■ 未知の熱気が、真央を圧倒する。 乱れ踊る極彩色のレーザーライト。ブースに立つDJが繰り出す楽曲。空気を震わせるビートに合わせて、大勢の男女が狂乱している。 二階にあるVIP席に座る真央は、その様子を呆然と見下ろしていた。夜遊びのたぐいとは一切無縁で生きてきた彼女には、それが蛮族の宴のように異様なものにしか感じられない。 今夜、ナイトクラブを貸し切って行われているのは真央の歓迎会――参加しているのは裕貴の友人や知人、そして、そのまた友人や知人らしい。真央に挨拶をしに来る者もいないではないが、ごく少数だ。大半の人間は、名目はどうでもよく、ただ酒を飲んで騒ぐためだけにここにやってきたのだろう。 「真央も踊る?」 隣に座る裕貴に尋ねられ、真央は慌ててかぶりを振る。 「そんなこと、できるわけないでしょうっ」 見渡す限り、参加者は二十代前半の若者ばかり。三十代後半の人間は真央ひとりだけだ。しかし、年齢差よりも、真央の服装のほうが、よほど彼女を悪目立ちさせ、居心地の悪さを生み出している。 金ラメのビキニトップとデニム生地のショートパンツ――爛熟の極みにある女体がまとわされているのは、服と呼ぶのも憚られる過激なものだった。 下着の保持を失った乳房は、自重のあまりに甘く垂れ、並ならぬ大きさの証左となるI字型の乳谷間を盛大にさらしている。注意をすれば、ビキニの布地に乳首の形が浮き上がっているのがわかるだろう。逆ハート型に完熟したヒップはショートパンツを破裂寸前まで追い詰めている。 優美な顔立ちの真央だからこそ、服の過激さは際立った。 若い女性ならばともかく、アラフォーに分類される年齢の女が身につけていい服装では絶対にない。美熟女の年甲斐もない痴態は、もはや犯罪の領域に達している。その自覚があるからこそ、真央は限界まで顔を赤くして、身を縮こまらせずにはいられない。 この服ならば、裸のほうがまだ上品だろう。もしも、こんな格好で踊ったりしたら――と想像するだけで気が遠くなった。 断固として拒絶する真央に、裕貴が苦笑いを浮かべる。 「そういう服を着るのも、こういうところに来たのも、初めてでしょ。どうせなんだから全力で楽しめばいいのに」 「楽しむなんて、無理に決まってるわ……」 「最初から楽しめないって決めつけてたらもったいないって。人生一度きりなんだから、何でも試してみないと。――みんなもそう思うよな?」 裕貴の問いかけに、そうそう、と賛同の声をあげるのは、同じVIP席に座っている四人の男だ。やりとりから推察するに、彼らは裕貴と特別に親しい者たちらしい。全員から自己紹介を受けたが、教えられた名前はひとつとして覚えていない。 「真央さんみたいな美人が、わざわざ真面目に生きる必要ないですよ」「適当でいいんだって、適当で」「そうそう」「ていうか、真央さん、ほんと綺麗だよな」「三十八歳だっけ?」「肌めっちゃ綺麗」「髪もさらっさらだし」「すんげーいい匂いする」「いわゆる魔美女ってやつ?」「うちの母親より年上だけど、全然あり」「なー。余裕で抱けるよなー」「ていうか抱かせてくれー」 男たちが好き勝手に口にする称賛が、居心地をさらに悪化させる。 彼らやフロアで踊る若者たちの軽薄さには、嫌悪感しか催さない。裕貴は真央を「パリピ」に変えてやると宣告したが、この嫌悪感がある限り、何が起きようとも、真央は彼らと同類にはなりえないだろう。 はあ、と溜息が落ちる。 「褒められてるんだから、素直に喜べばいいのに。もしかして、緊張してる? それじゃ――」 はいこれ、と裕貴が酒の注がれたグラスを押しつける。 「飲んで緊張ほぐしなよ」 「私、お酒は……」 飲めないわけではないが、そこまで強くはない。嫌いではないが、とりたてて好んではおらず、夫の雅史が完全な下戸ということもあって、以前口にしたのがいつなのかすら覚えていなかった。 「大丈夫。それ、すごく飲みやすいやつだから」 ほらほら、と促されて、おそるおそるグラスに口をつける。 酒の甘さに爽やかな酸味が混じっている。度数もそこまで高くはないようだ。裕貴の言った通り、飲みやすい酒だった。久しぶりに飲んだ酒に、たちまち体の奥が燃え立つ。 「ひと口だけ? 駄目だよ、きちんと飲み干さなきゃ。――それじゃ、こうしようか。真央のグラスに酒が残ってるあいだはセクハラし放題♡」 それを聞いて、四人の男が、おお、と歓声をあげた。 「まじかよ?」「裕貴くん神!」「最高すぎ」「一生ついてく」 そう言った男たちが、早速、真央との距離を詰めて、体に手を伸ばしてきた。幾本もの手が、髪を梳き、頬を撫ぜ、太腿を掴み、乳房を弄びはじめる。 「ちょ……や、やめなさい!」 そんなことを言っても、彼らがやめるわけがない。母親と同年代の女の熟れに熟れた女体を好きにする興奮に彼らの鼻息は荒かった。 「やめてほしかったら、早く酒飲まないと」 裕貴に言われ、真央はふたたびグラスに口をつけた。必死になって、酒を飲んでいく。どうにか飲み干し、それを訴えたところで、裕貴は一切の躊躇いなくグラスに新しく酒を注いでくる。 「あ、あなた――」 怒りに尖らせた視線で裕貴を睨むが、彼の薄笑いは揺らぎもしない。 「ほら、飲みきらないとセクハラされっぱなしだよ? それでいいの?」 こみあげた罵声を奥歯で噛み潰し、真央は二杯目の酒に口をつける。それを飲み干せばすぐさま三杯目が、それを飲み干せば四杯目が……その繰り返しだった。少しでも飲むのが滞れば、男たちが、愛撫を続けながら、「触られっぱなしでいいの?」「むしろ触られたくてやってる?」と煽ってくる。彼らの顔にも、裕貴のそれと揃いの薄笑いが浮かんでいた。 絶え間なく燃料をくべられ続け、真央の体は燃え盛っている。肌から絶え間なく滲み出る汗。それが立ち上らせる美熟女の薫香は、どんな香水よりも艷やかに彼女を飾り立てた。 一体、いつまで飲み続ければいいのか。裕貴しか知らない答えにたどり着くべく、真央は必死に飲酒を続ける。男たちの手は、新しい酒が注がれるまでのほんの数秒止まるだけで、真央の体をまさぐり続けていた。彼らから伝わる熱が、真央の体をさらに火照らせ、汗を滲ませていく。 「あの……もうこれ以上は……本当に……」 はあっ、はあっ、と焦げた息を吐いて、真央は裕貴に許しを乞う。 酒を口にするたび、意識が酩酊の中に溶けていく。ここまで酒を飲んだのは初めての経験だ。幸い、急性アルコール中毒の気配はないが、これ以上飲めばどうなるのかは真央にもわからない。この状況で前後不覚になることは避けたかった。 「お、お願いよ……お願いします……」 裕貴へと向けられる目は、潤む涙で白目と瞳との輪郭を曖昧にしている。頬を滑り落ちた汗粒が喉を伝い、胸元を流れ、乳房の谷間へと消えていった。 「もう無理なの? それなら仕方ないな」 その言葉を聞き、体を弄っていた男たちの掌が渋々離れる。それから、裕貴が真央の手からまだ酒の残っているグラスを奪い取った。 よかった、と真央は安堵の息を吐く。しかし、 「もう飲めないって言うなら、仕方ないから、俺たちが口移しで飲ませてやるよ。理性なんてぶっ飛ぶくらい気持ちよく酔わせてあげるから期待してね♡」 裕貴が酒を口に含んだ。やめて、という言葉は彼の唇に封じられてしまう。 「……んんっ♡ ……んぐっ♡ ふ、っんんっ♡」 流し込まれる酒に溺れまいと、真央は必死にそれを飲み下す。囃し立てる男たちの声がひどく遠くに感じられた。酒をすべて飲み干すと、ようやく裕貴が離れる。息を喘ごうとしたその唇は、今度は別な男に塞がれ、新たに酒を流し込まれる。 四人の男が順繰りに口移しを済ませると、裕貴がフロアに向かって「子持ち爆乳熟女とべろちゅーしたいやつ集まれー♡」とふざけた声掛けを行う。 その声を、真央はシートにぐったりと脱力したままで聞いていた。目は虚ろで、半開きになった口からは熱く焦げた息遣いが漏れている。理性なんてぶっ飛ぶくらい気持ちよく酔わせる、と裕貴は言った。理性を剥がれたら、自分は一体どんな醜態を晒してしまうのか。想像し、恐れる余裕すら、今の真央からは失われている。 裕貴の声がけに応じて続々と集まった男たち――誰なのかもわからない彼らに次々と酒を口移しにされるうちに、真央の意識は際限なく曖昧に蕩けていった。 ■ 目の奥を刺す痛み。 呻きをあげながら、鉛のように重い体をどうにか起こし、周囲を見渡す。 ここは裕貴の寝室だ。壁にかけられたデジタル時計は、夕方と夜の境目を示している。隣では、裕貴が寝息をたてていた。真央も裕貴も、昨夜、ナイトクラブにいた時の服装をしていた。 頭痛に眉をひそめながら、真央は過去を手繰り寄せる。しかし、酒を大量に飲まされた後のことは、何ひとつとして覚えていない。あるべき記憶が存在しない不安に、真央は自分の体を抱きしめる。 そこで、裕貴も目を覚ました。 彼は「おはよう、真央」と聞こえる音をたてながら欠伸をした。整った顔貌が、無精髭すらも洒脱に見せている。今はそれがたまらなく癪に障った。 「昨日は何があったの? 私がお酒を飲まされて、それから――」 酒に灼け、独特の艶を帯びた声で、真央は尋ねる。知りたくはない。けれども、尋ねずにはいられなかった。 「全然覚えてないの? もったいないな。あんなに楽しそうだったのに」 「楽しそうって……私に何をしたの……?」 裕貴は枕元に置いた携帯端末を取り上げる。数度のタップを経てこちらに向けられた画面――スワイプで次々と表示されていく画像は、紛れもなく、昨日の夜の真央を撮影したものだ。恥辱を噛み締めながら破廉恥な服装に着替えているところ。ナイトクラブに到着したところ。多数の男たち――そして少数の女たちに口移しで酒を飲まされているところ。このあたりまでは真央にも何とか記憶がある。 しかし、問題はそれから先の画像だ。 赤らんだ顔、据わった目つき、弛んだ表情……明らかに泥酔した様子の真央が、口移しを受けた男たちに囲まれて、座っているところ。彼らに向かって何かを話しているところ。何を言われたのか、へらへらと締まりのない笑いを浮かべているところ。そして、男たちと一緒にカメラに目線を送っているところ。左右に座った男に肩を抱かれている真央は、幸せそうに目を細めるのみならず、蕩けたピースサインを作っている。 次の画像では、シートの上に立った真央が、背中と腰を男たちに支えられながら、顔を仰向けにしてビールジョッキを煽っていた。周囲の男たちは、拍手でそれを囃し立てているようだ。口から溢れた液体が、火照った肌を流れているが、それを気にしている様子は真央にはない。 そして、その次に映し出された画像では、鼻の下に泡髭を作った真央が、蕩け落ちないのが不思議なほどに崩れた笑顔で空のジョッキを掲げていた。 知性の感じられない様子は、まるで――。 頭に浮かんだ「パリピ」という単語を、真央は慌てて打ち消す。連想は否定できても、今目にしたものは否定できない。 「う、嘘よ! こんなこと……ありえないわ……!」 否定できないものをどうにか否定しようとして、真央は声を荒げる。怒号は頭痛となって跳ね返り、彼女を呻かせた。 「これは……こんなものは何かの間違いに決まっているわ。そうよ! あなたが無理矢理にやらせたんでしょう!」 「強引に酒を飲ませたのは認めるけど、それ以上の無理強いはしてないよ。こうしたら、って提案はしたけどね。それをノリノリでやってくれたのは真央だよ。――ていうかさ、そんなに恥ずかしがる必要ある? 楽しめたんならそれでいいじゃん」 裕貴の指が画面をスワイプすると、今度は動画が映し出された。 鮮やかな光がきらめき、ビートが鳴り響くフロアで、若者たちが騒いでいる。彼らに混じって、真央が髪を振り乱して跳ね回っていた。 そのたび、たわわに過ぎる乳房が、ぶるんっ♡ ぶるるんっ♡ と重量感たっぷりに揺れ、ビキニの紐を虐待していた。クーパー靭帯がちぎれる音が聞こてきそうな、大胆な揺れ方だった。頼りない面積しか持たないショートパンツも、肉の躍動に耐えかね、苦しげに軋みをあげている。 『どう、真央、楽しんでる?』 動画を撮影している裕貴が尋ねる。すると、真央は酔眼をこちらに向け、『ふぁーい♡』と気の抜けきった返事をした。 『騒ぐの楽しすぎー♡ さいこー♡』 白い歯ののぞく笑顔を左右のピースサインで飾った真央は、そして、ふたたびふらつく足腰で踊り始める。そんな彼女にふたりの男が近づき、踊る素振りもそこそこに真央の体を触り始めた。どちらも、真央に口移しに酒を飲ませた集団の中で見た顔だった。 彼らに尻を撫でられ、乳房に触れられ、首元の匂いを嗅がれ、真央は『ひゃう♡』とくすぐったそうな声をあげて身悶える。 『裕貴さん、あの……いいっすか?』 男のひとりが、真央の体をまさぐりつつ、カメラを見て尋ねる。何の許可を求めているかは口にしないが、目に滾る情欲を見れば、指し示すものは明らかだ。それに対して、裕貴が『おー。いいよ。でもゴムはつけろよ』と軽々しく答える。 よっしゃあ、と喜びあった男たちは、真央を引きずるようにして、どこかへと移動し始める。『ふぇ? 何?』と間の抜けた声を出す真央は、間違いなく、酩酊のために何が起きたのかも理解できていない。 そこで唐突に動画は終了し、次の動画の再生が開始された。 ただし、それはトイレの個室の扉を外側から撮影しただけのものだ。絵面に動きはまったくないが、個室の中から聞こえる、肉が肉を打つ音、激しい息遣い、そして女の喘ぎ声は、はっきりと収録されている。 『んっ……あぁん……はぁ……はぁ♡ やっ♡ あんっ♡ はぁ♡ あぁん……』 悩ましげな喘ぎは、時に『んちゅぅ……んっ……はあっ♡ れろっ♡ れろっ……ちゅっ♡』とキスの音に変わり、時に『じゅぶっ……んっ……じゅぶっ♡ じゅぶっ……っ♡』と何かをしゃぶりたてる音に変わりながら、次第に昂りを増していき、やがて、 『んはぁっ♡ んっ♡ あああああああああっ♡』 と、ひときわ熱っぽく喜びを弾けさせた後、他の音とともに静かになる。しかし、それもつかの間、ふたたび、女が喘ぎをあげ始めたところで、動画は終わっていた。 (そんな……) 見せつけられた画像や動画に映し出されていたのは、夫を支える妻でもなければ、子供を守り育てていく母親でもない。倫理も常識もなく、刹那的な快楽を貪る「パリピ」の姿に他ならなかった。 「違うわ」 違う違う違う違う違う違う、と真央は繰り返し自分に言い聞かせる。その顔面は蒼白を通り越して、もはや土気色に近い。裕貴は仕方ないにしても、他の男たちと性的な関係を持ってしまった。これは自分のせいではない、と思い込まなければ、自罰の感情に潰されてしまいそうだった。 「これは……無理やりお酒を飲まされて酔わされたから……こんなのは、私じゃないわ……本当の私じゃないの!」 「確かに、酔ってなかったら、こんなことはしなかったと思う。まあ、それって、真央は酔ったらこういうことしちゃう人間だってことなんだけど」 乱れたままの真央の髪を指で梳いて整えてやりながら、裕貴が言う。 「俺としては真央にパリピの素質があるってわかってよかったよ。すぐにシラフでもこういうことができるようにしてやるからな♡ ――ああ、違うか。シラフだろうが、酒飲んでようが、こういうことしかできないようにしてやるからな♡ 期待してろよ?」 「き、期待なんてっ」 するわけがないでしょう、と裕貴を睨みつける真央――どれだけ心を嫌悪で満たそうとしても、一抹の興奮は消し去ることができない。彼女の本能には「パリピ」の愉悦がすでに深々と刻まれてしまったのだ。 (続)