仕事帰りに郵便受けを見ると、一枚のポストカードが届いていた。表の写真には裸で腰まで水に浸かった四人の男たちが映っており、水しぶきが豪快に飛び散っている。局部は絶妙なアングルにより、かろうじて隠れている。 『うわっ、懐かしいな!』 四人のうちの一人は去年の僕だった。 一年前、僕はとある小さな村で「オボタイ祭り」という奇異な裸祭りに参加した。忘れるはずもない、驚きと照れくささで心が揺れたあの祭事に、僕は今さら頬を熱くしてしまった。 『みんな元気にしてるかな。ハガキの送り主は……やっぱり、大門寺さんか……』 村に滞在したたった数日の間に関係を深めた三人の男たちを思い出すと、自然と村の情景や祭りの活気が記憶から呼び覚まされた。緩やかに押し寄せる思い出に身を任せ、僕はあの不思議な体験を今一度思い返した――。 ~*~*~*~*~ 「外森さーん、こっちこっち!」 寂れた駅舎から出た僕は、聞き覚えのある声に呼ばれた。そこには手を振る逞しいガタイの男が立っていた。 「あっ!大門寺さん、ですよね?」 「そうですそうです!初めましてー!やぁ、ようやく会えたね!」 「初めまして、色々とお世話になります。すみません、泊めていただくのに、わざわざ迎えまで来ていただいて……」 僕は大門寺さんの姿を見て急に緊張がこみ上げてきた。電話の声からはもう少し細身で小柄な人を想像していたのだが、目の前の男は肉厚で鍛えられた体がなんとか服に収まっているという印象だった。 「いえいえ、村までは険しい山道だから、運転に慣れてる人でも難儀しますよ。ここからもしばらく走るから、話は道中でしましょうか」 早速僕らは大門寺さんの軽トラで村までの山道を走り始めた。普段暮らしている同じ県内とは思えないほど壮観な自然がガラス越しに通り過ぎていった。道路の片側には茂った木々がせり出し、もう片側には大きな川が見下ろせた。 「外森さんは、民族学者さんだったよね」 まるで子供のように外を眺めていた僕は大門寺さんの問いかけにはっとした。 「あっ、はい。まぁ、学者なんて大層なものではないんですが、日本各地の祭りや神事を取材して文献に残すという活動をしています。県内の裸祭りは網羅したと思っていたんですが、まだ見たことのないものがあったなんて、驚きました」 冬も本場だというのに、大門寺さんは白いTシャツから日に焼けた腕を晒している。 「いやぁ、なんせ村自体あまり知られてない秘境だからね。祭りは撮影禁止だから、新聞とか雑誌の取材も断ってるんだ。別に秘密ってわけじゃないんだけどねー」 「『オボタイ祭り』、大門寺さんは何度もご参加されてるんですよね」 「あぁ、ありがたいことに『ホウダン』をやるのは今年で七回目になるな」 「『奉げる男』で『奉男(ホウダン)』でしたよね。祭りの主役となる四人の男衆、子供をまだ持っていない若い男性に限られる」 「そう、オボタイ様は子孫繁栄の神様だから、若い衆が子宝を願う役割を担うんだ。まぁ、35歳の俺はそろそろ年齢的にアウトかもしれないが」 「そんなそんな、僕二個下ですけど、僕より全然若々しいですよ」 「いやぁ、俺はいつまでも独り身の半人前なだけだから」 「いえいえ、そんな……」 ふと大門寺さんに目をやるとハンドルを握る腕に筋肉スジが浮き出ていた。それなのにトホホと苦笑した表情があまりに優しく、その対比にドキドキしてしまった。そわそわする胸中をごまかすため、僕は会話を続けた。 「でも、僕みたいな外モノが奉男になって本当に良かったんですか?これまで色んな裸祭りに参加してきましたが、こういう主役的なのは初めてで……」 「いえいえ、こちらとしては本当にありがたいですよ。なんせ小さな村だから、奉男をやってくれる村民を確保するのも一苦労で。外森さんこそ、本当に大丈夫?ここの冬の寒さは半端ないよ」 「あっ、はい!それは全然――冬の裸祭りは何度か経験しているので。マイ褌も準備してきました」 「あぁ、褌……そっか、最近はそうだもんなー……」 大門寺さんの反応が微妙なので首を傾げていると、彼は車のワイパーをつけた。外ではいつのまにか雪が降り始めていた。 「外森さん、申し訳ないんだが、褌を使う場面はないねぇ。うちの裸祭りは言葉通り、正真正銘の裸でやるから」 乾いた雪がフロントガラスに吹き付けてはワイパーに弾かれる。 「……えっ、あっ…そう、なんですね……」 驚きを隠せない僕に大門寺さんは相変わらず落ち着いた口調で続けた。 「祭りに詳しい外森さんなら知ってると思うけど、本来みそぎや裸祭りは布一枚身に付けずに裸で行われていたんだ。それが近年、裸に対しての抵抗感や、参加者を盗撮する下賤な輩のせいで褌着用が定着してしまった。うちの村では奉男の裸はとても神聖なものだし、盗撮される心配もないから昔と同じように褌なしでやってるんだ」 「はぁ、なるほど、ほぅほぅ……」 大門寺さんは急に笑い出し、僕の右腿を左手でがっしりと掴んだ。 「ゴメンな、俺たちは裸が当たり前だから言い忘れてたよ!」 掴んできた大きな手は、今度はまるであやすかのようにポンポンと脚を叩いた。 「だぁいじょうぶ!俺と他の奉男たちも素っ裸だから、一緒なら平気だよな?」 横目でニヤリと笑みを浮かべる大門寺さんに僕の胸はまたドキリと脈打った。反射的に僕は頷いていた。 「は、はいっ!もちろんです!あの、がんばります!」 「へへっ、一緒にいい祭りにしような」 ようやく大門寺さんは手を離し、僕はほっと一息ついた。そんな僕をよそに、大門寺さんは上機嫌で村のことや祭りのことを話し始めた。 それから小一時間、僕たちは雪の中を走り続けた。 ~ 村に着いたころにはすでに日が暮れ始めていた。道中にはコンビニやスーパー、少し洒落たカフェなどもあり、限界集落と言うわけではないらしい。村の中心辺りには小高い丘があり、何かを守るかのように雪の積もった木々が生い茂っている。 「あの丘のてっぺんにあるのがオボタイ神社。明日のオボタイ祭りはあそこからスタートするんだ。これから他の奉男たちと行きつけの飯屋に集まるから、細かい話はその時にな。一人は去年参加したやつだけど、もう一人は外森さんと同じく初参加だから」 「へぇ、そうなんですね」 飯屋につくと、すでに奉男の二人が席についていた。 「おっ?小河原が遅刻しないなんて、雪でも降るか?ってもう降ってるか」 「いやいや、モンジさん、俺のこと舐めすぎっすから!客人が来るってときはさすがにちゃんとしますって!」 「おー、そりゃエラいエラい。っと、こちら外森さん、初の村民以外の参加者だ。外森さん、こいつは――」 「初めまして、小河原っす!普段はモンジさんの農場で働いてます。奉男になるのは二回目っす。ヨロシクー」 金髪の若者はヤンキー的な風貌だったが、わざわざ席から立ち上がり丁寧に頭を下げた。 「初めまして、外森です。短い間ですが、よろしくお願いします」 「で、こっちが中岡さんだ。去年奥さんと一緒に移住してきたばかりなんだ」 中岡さんはメガネにスーツ姿の真面目そうな人だった。初対面で緊張しているのか、あまり目を合わせてくれなかったが、口調は柔らかだった。 「中岡です、よろしく。初参加同士、頑張りましょう」 「よろしくお願いします、迷惑にならないようにがんばります」 「とまぁ、堅苦しい挨拶はこのぐらいにして、早く食おうぜ!外森さんはなにがいい?ここはなんでもあるよ」 「あ、えっと、そうですね……」 確かに店の壁には所狭しと様々な料理のお品書きが掛けてあった。 「酒はダメだぞー、明日は祭り本番だからなー!」 豪快に笑う大門寺さんのおかげで決して客の多くない店内は少しだけ賑やかになった。何を食べようかと思案していると、店のおばさんがおしぼりを運んできた。 「あらぁ、もしかして今年の奉男さんたち?あたしも旦那も毎年楽しみにしてるんよー」 「ありがとなぁ、おばちゃん!今年は街から来てくれた外森さんも参加してくれるっちゃね」 「へぇ、こんな遠いトコまでわざわざ!なんでまたー?」 「えーと、民俗学の研究をしていまして、オボタイ祭りについて役所に問い合わせたら大門寺さんを紹介していただいて。どうせなら参加してみないかと誘っていただいたので、勢い任せで来ちゃいました。僕なんかに奉男が務まるかは分かりませんが……」 「大門寺さんが付いてれば大丈夫よぅ。ホント頼りになるからぁ、こン人」 「褒めてもなんも出んよ、おばちゃん!それに、俺なんかただの暇人だっち」 「まぁたそんな事言ってぇ」 そんな温かい雰囲気の中、僕たち奉男四人衆は初顔合わせを行った。飾り気のない、でも懐かしい味の料理を頬張りながら、大門寺さんは祭りの段取りを説明してくれた。 「まず朝にオボタイ神社で集合する。諸々の準備は神社の人間がやってくれるから、それが済んだら神社から村の中心街に降りて、そのまま川まで大通りを一直線だ。俺がご神体を持って、みんなは手ぶらで俺の後についてくる感じだな。人が一番集まって賑わうトコだから盛り上げていくぞ!」 「ちなみに中岡さんと外森さんは初めてだから知らないと思うンすけど、奉男の金玉を触ると縁起がいいって言われてるんで、触られる覚悟はしといてください」 「きっ!金玉を?!」 僕より先に驚きの声を上げたのは中岡さんだった。 「まぁ、ちょっと触れるぐらいで、別に掴まれるとかじゃないっすから」 「いや、そういう問題じゃないっていうか……うーん、そっかぁ、なるほどねぇ……」 中岡さんが戸惑いを紛らわそうと手を組んで頷いていると、大門寺さんが彼に指を指した。 「そうそう、それ、そのポーズ」 「はい?」 「俺たちが人前に出る時は手を組んで、胸を張って堂々とするんだ。下を隠したりするのはオボタイ様に失礼だから、見られてなんぼって気持ちでいること。男なら付いてて当たり前、恥ずかしいことじゃないからな」 大門寺さんは自らも腕を組んで見せたが、逞しい腕は窮屈そうだ。 「ちなみに俺は去年メッチャ恥ずかったっすから、初めての二人はモンジさんほど感覚がマヒしてなくても大丈夫っす」 「ちんちん見せるぐらいで、最近の若いのはホント繊細だなぁ」 「とか言って、モンジさんが見せたがりなだけなんじゃないっすか?」 「バカ言え!まぁなんにせよ、川についたらみそぎだ。皆で川に入ってご神体を水で清める。それが終わったら海岸で俺たちの水垢離(みずごり)を行う。まぁ俺と小河原が先にやるから、二人は真似すればいいだけだ」 「大体想像できると思うっすけど、この時期の川の冷たさはやべぇっすから、舌噛まないように歯ぁ食いしばってください」 「はぁ、了解です……」 「で、その後は同じ道を戻って神社で最後の儀式をしてオボタイ祭りは終了。これも俺と小河原と同じようにすればいいだけだから心配ないさ。終わったら神社の人たちと飲み会だ!」 祭りの内容については前もって大まかな説明を受けていたが、大門寺さんと小河原くんの話を聞いているとちょっとずつ奉男になる実感が湧いてきた。窓の外を見るとさっきよりも強く雪が降っている。きっと寒さはキツイし、奉男として格好良く振舞えるかどうかも自信はないが―― 「やっぱり裸祭りっていいですねー、すごく楽しみです。日本男児たるもの、祭りで本気を見せてなんぼですよね」 「おぉ、さすが祭りジャンキーの外森さん!分かってるねぇ!そうときたら、『恒例のやつ』やりにいくぞ!」 「恒例の……?」 理解していない僕と中岡さんに小河原君は苦笑いで教えてくれた、 「まぁ、親睦会みたいなもんっすよ、明日の準備も兼ねて」 相変わらずよく分らないが、僕も中岡さんもそれ以上は聞かなかった。一方の大門寺さんはウキウキした様子で残り僅かな料理を次々に平らげている。すべての品を食べ終え、勘定を済ませると、僕たち四人は徒歩で食堂から近いらしい「そこ」へと向かった。 足元には舞い上がるほどに軽い粉雪が積もり始めていた。 ~ 「ここだ、ここ!」 「ひー!さみー!入るっすよ、中岡さん、外森さん」 二人について建物に入ると、左右に暖簾で仕切られた二つの通り口があった。片方は紺色で「男湯」、もう片方は紅色で「女湯」と書いてある。 「……銭湯…?」 「そ!明日は共に体を張る奉男同士、裸の付き合いで親睦を深めようぜ。おっちゃん、大人四人!」 大門寺さんはすでに番台のおじさんに声をかけている。 「おぅ、モンちゃん、やっと来たかぁ!今夜は君らのために貸切っとるから、とっとと入りや。代金はいらんよ、毎年祭りでがんばってくれてるっちゃね」 「あンがとな、おっちゃん!」 暖簾をくぐるとそこは昔ながらの銭湯の脱衣所だった。年季の入った木造の棚には等間隔で服を入れるための籠が配置されている。他の客は一切おらず、広い空間はがらんとしている。 「早く入るぞー、外森さん」 「あっ!はいっ」 他の三人はすでに脱衣し始めていて、大門寺さんにいたってはもうパンツ一丁になっている。僕が慌てて上着を脱いでいると、大門寺さんはさっさとトランクスを足元まで下げ、他の服と一緒に籠に放り込んだ。重量感のある尻を揺らしながら彼は浴場へ向かった。 「タオルはそこっす」 「あぁ、ありがとう」 同じく裸になった小河原君も浴場に入っていった。彼は着ぶくれするタイプらしく、思いのほか肩と腰回りが痩せて骨ばっている。大門寺さんとは対照的に彼の尻は小さくこけていたが、筋肉質で日ごろの仕事で鍛えられているのが分かる。僕と中岡さんはほぼ同時に下着を脱ぎ、タオルで前を隠して先輩奉男の二人の後を追った。 摺りガラスの引き戸を開いて風呂場に入ると、大門寺さんと小河原君がタオルを肩にかけて仁王立ちで待ち構えていた。手は腰に据えられ、堂々と男の証を晒している。 「よぅし、四人ともそろったし、恒例の『見せ合い』やるぞー」 「モンジさん、やっぱ見せたがりじゃないっすか」 「ちがうちがう、見せるんじゃなくて見せ合うんだよ。どうせ明日は皆裸なんだし、今のうちに見せ合っといた方がいそいそしなくて済むだろ?」 何気にタオルで前を隠していた僕はドキリとした。 「せっかく男同士なんだし、変な遠慮とかなしで裸の付き合いをしようぜ。二人はどうだ?」 確かに明日の祭りでは間違いなくお互いの裸を見るのだから、ここで恥ずかしがるのもおかしな話だ。そもそも男同士なのだし…… 「僕は平気ですけど……」 「……ボクも、大丈夫ですよ」 若干躊躇しているように見えたが、中岡さんも了承した。そもそも拒否できるような雰囲気でもなかった。 「よっしゃ!じゃあ二人とも、こっち寄って」 僕たちは四方にそれぞれ立ち、生まれたままの姿で向かい合った。手は腰に当てたり後ろで組んだり、陰部を遮断するものは一切ない。浴場の熱気の中、僕たちは黙ってじっくりとお互いのムスコを見比べた。経験したことのない状況に僕の体は緊張で強張った。 「へへっ、今年はみんな全然違うな」 言い出しっぺのくせに、大門寺さんは照れくさそうに鼻をかいて笑った。 〆 「冬の裸祭り~オボタイ様に奉げる男たち(2/4)」に続く……→ https://teopi.fanbox.cc/posts/5193448
ておぴ
2023-02-13 04:02:14 +0000 UTCaru
2023-02-13 03:38:32 +0000 UTCておぴ
2023-02-12 21:06:06 +0000 UTCdewey
2023-02-12 18:34:22 +0000 UTC