安宿に備え付けられた蝋燭は半分以上溶けかけていた。ベッドは軋み、部屋も少しばかり湿っている。
聖騎士団の出身であり、金回りのいい『怒りのザクロ亭』で寝泊まりしているオスリックにとってこの貧しい環境は珍しいものだった。
「………」
オスリックは鎧を傍らに置いて、静かにベッドに腰掛けた。
普段であれば就寝前には騎士の教本や聖書など読み、心を落ち着かせてから床に入るのが常だが今日は違った。
『夢魔を呼び寄せるために、敢えて無防備な一介の冒険者を装い、就寝し、襲ってきた魔物を討伐もしくは情報収集する』
すべてギルドマスターベアセスからの指示だった。
聖騎士であるオスリックが穢れを身にまとって眠れば、夢魔がいかなる種類であれ高確率で惹き寄せられるだろうという話だ。
精のつく食事をたらふく食べ、身を護るアミュレットも鎧も脱ぎ、一糸まとわぬ姿になってオスリックは横になった。1日中鎧に覆われていた体からは、隠し難い男の香りがむわりと立ち昇っていた。
「本当に、大丈夫なのであろうか……」
オスリックは珍しく不安げな声を漏らした。
ギルドマスターベアセスは冒険者としてはオスリックより遥かに経験豊富な男だ。指示は概ね間違いなく、人選も的確だろう。だが、一つだけ彼が知らぬことがある。
「この聖印、夢魔相手となると……はたしてどのような働きをするのであろうか……」
そう言ってオスリックは己の逞しい下腹部を撫でた。怪しく輝く印。今は不活性化状態であり、殆ど視認することもできないそれは、だが一度輝けば理性を溶かし、終わることのない欲望を聖騎士に与える『聖印』である。
これは契約によりいかなる他者にも説明や開示することは許されていない。
そのうえ今だオスリックはこれを制御できていないのだ。
このような厄介かつ想定外の要素を抱えながらの魔物討伐、果たして聖騎士の務めを果たせるものだろうか。
「いや、しかし、うむ……だからこそ……であるな」
オスリックは頭を振って表情を険しくした。
これは自らに課せられた試練だ。
むしろこの聖印があれば間違いなく囮としての役割は果たせるのだから、あとは勝利するだけではないか。今日この日、夢魔を倒し、聖印の力も制御すればよいのだ。
「そうと決まれば眠らなくては、ふふ、眠ることで戦うとは……なんとも奇妙な話であるな」
オスリックは決意を新たにし、筋骨隆々の白い筋肉にシーツを軽くかぶせた。
少し蒸し暑い夜風が部屋に入ってくる。夢魔に襲われるとわかっていながら就寝できる人間はそうはいないが、聖騎士は王や神に仕える身だ。任務のために己の心を鎮めることは造作もない。
仰向けになった体から力が抜け、息が規則的になる。
思考がだんだんと消え、現実から遠のいていく。
オスリックは眠りについた。
主観はなくなり、それからどれだけの時間が経ったかはわからない。
果たして、夢魔はやって来た。
オスリックは自分が柔らかい場所に寝転がっていることに気がついた。上質なミルクのような香り、囁くような笑い声、ここはどこであろうかと身を起こそうとして、オスリックは自分の有り様に気がついた。
「ぬぅ…………おぉっ……」
裸だ。
普段身につけている鎧どころか、衣服と呼べるものはなにもない。尻や背中に風を感じる。剣も盾もないというのに、丸出しのイチモツだけが鞘のように皮を被っている。
「な、なんと、はしたないことか……!」
おまけに、そんな姿をしているのは自分だけなのだ。
オスリックを取り囲むように立っている者は皆、鎧であったり、ローブであったり、ボタン付きの衣類であったりと上下しっかり身につけている。
まるで自分だけが野蛮な生き物になったかのようで、オスリックはたまらず股間を手で隠した。
だがそれさえも叶わなかった。
両腕が動かない。
恥ずかしいことは間違いないのに体が動かない。
まるで見せつけるように両腕を広げ、脚を投げ出し、股間をさらけ出している。
(み、見ないでくれ……!)
そう考えると同時に、一斉に人々の視線がオスリックに集まった。
「ぬああ!」
雄々しい聖騎士は羞恥と興奮に喘ぎ身じろぎをした。人々はそんなオスリックの肉体を見て笑った。嘲り笑うようなものではなく、柔らかな微笑だ。
羞恥で赤くなるのがわかる。体が熱を帯び、陰茎に冷たいものが走った。
だがそんな聖騎士の肉体を、人々は放っておいてくれなかった。
何本もの手が一斉にオスリックに伸びた。
節くれだったゴツゴツとした手が、仰向けの胸板に、投げ出された両腕に、脚の付け根に触れ、愛撫し、慈しむように弄った。
……そこでオスリックは気がついた。自分を見ているのは、どれも男ばかりだ。
体から雄臭が立ち昇り、女体のような柔らかさの代わりに逞しさがある。
聖騎士団には男性同士の睦言は禁忌とされており、オスリック自身もそれを守っていた。
だが今、目の前を埋める男たち。
鼻を満たす香り。筋肉の隆起。ガッシリとした骨格。どれもが避け続けていた同性愛的なものであった。
そして、オスリックはそれこそを官能的であるとさえ思ってしまった。
(ああ……そ、そんな、吾輩は……)
自覚した瞬間、肉棒は萎えるどころかより固く力強く隆起していた。
自らに芽吹いていた同性愛的な指向、この年齢と厳つさを持ちながら、まるで経験のない行為に体が勝手に興奮している。
男同士の……セックス……。
奥手なうえ生真面目、なにより聖騎士団出身のオスリックにとって、それは殆ど未経験のようなものだった。
口づけも、愛撫も、兜合わせも、もちろん尻穴をつかっての交尾も、話を聞くだけで身体が強張り興奮が全身を駆け巡ってしまう。
「…………!?」
そんなオスリックの思考と妄想が絡み合うように、男たちは眼の前で互い互いに好き勝手に絡み合った。
裸のオスリックを刺激しながら、まるで見せつけるように、焦らすように数々の男同士が絡み合う。
オスリックは生唾を飲み込んだ。
腰が浮き上がり、息があがる。
血流が下半身に集まり、理性が遠のいていく。
吾輩も、…………吾輩にも、口づけを。
黄金の髪を蓄えた男らしい騎士が、まるで赤子のように口をとがらせた。
すぼめた口先から熱い吐息が漏れる。
一人の男がオスリックを見ていた。
顔はわからない。
こんなに近くにいるのになぜか朧気だ。
そんな顔もわからぬ男が、恵みを与えるようにオスリックの顔面に近づいてくる。
ああ…………吾輩は……ついに…………。
オスリックが目を閉じた。
その瞬間、彼は何かを思い出そうとした。
なにか……忘れている。
なにか………………。
「ぬぅう…………うぅぅ…………」
オスリックはベッドの上でただ一人、穏やかでありながら興奮した息を吐いていた。
皮を被った肉棒だけが時折ヒクヒクと跳ね、彼の脳内で起きているめくるめく秘め事を漏らしている。
そしてその全身を、得体のしれない魔物が取り囲んでいた。
オスリックの夢の正体。この騒動の正体。夢魔の正体。
それこそが、この湿った水音を鳴らしながら、オスリックの精力を啜りつくそうとするワームだ。
ナイトメアワームと呼ばれるこの生物はユニーククリーチャーではない。
本来であれば水豊かな森の奥や、洞窟の湧き水の付近で繁殖する魔物だ。それが、廃水やアルコールが流れ落ちる街でどのようにして生き延びたかは定かではない。何れにせよ、『これ』は困難な環境に自らを適応し、成長し、狩りを始めた。
そう、今まさに眠るオスリックにするように、だ。
「おぉ……そ、そのようにぃ…………強引にぃ………………。……男同士というのは、こ、このような…………」
オスリックを押さえつける男の手など存在しない。あるのは優秀な栄養素を逃すまいと絡みつくワームの体だけだ。
「ああ…………、コレが…………男の、くち……びる…………」
オスリックの口を湿らしているのも、無論ワームの体液だ。
興奮作用と催眠作用のある甘い液体を、聖騎士はそれと知らずに貪っていく。
――彼は優秀な聖騎士であった。だが、夢を夢と自覚し、覚醒するには才能がない限り特別な訓練がいる。オスリックはそのどちらも持ち得なかった。
「あぁ……はぁぁ…………」
聖印が輝き、オスリックの全身を欲望が焼き始める。
日頃からこの厄介な印のせいで禁欲の許されない体のうえ、この作戦のため短期間とはいえ禁欲したために今のオスリックは夜風の刺激だけで勃起し先走りを流してしまう。
「そ、そのような端ない格好を、見せつけられては、わ、吾輩ももう……」
オスリックは独り言をブツブツと繰り返しながら腰を揺すった。
皮を被った巨大なペニスが無防備に揺れている。先走りだけで凄まじい量だ、ぼたぼたと汁が弾けて聖騎士の体を濡らしている。
そこから立ち上る雄の香り、これ以上ないほど容易に接種できる極上の餌だ。
「あぁ…………男の香りとは、な、なんという、強烈……なっ……………」
夢の中ではオスリックは幾人もの男と絡み合っている。
だが、その正体はすべて彼自身の体臭だ。
オスリックに同性への興味が芽生えつつあったのは事実だ。だがこうまでも淫らかつ男ばかりなのは、彼の体臭が、現実が、それぞれが夢を侵食しているからだった。
夢の中で仰向けになったオスリックに、ついに男の一人が跨った。その男の影は太く逞しいオスリックの肉棒を躊躇うことなく飲み込んだ。
「ああ、わ、吾輩の肉棒を、そんな……ッ」
魔物に陰茎を飲まれながら、オスリックは恥じらいと喜びの入り混じった声で喘いだ。
「ぬはぁ…………あぁぁ………………」
皮の隙間にまで入った細いツルと、肉棒全体を覆う太いツル。絡み合った2つが極上の刺激となってオスリックの雄を責める。
ついに肉棒はむき出しになり、敏感な亀頭や快楽に弱い竿までも完璧に掌握される。
「き、もちぃぃ………………あぁぁ……よすぎるぅ…………」
彼にとっては文字通り夢のセックスだ。
男同士……聖騎士にとって禁忌だった一歩を踏み出してしまうという背徳感と快楽。優しくも激しい吸引。己だけが裸という羞恥さえもスパイスだった。
聖印がもたらす強制的な興奮ともまた違う。聖印が肉体の興奮だとするならば、これは心の快楽だ。内と外から同時に込み上げるそれに、聖騎士といえど抗うことなどできなかった。
「も、もっと……してくれ……もっと……」
そんな言葉を理解などしていないが、ワームはオスリックの望みを叶えた。
餌を悦ばせ、精力や生命力を得るのが夢魔たるワームの望みなのだ。
「あぁあ…………あぁぁ………………」
理性による歯止めがきかない夢の世界で、オスリックはひたすらに快楽を貪った。射精をさせるために特化したワームの動きに初心な聖騎士が耐えられるはずもなく、一度目の射精はあっけなく訪れた。
「ぬああぁ…………!」
眠る体を少しばかり強張らせ、ベッドに深く深く体を預け、枕に頭を埋めながらオスリックは射精した。
魔物に吸精されたに過ぎない射精だったが、オスリックの主観では愛と欲情によってもたらせられる男相手の射精である。
激しく脈打つ肉棒が、刺激以上の快楽にビクビクと何度も痙攣している。
「キスを……ああ……それほどに、吾輩のこの……ここは、よかったのか……」
オスリックは夢の中の男から与えられるキスの嵐に恍惚とした声を上げた。
この獲物は優秀だと判断したワームが大量の体液を顔にまぶしているのだが、今の彼にそれを知るすべはない。
「おぉ…………」
セックスであればそこで終わり、穏やかなピロートークでも始まったかもしれない。
だが相手は魔物。そして眠る男である。刺激は波のように耐えることなくオスリックを襲った。
「あぁ……つぎから、つぎに…………そんなにも吾輩は――おぉお…………」
頑強な肉棒を吸い上げ、乳首を弄り、肌を愛撫。
射精させる。そのためだけにすべてが特化された生物が聖騎士を再び欲情させる。射精しろ、捧げろと。
オスリックの肉体と彼に刻み込まれた聖印がそれに応える。
「ああ、出る、でてしまう…………あぁ…………また、…………ぬぉお………………」
まるで予めそうそう創られた生物同士のように、一匹の雄とワームは抜群の相性で蠢き続けた。
射精。
さらに射精。
休むことない射精。
それは無限にも思えるような連鎖だった。臭いがオスリックをさらに男同士の世界へ沈め、快楽が聖印を輝かせる。栄養を得たワームは更に激しくオスリックを責め立てる。
射精。
さらに射精。
休むことない射精。
無限に続くとも思われる世界の中で、やがて空に光が戻り始めた。夜が明ける前に限界が来たのはナイトメアワーム……夢魔の方だった。
聖印による無尽蔵の精力があるオスリックから搾り取った栄養素は、魔物が保存できる限界に達したのだ。
そうなれば、この餌にもう用事はない。ワームはそれまで何時間も性交をしてきたオスリックからシュルシュルと離れていった。そして、涎のようにオスリックの精液を垂らしながら、咥えこんで離さなかったワームの開口部が肉棒から離れた。拘束が緩み、ついにオスリックが自由になる、その時だった。
「そ、んなに……吾輩のここは、立派ぁ…………かぁ……!」
文字通り夢現の状態でありながら、オスリックは凄まじい勢いで離れようとする魔物を掴んだ。
目を覚まし、魔物討伐の任務を思い出した――のではない。
「それほど言うならば……吾輩も、ぜんりょくをもって…………ああ、貴殿に尽くそうぅ…………」
オスリックは夢の中でどんな相手とまぐわっているのか、立ち去ろうとする魔物の口に無理やり自分の肉棒に突っ込んだ。
「おぉ……おぉ…………またでるぞぉお」
グポッグポッ
下品な音を立てながら、オスリックは魔物に腰を打ち付ける。
両腕がその房をガッチリと掴む。一滴たりとも漏らさせまいとするようだ。
それでいながら腰は激しく打ち付けるものだから、限界を越えて吸引させられた魔物はたまったものではない。
せっかく溜め込んだオスリックの雄汁が、一突きごとに溢れて弾けている。
「ああ、頑張るぞ、吾輩は、期待に、こたえるぅう…………」
彼にとっては、求められるから応えているに過ぎない。夢の中の男たちは、いまだオスリックの……聖騎士の立派な肉棒に夢中なのだ。
だが端から見ればそれは性欲に取り憑かれた雄の強引な腰振りだ。数々の男を食らってきた夢魔を、まるで性を満たす道具扱いしている。
聖騎士は蛮人にでも成り下がったかのように、はあはあと息を荒くしながらひたすらに腰を振った。
皮肉なことに、ワームが与えた栄養もまた、オスリックに力を与えていたのだ。
「ああ、そんな……一番奥か……そこがいいのだな……わかった、わかった」
果たして魔物はオスリックの言葉を理解したのだろうか。
それとも、それだけ腰使いの迫力が凄まじかったのだろうか。
数々の雄を食い物にしてきた魔物は、必死にオスリックから逃れようとした。だがオスリックの膂力と握力はこれまで襲ってきたどんな男より強かった。
「出る、ぞお…………!」
眠っているとは思えない咆哮を上げ、オスリックは腰を打ち付けた。
ぶくり…………
限界だった魔物の体がさらに風船のように膨らんだ。
その瞬間だった。
バン
それは大きく軽い炸裂音を立てて、弾け飛んだ。
聖印と聖騎士の努力によって一晩では到底生成しえない量の雄汁が、ワームの限界を超えてしまったのだ。
溜め込んでいたその雄汁は、空中に弾け……そして当然……その下で今も眠るオスリックの全身に降り注いだ。
「ああ……吾輩も……お前のこと……を……」
そんなことを一つも理解しないまま、オスリックは真に眠りの中に落ちていった。
全身に自分の精液を浴びながら、彼は幸せそうに眠り続けた。
「あぁ…………はぁぁ…………♥」
翌朝、ギルドに持ち込まれたのは魔物の残骸だった。
討伐方法の詳細は語られることなく、ただ魔物の寿命と環境変化への対応不全ということが記された。
オスリックがどの程度夢の内容を覚えているかは定かではない。
だが、彼は全裸のまま調書を取られる間も、男の調査員に対して非常に恥ずかしそうに、顔を赤くしながらも熱視線を送っていたのだという。
人型のサキュバスやインキュバスではなかったということでにわかに盛り上がっていた夢魔騒動は消沈し、酒場での夢魔の噂話や与太話はこの日以来随分と減ってしまった。
その代わり、性豪の聖騎士の噂だけがまことしやかに語られるようになったらしい。
VS Succubus_Osric Decoy Operationf_JPN
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