■ 「ただいま」 それは、ずっと言いたかった帰宅の挨拶だ。 今は土曜日の朝。これから一週間、真央は囚われになっている裕貴の部屋ではなく、自宅で自由に過ごすことができる。この一ヶ月あまり、家に帰ることをどれほど望んだだろう。ようやく待望の帰宅を果たした――というのに、真央の笑みはこわばっている。 「お、おかえり、真央……」 玄関で真央を出迎えた夫である雅史の笑顔もぎこちない。 それも無理はない。かつて美しく艶めいていた真央の黒髪――それが今では派手な金髪へと変わり果てている。昨日、美容院で染めたばかりのそれは、降り注ぐ光の加減によっては白にすら見えるほど明るい。その浅薄な色は、到底、夫も息子もいる三十八歳の熟女には似つかわしくない。 年甲斐もない、と真央は思っている。本当ならば、こんな姿、夫に見せたくはない。けれど、髪を染めることが今回の帰宅の条件だったのだ。 真央が帰宅をする。その連絡は、美容院の後に連れ込まれたラブホテルで、裕貴が行っていた。しかし、雅史の驚き具合からすると、彼女の帰宅を伝えはしても、彼女が髪を染めた、ということまでは伝えなかったのだろう。 雅史のすぐ後ろで、息子の孝太も絶句している。 長期間に渡る母の不在について、孝太には、地方に住む親戚の介護のため、と言い訳をしてある。頑張ってね、と激励して送り出した母が、介護のイメージとはほど遠い髪色になって帰ってくれば戸惑いも当然だろう。 「ママ……あの……その髪、どうしたの……?」 出迎えの挨拶をするのも忘れて、おそるおそる、孝太が尋ねてくる。 これはね、と真央は髪に触れた。 「向こうで知り合ったひとにお勧めされて、試しに染めてみたの」 ここへやってくるタクシーの車中で用意した説明に、孝太は「そ、そうなんだ」と頷いた。戸惑いつつも信じてくれたらしい。純粋な孝太は、母が嘘をつくとは露ほども思っていない。騙すことに心が痛むが、だからといって正直に話す訳にはいかない。 この一ヶ月、孝太には寂しい思いをさせてしまった。今すぐに寄り添い、話を聞いてあげたい。好物を作ってあげたい。しかし、まずは、雅史とふたりで話をする必要がある。 真央は雅史に視線を送る。わずかに頷きが帰ってきた。靴を脱ぎ、家にあがる。腰を屈め、息子と目線の高さを合わせた。ほんのわずかに背丈が伸びたような――というのは、親の贔屓目が見せる願望だろうか。母の不在が、孝太が逞しく育つ糧になってくれているならば、それは不幸中の幸いだ。 「あのね、孝太、ママね、パパとお話があるの。ママがいないあいだ何があったか、あとでゆっくりお話を聞かせてね」 その言葉に、孝太は輝くような笑顔を浮かべ、「うんっ」と頷いた。 それから、真央は雅史と一緒に夫婦の寝室へと移動した。ふたり並んでベッドへ腰掛ける。自分がいないあいだ、どう過ごしていたのか――真央はすぐさまそれを尋ねた。ふたりはつつがなく生活できていたのか。この一ヶ月、真央はずっと心配していたのだ。 「真央がいなくて大変だけど、それなりにうまくやれている――と思う」 朝食は雅史が作っている。夕食はフードデリバリーサービス。ただし早く帰宅できた時には料理を作ることもある。衣類の洗濯は欠かさず三日おき。掃除は、休日、孝太と協力をして行っている。一度注意を受けてから、ゴミの分別にはとても気を使っている。…… 「そうなのね。よかった。安心したわ」 雅史の説明を聞き、真央は微笑む。今も屋内に満ちる清らかな空気が、その説明が真央を安心させるための偽りではないことを証明している。自分がいなくても、ふたりは無事に生活を送れていた。その事実に対して感じる一抹の寂しさは贅沢というものだろう。 「君が帰ってきてくれて嬉しいよ」 雅史は、その掌を真央のそれに重ねた。 金髪にされた経緯。裕貴の元でどんな目にあわされたのか。知りたくないわけはないのに、尋ねてくることはなかった。それでいい、と真央は思う。そんなことを話すために、彼女は家に帰ってきたわけではない。 炊事、洗濯、掃除……少なくともこの一週間は、かつてそうしていたように、母として、妻として過ごすことができる。愛する家族の世話をすること――それが真央の喜びだ。 本来いるべき場所に戻ってくることができた。掌に感じる雅史の体温とともに、時間差の感動が真央の体に染み渡る。 「私も帰ることができて嬉しいわ」 そう答える真央の顔には、作り物ではない笑顔が浮かんでいた。 それから、一週間――真央は以前と同じような生活を送ることができた。 もしかすると、裕貴の邪魔が入るのではないか。そう恐れていたが、彼が現れることはおろか、連絡さえ一度もなかった。与えられたのは、正真正銘、かつてと同じ日々。だからこそ、それは、かつてと同じ幸福に満ちた時間――そうでなければいけない。 そのはずだったのに――。 ■ 「あれ。帰ってくるの、今日だっけ?」 完全に忘れてたわ、と裕貴は言った。ソファーに横になってスマートフォンを弄る彼の顔には、へらへらという擬音が似合いの薄笑いが浮かんでいる。 裕貴の視線の先――リヴィングの入り口にいる真央は、立っているのがやっとという様子だ。熱っぽく潤んだ大きな目。焦げた息遣い。スカートの内側では、もじもじと内腿が擦り合わされている。美貌の端正さには不釣り合いな金髪が、滲む汗を糊にして、額と頬にへばりついている。離れていても、体からむんむんと立ち上る熱のゆらめきが見えそうだ。 一週間ぶりに裕貴の部屋に戻った真央――彼女が、今、どのような状態にあるかは明らかだ。その忌まわしい自覚が噛み締めた奥歯を軋らせる。 「やば♡ 真央、完全に発情しちゃってんじゃん」 体を起こした裕貴が、スマートフォンを掲げ、真央を撮影する。 「か、勝手に撮らないで……っ」 艷やかな吐息を混じらせて訴えた真央に、追加でフラッシュが浴びせられる。反射的に下ろした瞼の裏側に甦るのは、自宅で過ごした一週間だ。 久々に戻った自宅では、かつてそうしていたように、夫と息子とともに過ごすことができた。ならば、その時間は、かつて同様、幸せで満たされていなければならない。 しかし、家族と言葉を交わしても、彼らの笑顔を見ても、真央の心はどうしても満たされなかった。それどころか、次第に不満が募っていくばかりだった。それでも、どうにか、家族の前では最後まで平静を保った。今朝、家を離れる時にも、優しい笑顔を浮かべていた。 今回の帰宅で真央が得たもの――それは、つかの間の平穏ですらなく、耐え難い体の火照りだった。タクシーに乗り、裕貴の部屋に近づくに連れて、火照りは明確な熱へと変わっていった。望まぬはずの帰宅を、肉体が望んでしまっていた。 ほらこっち、と裕貴が手招きをする。 ふらふらと夢遊病者のような足取りで真央は部屋を進む。 真央が出ていく時には綺麗だった室内は、わずか一週間で散らかり放題になっている。その惨状に対してさしたる嫌悪感を覚えていない自分に気がつく。片付けたいという気持ちすら、今は湧き上がってこない。 「そんなになっちゃうくらい、家に帰るの嫌だった?」 隣に腰を下ろした真央の頭を裕貴は撫でる。 「ち、違……。家に変えるのが嫌なんて……そんなわけないでしょう……」 「だったら、俺のところに帰ってくるのが楽しみだったんだね。嬉しいな」 「う、うぬぼれないでっ」 「素直じゃないところも可愛いよ♡」 「か、可愛いって――」 あまりにも直接的な褒め言葉に、真央の顔が一気に赤くなる。頭頂から湯気が立ち上りそうな照れ方だった。裕貴が自分にどんな仕打ちをしたか忘れたわけではないのに――若い牡に女として見られて、反射的に喜んでしまう自分が情けない。 「旦那とエッチした?」 真央の金髪を指先で弄びながら、裕貴が問いかける。 それは――と口ごもった真央の様子が、何よりの答えになってしまう。 帰宅中、雅史とは一度だけだが愛し合った。 あれは三日目の夜。高まっていく不満に耐えかねて、真央のほうから彼を求めた。夫と愛し合えば満たされるのではないか――その期待はあえなく裏切られた。数年ぶりの性行為が、愛に満ちたものであったのは確かだ。しかし、雅史の愛をどれだけ感じようと、真央の心はまったく満たされはせず、むしろ苛立ちが増す結果となってしまった。 真央の体は、愛や平穏ではなく、快楽や刺激を求めるよう、裕貴によって変えられてしまったのだ。 今回、裕貴が帰宅を許したのは、金髪の真央を雅史たちに見せつけるため――それだけではなく、その心理的な変化を真央に自覚させるためだったのだろう。すべて、裕貴の掌の上。しかし、最悪なことに、その渇きを癒せるのは、その裕貴だけなのだ。 「あのしょぼい旦那じゃ、絶対満足できなかったでしょ。可哀想〜」 耳に唇を寄せて囁きつつ、裕貴は真央の乳房を弄び始める。 衣服越しに体温とともに伝わってくる下卑た情欲。これからはじまる行為を考えただけで、真央を苛んでいた激しい渇きが和らいでいく。こらえなければ、と思う暇もなく、真央は「あぁん♡」と声を漏らしていた。その響きは砂糖を蕩けさせた蜜のようにあまりにも甘い。 スカートの内側で、いっそう切なく腿が擦り合わされる。パンティの股布が愛液にぐっしょりと濡れているのが自分でわかった。 荒淫の果てに、量と柔らかさを増した真央の乳房は、Hカップのブラジャーを内側からみちみちと張り詰めさせ、背中のホックに無理をさせている。しばらくぶりに味わう柔らかな肉の感触に、裕貴の相好が崩れる。 「最高だわ、真央の体。他の女とは比べ物になんないもん」 首筋を唇でなぞりながら、裕貴が言う。 その感触に、首だけではなく、全身の肌が粟立った。 「そんなことを言って……どうせ、私がいないあいだは、誰か、他の子を連れ込んでいたんでしょう……」 ゴミの散らばる部屋のそこかしこに、女を連れ込んだ跡がある。顔も知らないその女たちに対してこみあげる負の感情――それは嫉妬ではない、と真央は自分に言い聞かせている。 「抱きたいなら、は、早く抱けばいいでしょう」 眉を立てて、真央は言う。本人は睨みつけているつもりだが、その目は熱望に潤んでいる。胸の内側では、どきどきどきどき、と心臓が滑稽なほどに早く脈を打っていた。唇からは、ふーっ♡ ふーっ♡ と猫の威嚇のような息遣いが漏れ出ていた。 「そんなに言われちゃ、期待に応えるしかないよね」 誰が期待なんて――と抗弁する真央の目の前で、裕貴はベルトを弛め、ペニスを剥き出しにした。その威容が、真央から言葉を奪い、生唾を飲み込ませる。 隆々たる男根は、夫のそれとはあまりにも違いすぎる。裕貴の鼓動に合わせた力強い脈動――それを目の当たりにして、真央の心臓もひときわ大きく跳ねた。彼女の喉から漏れた「ああ……」という溜息には、諦念と喜悦の両方を孕んでいる。 裕貴は真央に裸になるように命じて、テーブルに放られている避妊具を手に取った。これは、自分が求めたわけではない。裕貴に無理強いされたのだ。心に言い訳を紡ぎながら、真央は命じられた通りに服を脱いでいった。 裸になった真央は、ソファーに座り、脚を広げるよう命じられる。両脚のあいだに陣取った裕貴は、避妊具を装着したペニスを肉壺の入り口にあてがう。「は」早くして、と真央が言い切る前に、肉棒が突きこまれた。 「あー♡ 真央の体、やっぱり最高すぎ♡」 真央の最奥にまで侵入した裕貴が呻きをあげる。しかし、その声は真央の耳には届いていない。挿入されただけ――それだけで、彼女の両足は無様に床から離れ、びくびくと不規則な痙攣を見せていた。 「おっ♡ おっ♡ おお゛っ♡」 早くも眼球を裏返らせかける真央を、裕貴の腰使いが責め立てる。前。後。前。後。前。後。……抜き差しのたび、真央の喘ぎは、快美に崩れ、濁りを増していった。 「真央のなか、きっつきつ♡ もしかして、旦那の短小と比べちゃってて興奮しちゃってる?」 「そ、そんなこと……してない……っ」 そうは言いつつも、真央は真っ赤に染まった顔を背け、真実を裕貴に教えてしまう。 (すごいっ♡ 全然……違う……っ♡) 裕貴の男根は、外見だけではなく、感触的にも夫のそれとはまったく違う。長さ、太さ、硬さ……そういった要素だけではなく、根本から先端まで漲る欲望が違っている。それは、真央の肉体を穿ち、女としての真芯を直撃し、彼女の心身を乱しに乱した。愛など欠片もない抽挿――それがもたらす快感が、真央をようやく満たしていく。 歓喜の涙を見られまいと、真央は必死に顔をそらした。しかし、裕貴はその顎を手指で掴み、無理矢理に自分のほうを向かせる。 「くっ……うっ……う゛う゛う゛〜〜っ♡」 意味がないと知りつつも、真央は必死に裕貴を睨む。羞恥と屈辱が、快感と興奮を爆発的に高めた。全身の毛穴が開き、汗がどっと吹き出す。絶頂を拒む理性と、絶頂を求める肉体――相反するふたつのものが、真央という存在の内側でぶつかり合い、火花を散らす。 小鼻を膨らませ、歯を食いしばるその顔は、裕貴を調子づかせる薪となる。 殴りつけるような腰使い――真央の腰は、本人の意思に関係なく動き、絶頂の接近を訴える。振り乱される金髪。痙攣する下肢。凶悪にせり出した雁首に掻き出された愛液が床に飛び散る。真央という器は、待望していた喜びに満たされ、溢れかえろうとしている。 (イきたいっ♡ イきたいっ♡ イきたいっ♡ イきたいけど……イッちゃだめ……だめ……だめ……だめ……だめなのにっ♡) 煩悶する真央の唇を、裕貴の唇が覆う。始まった口吻は、なけなしの抵抗心すら蒸発させてしまう。うねる唇。流し込まれる唾液。間近で混じり合う息遣い。汗の匂いがむんむんと濃くなる。絶頂へと雪崩れていく心身――その流れの中では、あるべき背徳感すら失われてしまう。 「ああっ♡ イくっ♡ イくっ♡ イくっ♡ イ゛ぐっ♡♡♡」 急速に接近する絶頂感。喉をそらし、完全に白目を向く真央――その両手と両脚が、逞しい肉体にしがみつく。無意識に熟女が示した反応に、笑みを浮かべ、裕貴は真央の奥の奥をえぐる。 「おっ♡ おおっ♡ お゛ほっ♡ お゛〜〜〜〜〜〜〜〜っ♡」 爆発した快感が、真央の視界を白滅させる。いたるところ肉感に満ちた体が痙攣する。生々しい肉欲に歪んだ顔貌は、凄惨なまでの美しさを描き出している。真央の絶頂から数秒遅れて裕貴が精液を放つと、真央の顔は歪みとともにその美しさを増した。 長さにすれば、それほどでもない性行為――しかし、それが与えてくれた満足感がどれほどか。蕩けに蕩けた真央の顔を見れば明らかだろう。 (ごめんなさい……) 家族に謝罪をしつつ、真央は与えられた幸せを噛みしめる。それは、チェシャ猫の笑みのようにいつまでもその場に残り、消えてはくれない。真央の荒い息遣いもなかなかおさまってはくれなかった。 あー気持ちよかった、と裕貴がペニスを引き抜き、避妊具を始末する。 「じゃあ続けて――ってのも悪くはないけど、ショッピングに行かなきゃね」 「ショッピング……?」 真央の問いかけに、裕貴は「そう」と頷いた。 「家から帰ったら服を買いに行こうって言ってたでしょ。忘れちゃった?」 確かにそう言われていた。真央は思い出す。髪に続いて服まで変える――裕貴が選ぶ服がどのようなものか、今から想像はつく。早くもこみあげる屈辱に耐えるため、真央は唇を引き結び、己の体を抱き締めた。 そうだ、と裕貴が言う。 「服を買うだけじゃなくて、化粧も覚えてもらうから。そのへん、俺は全然わかんないから、女友達呼ぶわ。そいつから教えてもらって」 「ふ、服を変えて、化粧を覚えたら、また家に帰らせてもらえるの……?」 いやいや、と裕貴は苦笑いを浮かべる。 「そんなにちょくちょく帰してやるわけにはいかないかな。それに♡ あの感じじゃ、真央もしばらくは家に帰りたくないでしょ?」 「そ、そんなわけ――きゃっ」 突然に抱き上げられ、真央は悲鳴をあげた。 「とりあえず、一緒にシャワー浴びよっか。それからお出かけね」 軽い、とは決して言えない体重の真央を、裕貴は悠々と横抱き――いわゆるお姫様抱っこの形にする。その強大な男らしさに、真央の女としての本能が切なく悶える。 ああ、と溜息を漏らしながら、真央は拳を握りしめる。これからまた、あの地獄のような日々が始まるのだ。地獄のような、と思うのに、彼女の股間は、また愛液を溢れさせはじめていた。 ああ、と真央は溜息を吐く。これから、またあの地獄のような日々が始まるのだ。地獄のような――と思うのに、彼女の股間はふたたび愛液を溢れさせ始めていた。 (続)