入れ替わって一年後
Added 2022-06-01 03:31:31 +0000 UTC2017年の過去作再掲。
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「次は、中野、中野。終点でございます」
東西線に乗り換え、電車で数十分。今日は、久々の面会日だった。
「あいつ、元気でやってるのかな」
俺は自分のバッグを膝に乗せながら、かつての自分自身のことを思いやった。
毎月末の金曜日――俺たちにとっては特別な日だった。
一年前の6月、俺たちは「心と身体が入れ替わった」。未だに原因は判らないし、今でも夢を生きているんじゃないかと思えるほどだが、積み重なる日々が俺たちにそれが現実なのだと教えてくれた。
最初はすぐ元に戻れるものだと思っていたし、実際に色々な方法を試して元に戻る努力はしたのだが――今の今まで俺たちは元の身体に戻ることなく、ついに一年が経ってしまったのだった。俺たちは最初は焦っていたが、数ヶ月もすると少し諦め気味になった。お互いの交友関係も分かってきて、不安感がなくなる毎になんとなく今の自分自身の身体、生活に「馴染んでいく」ような感じがあったのだ。その間に俺たちは大学4年生になってしまっていた。もう就活の時期だと言うのに、一向に戻れない。
そう、問題は、問題は就活なのだ。「男同士の入れ替わり」だったらまだ、ここまで気疲れしなくて良かったのかもしれない。
そう、俺達は「男と女の入れ替わり」だったのだ。
「中野、中野、この電車の終点です」
いつもの待ち合わせ場所、中野に着いた。俺はリクルートスーツのスカートがシワにならないよう、注意して立ち上がると、まだ慣れないハイヒールでのろのろと電車を降りたのだった。
*
「お、由依じゃん。早かったね。元気でやってる?」
「由依はお前だろ……」
俺のことをそう呼ぶのは、本来の平野由依。今は、俺の身体――牧田悟になっている。俺が入っていた時よりどことなくモテそうな感じになっているのは気のせいだろうか。心なしか、微かに爽やかないい匂いもしてくる。
って、俺は自分を前に何を考えてるんだ……いかんいかん。俺は由依のほうを見ると、なるべく自然な笑顔になるように笑った。
「ってか由依、リクスー可愛くない?!こんなに可愛くなるなんてヤバイって。私が『その身体』使ってた時よりイケてんじゃないかなぁ」
「そ、そうかなぁ……ふふ……って、お前は今日は就活、なかったのかよ?」
一瞬、褒められて照れてしまった俺は真顔になって訊き返す。
6月といえば就活真っ盛りのシーズン。人によってはもう内定まで出ているはずだ。俺も必死で何社か受けて、とある保険会社と、商社の事務職の内々定を貰っていた。いずれも女性が働きやすく、産休や育休などの制度も充実しているいい会社を選んだつもりだ。
「私?あー、就活、ね……そろそろやらなきゃね。まぁ、何とかなるっしょ!」
由依は下を向いて悪戯っぽく笑う仕草をした。入れ替わる前から、あいつが何か誤魔化したい時によくやる仕草だ。
「おい……由依、もしかしてエントリーすらしてないとか……」
「もー、外に出てる時に由依って呼ばないでって言ってるでしょ!人が聞いたら変な顔するでしょ?」
またこうやって、何かはぐらかしたい時は他の話題を振って本題になかなか入らせてくれないのだ。
「……そ、そう、『悟くん』。貴方……もしかして、就活やる気ないのかしら……?」
俺が本来は男だということを知っている由依の前では女言葉を使いたくなくて、なんとなくぎこちない感じの言葉遣いになってしまう。
「やればできるじゃない、『由依ちゃん』。ま、その話は喫茶店でも入りながらしましょうか♪」
そう言うとあいつは、軽い足取りで坂を登り、いつもの喫茶店へと足を向けた。
「ま、待てって!」
久々にヒールを履いていた俺は、少し体勢をよろめかせながら必死でついていく。
女って歩くのおそーい、などとからかう「俺の声」が少し遠くから聞こえた。
*
喫茶店に入って席に着くなり、由依――の精神が入った俺の身体が、身を乗り出して俺の方をじっ、と見てきた。
「な、なんだよ?」
あまりジロジロ見られると、照れるじゃないか。いくら自分とはいえ。
「……マスカラ変えた?それ、私が持ってたやつじゃないよね」
うっ、するどい。
「あ、あー、あれ無くなっちゃったんだよね……」
「嘘。あれ、買ったばっかだったし。あんたがお化粧に目覚めたの最近でしょ?」
「め、目覚めたわけじゃないって!!就活で、少しでも有利になるようにだな……」
「ふーん。ま、そう言うことにしてもいいけど……でも、マスカラは買ったんでしょ?」
「あれは、なんか似合わないような気がして……新しいの、買ったんだ」
ふふ、と俺の顔で由依が笑う。
「な、何がおかしいんだよ?」
「いや、ちゃんと女の子してるんだなって思って。安心したよ、由依ちゃん♪」
俺は自分の顔が真っ赤になるのを感じていた。新しい自分のお気に入りの化粧品を持つぐらい、女だったら誰だってあることだ。でも、俺が元・男だと知っていて、しかも俺が今使っている身体の元々の所有者にそれを知られるとなると話は全く変わってくる。俺は恥ずかしさを誤魔化すように言った。
「……もう、一年も経つからな。俺とお前が入れ替わって」
「……そうね。もう、戻れないのかな、私たち」
「絶対戻る!だから、俺はお前が行きたかった会社の事務職ばっかり受けてるんだろ。前約束した通りに」
そうなのだ。俺と由依は、就活が始まる前にある「約束」をした。それは、元に戻っても困らないように、お互いが元々行きたかった会社を受けて内定を取ろう、という約束。
「あー、そんな約束もしたっけねぇ……」
「したっけねぇ……じゃないだろ!お前、ちゃんと受けてるのかよ?俺は海外で働きたいから、ちゃんと海外でも事業をやってる会社を受けてくれって……」
「もう無理だよ。エントリーシート提出期間、もう終わってるし」
由依は不貞腐れたように言った。
「なっ……で、でもまだ受け付けてる企業、探せばあるかもしれないし、それに……」
「……もう嫌なの」
「え?」
「もう嫌なの。なんであなたの言う通りに会社受けなきゃいけないの?海外で仕事したかったら自分で受ければいいじゃん」
由依はそう言うと、悲しそうな顔をした。俺の言うとおりに?それは、元に戻った時にお互いに思っていた人生に戻るための準備だ。そう思っていた。俺は由依が何を言っているのか、理解しようと頭を働かせるのがやっとだった。
「それって、もう元に戻る気ないってことか……?」
俺は由依をじっと見ながら尋ねた。
「戻る気があるとかないとかじゃなくて、実際戻れないでしょ?だから、あんたは受けたかったら総合職でもなんでもその身体で受けて、自分で海外行ってよ。私の身体、もうあげるから」
「由依、本気か……?」
俺は呆然としながら言った。
「本気だよ」
「で、でも、そしたら就職はどうするんだ?俺の身体でずっとやってくにしても、就職はしないと……」
「甘いわね。私、お嫁さんになりたいって言ってたでしょ?でも、お婿さんでもいいの。家族が欲しいだけだから」
「へっ?」
「だからね、私専業主夫になることにしたの」
「えええ??」
俺は頭が混乱してきた。俺が、いや、由依が専業主夫!?
「え、でも、専業主夫になるには、その、働いてくれる奥さんがいないと……」
「彼女ならいるわよ。言ってなかったっけ?」
由依がさらりと言う。
「え、えええ!?」
驚愕で俺の頭がついていかない。え、由依って女だよな?その由依の彼女……?あ、でも由依は今は男だからいいんだっけ?
「今は男なんだから、彼女なのは当然でしょう?それとも彼氏の方が良かった?」
心を読んだように、俺の顔をした由依が言う。
「え、あ、いや……」
いきなり恐ろしいことを言う。
「彼女に私の希望を伝えたら、『悟くんがそうしたいならいいよ♡私が働くから♡』だって」
「え、それって、俺、ヒモ……?」
「ヒモじゃないわよ人聞きの悪い。主夫だって大変なんだからね?」
そ、そういうものなのか……?
「いい彼女を持ったわ〜。私に夢中なのよね、あの子」
「夢中、ですか……」
「ええ。女の子の言って欲しい言葉、して欲しいこと、元女の私なら手に取るようにわかるからね♪それに、あっちの方だって、女の子の気持ち良いポイント全部わかるし……♪」
「あーそうね、確かに、あっちの方……ってええええ!?あっちって、あっち!?」
「何驚いてるのよ。恋人同士だったら当たり前でしょう?早く孕ませて、デキ婚するのもいいかもね〜♪」
俺は呆然としていたが、由依の方は気楽なものだった。
「あはは……じゃ、就活しなくてもいいわけね……良かった、人生設計ちゃんとしてて……」
「でしょ?あんたも女の身体で生きてくしかないんだから、早めに結婚相手見つけないとダメだよ〜」
「いや!絶対男となんかつきあわないから!!」
……三年後、社内結婚して出産、俺が一児の母となるのはまた別のお話。