13話がWebで更新されました。
もうおおよそ作品の参考舞台がどこかお分かりいただけたかと思いますが、京の都の某ストームマウンテン周辺です。英訳するとカッケェ。
もともと美夜子さんの住居は観光地みたいな華やかな場所の裏側、余計に日の目が当たらないように感じる場所でジメジメ暮らしている設定でいこうと思っていたのですが、あまりにも田舎すぎるとイメージが湧かないだろうし、都心付近だと生活が世俗に近い距離感になっちゃうかもしれない=他人との距離感が近すぎると思い、適度に有名でこういう自然も残っている場所を選んだ結果ここになりました。
今回もネーム段階では担当さんから大きな修正は入らなかったのですが、そもそもこの話が浮かんだのは担当さんの「この子のSNS絶対病んでそう」という世間話がきっかけです。
義務フォローだけしてその後まったく関わらなかった存在のなんと多いことか(経験談)。
最初から上部だけの付き合いだとわかってても互いの関係をわざわざ損ねないように表面上の相互フォローになってお互いにいいねし合ったりするも、いつしか過去の無意味な契約は期限が切れ、かつて対等だったはずの存在が輝かしい歴史を歩む切り抜きを見せつけられるハメになる。
やはりSNSは毒だな(極論)。
で、俗世に毒された人間はどうやって回復すればいいのかというのが今回の筋になっていきます。
養老孟司さんだかが言ってたんだけど、現代社会の人間の悩みって基本的に「人間関係」のせいで生じるんだって。SNSの悩みなんて100%そうだよね。
生きてる限り対人関係の苦悩は不可避だけど、そもそも人間以外にも我々が関わってる世界は存在するよねっていう話。
花鳥風月というやつです。要は外に出て自然をいっぱい浴びろってこと。
とにかく外に出なきゃいかんのです。
外も人だらけじゃん
人里を離れたいのに、離れたら離れたで不安になってくる矛盾
今も昔も人のいない場所に行きたくなったら山に逃げ込むしかありません。
といっても獣道かき分けていったら遭難するし、下手すると野生動物に襲われかねません。
結局誰かが舗装した道路なり建物なり、「人の気配」があるから安心するというのも事実ですよね。
初の見開き。もう少し印象的な画作りにしたかったけど、自分の画力不足を痛感してます
流動的な自然風景を見てると精神が落ち着くのって、普段より何歩か下がった場所から物事を捉えられるからだと思うんです。巨大すぎる枠に組み込まれることで自分という存在の主体性・重要性が薄れるとも言える。
もちろん極限まで精神が壊れてしまったら自然の景色すらちゃんと見えなくなるんだけどね。最初期の美夜子さんをここに連れてきても感じる能力がまだ回復してなかったと思います。
とはいえ自然に癒されても根本的な問題が解決するわけじゃないから、やっぱり辛いことは明日……明後日……って考えてまうんや。
そんなことを再確認するだけの回でした。
初稿の段階では「ちょっとなにも起こってなさすぎてつまらないんじゃないかな?」という不安を抱えていたのですが、担当さんが「わたしもこんなふうにしぜんにいやされたいです……」と限界ボイスでおっしゃってくださり、ほぼノータッチでこのネームを進めることになりました。
担当さんにはちょっと休んでくださいと言っておきました。
瑞穂 仁
2024-05-24 10:12:32 +0000 UTC