題するやつでしょ? これ。さっきから齋藤、ずっとスケッチブックに夢中になってるし、俺が話しかけても生返事だし。つまんないんだよね」  しかも俺のせいなのか。  志摩が真面目で勤勉な人間だとは露ほども思ったことはなかったが、あまりにも明け透けすぎる。 「齋藤がヌードモデルしてくれるって言うならやる気出すけど」 「出さなくていいよ、そんなやる気……」 「なんか言った?」 「……なんも言ってないよ」  まあ、志摩は飽きたようだが俺はせめてそれらしい形にしておこう。半ばやけくそになりながら、目っぽいもの、口っぽいものを付けて足しておく。  相変わらず似てる似てない以前の出来ではあるが、まあ……これが俺の実力だ。できることはした。そもそも飽き性なくせに似顔絵描き出そうと言い出した志摩にも問題がある。  そう内心言い訳を並べながらも俺は目の前の志摩の顔をちらりと見た。目が合う。 「できた?」 「下書きは……」 「へえ、どれどれ?」 「ま、まだ見ちゃだめだって……」 「なんで? 別に勿体ぶるものでもないでしょ」 「そ、そういうこと言うからだよ……!」 「……もしかして怒ったの?」  そう志摩からふいと顔を逸らせば、わざと視界に入り込もうと志摩が寄ってくる。近い。 「志摩、ちょっと……」 「怒んないでよ。それくらいで。ほら、俺の顔しっかり見て描いていいから」 「ち、近いよ……! それに、怒ってはないから……」 「本当に?」と志摩が念押ししてくる。  そもそも志摩相手にいちいち腹を立てていたらストレスのあまりどこかしら支障を来してしまうのはわかりきったことだった。 「そうだよ」と頷きかえせば、やや間を置いて志摩はそのまま席へとつき、さっきと同じ姿勢に戻ってくれた。 「志摩……」 「俺は齋藤の絵、園児の方がまだましな絵を描くんじゃないかと思ってるけど嫌いじゃないよ」 「……それはどうも」 「やっぱ齋藤怒ってる?」 「怒ってないよ」  敢えて言うなら、貶す部分は不要だったのではないかと思ったがそれは俺も同意見なのでなにもいえない。 「ちゃんとかっこよく描いてね」 「……善処するよ」 「あと、俺は肘骨の近くにホクロがあるよ」  ……その情報は別に求めていないが、志摩なりの気遣い……なのだろうか。もう俺には志摩のことはよく分からない。 「すごいね」とだけ答えておく。  ◆ ◆ ◆ 「……っできた!」  それからまた暫く、なんとか……なんとか絵らしくなった。  絵の具と水ですっかりふやけてしまったデッサンノートを手に取り、俺は声をあげる。  教室の窓から射し込む木漏れ日でウトウトしていた志摩だったが、そんな俺の声に驚いたようだ。 「なに?どうしたの?」と慌てて立ち上がる。 「できたよ、志摩の似顔絵」 「へえ、そっか。……遅くない? もうこれ放課後だよね?」 「ま、まだだよ。……まだあとチャイムまで五分あるし」 「ふーん」といいつつ、志摩は着色された俺作志摩の似顔絵を見て「へえ」と唸る。 「……ま、いいんじゃないの」  ……俺は少しだけ驚いた。  最悪『やっぱりどこか病んでる?』と志摩に言われても仕方ないと思っていただけに、なんだかんだ満更でもなさそうな志摩の態度に驚いたのだ。  ねちねちと毒も吐かないなんて、あの志摩が。  恐る恐るぺち、とその額に触れれば「熱はないよ」とデコピンで返された。痛い……。 「齋藤はどう思ってるか知らないけど、俺はこういうものは技巧よりもモデルに対する想いが重要だと思ってるからね。俺は評価するよ」  相変わらずとんでもない上から目線ではあるが、一応志摩なりに褒めてくれてるようだ。目の前にノートを広げ、色んな角度から眺める志摩を見てると少しだけ、ほんの少しだけだが俺も嬉しくなった。 「じゃあ、早速先生に……」  渡してくるね、と志摩からデッサンノートを返してもらおうとした矢先だった。  目の前でひょいと持ち上げられるデッサンノート。あろうことか志摩はそのままそれを抱き締めるのだ。 「……志摩?」 「なに?」 「なに? じゃなくて……それ、返してくれないと提出できないんだけどな……」 「は? なんで?」 「な、なんでって……」 「これは齋藤が俺のために描いたんでしょ。なんでわざわざ先生に渡すの? まさか入賞狙ってるなんて言わないよね、無理無理そんなの天と地がひっくり返ってもないから」 「……だからこれは、俺が保管しておくね」そうニッコリと笑う志摩。もしかして最初からそのつもりだったのではないか。そう思えるほど手際のよさである。 「それじゃ、俺が描いた齋藤もあげるよ。交換なら文句ないでしょ?」 「も、文句とかじゃないけど……一応、ありがとう」  そう、志摩から受け取ったスケッチブックを開こうとしたときだった。「ちょっと待って」と志摩に止められる。  今度はなんなんだ。 「それ、部屋で一人のときに見てくれない?」 「え……? なんで?」 「なんでもいいから」  なんて言い合いしてると、大会終了のチャイムが学園内全体に響き渡る。  それから教室へと戻ってくるクラスメイトたち。  俺と志摩はなにもなかったかのようにお互いのスケッチブックを抱えたまま閉会式には参加せずに学生寮へと戻ることとなった。因みにこれは志摩曰く教室にいたら担任にスケッチブックを回収されるのが嫌だという志摩による我儘だ。  ――そして夜。  食事を終え、志摩と別れた俺は自室へと戻ってきた。  阿佐美は用事があると部屋を出ていった。  それを見送った俺は、志摩と交換したスケッチブックを取り出した。  そして、志摩に言われたとおりこっそりそのスケッチブックを開く。 「……はは」  そして、スケッチブックいっぱいに広がった志摩の絵を見て思わず笑ってしまった。  色んな角度から色んな俺の顔を描いてくれたのだろう。数ページに渡ってこんなに描いてたんだ、飽きてしまうのも無理はない。  ずっと俺が一枚の絵を描いて唸ってる間、退屈そうにしながら鉛筆を走らせてる志摩を思い出す。  些か美化しすぎなような気もするが、志摩にとってこういうふうに俺が見えてるのかと思うとなんだかむずむずした。  ……確かにこれは、学園に提出するのは憚れるな。  俺は机の引き出しの中にそっとスケッチブックを仕舞った。  なんだか火照る体の熱を冷ますため、俺は窓を開いた。  夏も終わり秋風が冷たくなった夜風が心地よく感じた。  おしまい


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