◆◆1_始まり◆◆
最近、この街はどこかおかしい。
夜道に出れば、魔獣がうろつき、被害報告は日ごとに増えていく。
まるで誰かが裏で糸を引いているみたいに、機関の活動は活発化していた。
俺は所属している民間防衛隊───リ・ガーズの端末を睨みつけ、眉間に深いしわを寄せる。
「……最近は本当にペースが早すぎるな。このままじゃ、いずれ街がもたない」
助手席から聞こえてきたのは、ガサゴソとしたビニール袋の擦れる音。
ナツキが自分のご褒美としてコンビニで買った高級バニラアイスを開けて、今まさに口に運ぼうとしていたところだった。
俺の言葉に、彼女は動きを止める。
「たしかに増えてるよね。……なんとかしないと」
「でも、ナツキひとりに背負わせるのは荷が重すぎる。戦力の根を断つ方法を探さないと」
「そうだね…」
ナツキは窓の外を見つめる。
その横顔は、さっきまでの“アイスを楽しみにしていた女の子”とは別人だ。
「大丈夫。あたしはシティーソルバー(街の解決人)だよ。
街を救うためなら、なんだってする。――なんだって、ね」
ナツキの言葉は決意に満ちていた。
「──そうだな。今、何か手掛かりがあるとすれば……」
そう言って、俺は端末に残していた手掛かりのメモを開く。
「──会員制のバーで、魔獣の取引が行われているらしい」
「バー?」
ナツキが素っ頓狂な声を上げる。
「え、飲み屋で魔獣の取引? ……怪しすぎ」
「表向きは高級店らしいが……裏で異胎機関が糸を引いている可能性がある。市議会議員の名まで出てるそうだ」
「議員まで……。それが本当なら、ただの店じゃないね」
冗談めいた口調を引っ込め、ナツキの目が鋭くなる。
「まだ確証はない。だが魔獣が街に増えたことに関係している可能性は高い。証拠を掴むなら、内部に潜入するしかない」
「……なるほど、潜入ね」
ナツキは腕を組んで考え込む。
「どうするの?もしかして……カップルとして潜り込む、とか?」
自分で言っておいて、恥ずかしそうに頬を染めるナツキ。
「高級店らしいからな。VIPに見える俺たちじゃないだろ」
「ま…そうだよね」
何故か残念そうだ。
「まあ、味わえるなら、味わってみたい気持ちはあるけどな」
「お酒、好きなんだ?」
「好きってほどじゃないけど。まあ、高級ブランデーが経費で飲めるのなら飲んでみたい、とは思うかな」
「ふ~ん…」
ナツキはシートに背を預け、天井を仰いだ。
「ま、なんにせよ潜入するしかないよね。街を守るためなら」
「ああ、俺はその手の情報に詳しい奴に当たってみる。なにか潜入の手段が得られるかもしれない」
「わかった。じゃあ情報手に入れたらよろしくね」
その後すぐに、リ・ガーズからの緊急連絡が鳴り響く。
俺とナツキは魔獣の討伐に出向くことになり、ナツキが買った高級バニラは結局食べれず終いだった。
◇◇◇
別な日の夜。
俺とナツキはバーに関する情報を手に入れるため路地裏に来ていた。
指定された場所に情報屋が姿を現す。
街灯の薄明かりに照らされたその男は、帽子を深くかぶり、顔の半分以上を影に沈めている。
彼は俺たちに一言もなく近づくと、手にした紙袋を突き出した。
「手配は済んでいる。これを着れば中に入れる」
受け取ったナツキは訝しげに袋を覗き込み──次の瞬間、息を呑んで固まった。
「……は? なにこれ……バニーガール!?」
袋の中に収められていたのは、艶やかな黒のレオタード。
胸元を大きく切り落とすデザインに網タイツ、蝶ネクタイにカフス、
そして──ウサギ耳のカチューシャまで揃っている。
いわゆる“コスプレ衣装”の完全セットだった。

「従業員は全員その格好だ。例外はない」
情報屋は入退室の偽造カードキーをナツキに渡し淡々と告げる。
「ふざけないでよ! あたし、絶対こういうの着ないって言ったじゃん!」
ナツキは紙袋を胸に抱きしめたまま俺の方を振り返り、必死に訴えてきた。
その顔は羞恥と怒りで真っ赤に染まっている。
俺も眉をひそめ、袋の中身を睨む。
(…確実に潜入できる手段があるとは言っていたが…よりによってバニーガール? )
情報屋にこの手の手配をしてもらう時は、詮索しないのがルールだ。
例に漏れず、今回も詳しい潜入方法については事前に知らされていなかった。
「……俺だって納得してない。嫌なら無理をする必要はない」
俺はそう言い切った。
ナツキを守るのは俺の役目だ。屈辱的な潜入なんて、本来は選ばせたくない。
だが、情報屋の声が冷たく割り込んだ。
「嫌ならやめても構わん。ただ──その場合、街を蝕む証拠は闇に消えるだろうな。次の機会はない」
短い一言で、空気が凍りついた。
ナツキの肩が小さく震える。
「……やばいやばい……」
震える声で呟き、彼女は袋を胸に押しつけるように抱きしめた。
俺は言葉を探しながら彼女を見つめる。
「……本当にやる必要はないんだ」
それしか言えなかった。俺自身、彼女にこんな格好をさせたいなんて思っていない。
(くそ……選択肢がこんなにも狭いなんて……)
沈黙の中、ナツキは強く唇を噛み、伏せた視線をゆっくりと上げた。
その瞳はまだ揺れている。けれど、その奥にある光は消えていなかった。
「……街を守るためなら……やるしかない、か」
そう口にした声は震えていたが、同時に決意の色も滲んでいた。
彼女は恐る恐る袋の中へ手を伸ばし、再び衣装を取り出す。
光沢のある黒い布が、夜風に揺れて妖しく光った。
「……バニーガールなんて……一生の黒歴史になるよ……」
◇◇◇
◆◆2_潜入◆◆
「……っ……」
狭い車の中で着替えた自分の姿を見て、ナツキは言葉を失った。
胸元を大胆に切り取った黒のレオタードが、彼女の体をぴったりと包み込んでいる。
太腿には網タイツ、首元には蝶ネクタイ、そして頭には黒いウサギ耳。
ほんの数分前まで「絶対着ない」と突っぱねていた衣装が、今まさに彼女の身体を覆っていた。
「……あたし……何やってんの……」

唇を震わせ、小さな声で呟く。
呟きながら、彼女は衣装の上から黒い肘パッドと膝パッドを装着した。
戦場での癖のように、素肌を守るための最後の抵抗。
情報屋からも「この店は変わった嗜好の店だ。衣装もバラバラで他の従業員はもっと派手だ、パッドくらいなんともない」と確認を取っていた。
「せめて……これくらいは、自分の意思で」
そう小さく呟き、ぎゅっとベルトを締める。
俺は車の外からナツキに声をかける。
「潜入を始める。準備はいいか?」
「…わかった」
心臓がどくんと跳ね、全身が一気に熱を帯びる。
だが、ここで逃げ出すことはできない。
黒服に案内されて、お店の中へと入っていくナツキ。
俺はナツキに仕掛けた極小マイクから、かすかな息遣いを拾っていた。
同時に、小型の静音ドローンをナツキの背中から発進させ、周囲を映像で捉える。
高解像度のカメラは、客の配置や視線の流れまで克明に映し出していた。
──一見、高級店にしか見えないが、本当に裏取引など行われているのだろうか。
ナツキがバーの扉をくぐった瞬間、空気が変わった。
低く流れるジャズ、きらめくシャンデリア、そして香水と酒の入り混じった匂い。
ナツキにとって一番重くのしかかったのは───視線だった。
「……っ……!」
カウンターの男が、ソファの客が、グラスを傾けるスーツを着た男が──一斉に彼女を値踏みするような目で追う。
妖艶な衣装がナツキの身体を際立たせ、羞恥は全身を焼き尽くすほど強烈だった。
俺のモニターにも、集中する視線ははっきりと映っている。
ナツキの他にもバニーガール衣装の美女は沢山いるが、
視線の矢は、フロアに現れたナツキへと集中していた。
ナツキは顔を真っ赤にしながらも背筋を伸ばす。
両肘と膝に装着した黒いパッドだけが、戦士としての矜持をつなぎ止める最後の拠り所だった。
俺の耳には、彼女の荒い呼吸がダイレクトに届く。
小さな震えが混じるその声に、胸の奥が締め付けられた。
緊張しながらも自然にフロアを歩く。
奥の個室の扉がゆっくりと開き、ドローンの映像が新たな影を映し出した。
市議会議員、そしてその隣に控える男。
ナツキと俺の緊張が、同時に最高潮へと跳ね上がった。
◇◇◇
奥のソファに、市議会議員と並んで座るひとりの男がいた。
恰幅の良い体格に、灰色のスーツ。
顔立ちはどこか不気味に整いすぎており、眼鏡の奥の瞳は笑っていない。
(……異胎機関の幹部、か?)
断定はできない。だが、漂う圧と場を支配する空気は明らかに只者ではなかった。
「二人……いるね」
ナツキの声にも緊張が混じる。
「焦るな。護衛が多い、近づきすぎるな」
「了解……でも、どうやって会話を聞き出すの?」
「議員のテーブルに飲み物を運ぶチャンスを待て」
「ふーん……了解」
ナツキは無理に笑顔を作り、フロアを横切っていった。
黒いバニー衣装と肘膝パッド――アンバランスな姿が目を引いてしまうと思うのだが、その辺客は気にしていないようだ。
数分後、グラスを空にした客からの注文が重なり、ホールに忙しさが流れ始めた。
そのタイミングを逃さず、ナツキは盆を手に取り、議員のテーブルへの配膳を申し出る。
「今だ……」
俺はマイク越しに小さく囁く。
ドローンのレンズがゆっくりと奥の個室を追った。
カーテンで仕切られた奥の席。市議会議員と、隣に座る灰色のスーツの男。
ナツキは深呼吸をひとつして、歩みを進める。
──だが、その行く手に立ちはだかる影があった。
無表情の黒服、二人。無言のまま腕を広げ、ナツキの進路を塞ぐ。
「……っ」
ナツキの足が止まる。
作り笑いを浮かべたまま、彼女は視線だけで問いかける。
俺は歯を食いしばり、ドローン越しに状況を見つめていた。
(……護衛か。やはり、そう簡単には近づけないか)
黒服の一人が腕を組み、冷ややかな視線をナツキに向けた。
「……新顔だな。どこの担当だ?」
「え……」
咄嗟に声が詰まるが、ナツキは慌ててつくり笑いをする。
「ご注文のお飲み物を……奥のお客様へ」
震えないように努めた声が、マイク越しにもはっきり届いた。
だが黒服は動かない。
もう一人が低い声で重ねた。
「名簿にない従業員は通せない決まりだ」
「(……やばいやばい……)」
ナツキが小さく呟く。
その息遣いがマイク越しに伝わり、俺の背筋まで緊張が走る。
奥のソファ。
グラスを傾けていた老いた市議会議員が、ふとこちらへ視線を向けた。
そして、その隣に座る灰色のスーツの男が、眼鏡の奥の瞳でじっとナツキを見据える。
場の空気が、一瞬で張り詰めた。
(……まずい、目をつけられた!)
俺は歯を食いしばり、ドローンの映像に映るナツキを凝視した。
黒服が進路を塞ぐ緊迫した空気の中、奥のソファでグラスを傾けていた市議会議員が、ふっと笑った。
「まあまあ、そう固いことを言うなよ。新入りか? いいじゃないか、可愛い子なら歓迎だ」
軽口を叩くような調子。
だがその一言で、場の空気が一変した。
近くにいた客までが好奇の視線を寄せ、ナツキの身体を遠慮なく舐め回すように眺め始める。
「……うぅ…」
ナツキの頬が赤く染まり、つり笑いの裏で歯を食いしばる。
議員はグラスを置き、手を軽く振った。
「通してやれ。注文を持ってきたんだろう?」
黒服たちは無言で視線を交わし、ゆっくりと道を開ける。
ナツキは深呼吸ひとつ。
(……やばいやばい……もう引けない……)
彼女は足を前に進めた。
だが隣の灰色のスーツの男は、依然として一言も発さず、眼鏡の奥の瞳でじっとナツキを射抜いていた。
ナツキが議員のテーブルへグラスを置いた瞬間、彼は細い目をさらに細めてニヤリと笑った。
「ふむ……なかなかの器量じゃないか」
軽く顎を撫でながら、ナツキの全身を視線でなぞる。
その目は明らかに仕事着の従業員を見ているものではなく、女を“値踏み”する獣のそれだった。
「どうかね。このあと──わしと二人で奥の部屋に来てくれんか?」
「…え…っ」
マイク越しに、ナツキの息が一瞬止まるのが伝わってきた。
張り付いた笑みを浮かべるのが精いっぱいだ。
議員はグラスを揺らしながら、さらに下卑た笑みを浮かべる。
「わしはな、女の……尻を間近で見るのが好きでな。嬢ちゃんの尻はとても具合が良さそうだ」
「(……やばすぎでしょ……)」
ナツキはかすかに肩を震わせ、小声を漏らす。
客席のざわめきとジャズの旋律に紛れていたが、マイクを通じて俺にははっきり届いた。
(クソ……このジジイ、ナツキのこと完全に気に入ってやがる……)
俺はドローン越しに議員を睨みながら、次の一手を必死に探った。
その隣。
灰色のスーツの男は、依然として沈黙を守りながら、議員とナツキを交互に観察していた。
まるで「どう動くか試している」かのように。
「どうかね。わしと二人で──」
議員の声がいやに甘ったるく響いた。
ナツキは一瞬固まり、盆を持つ手に力がこもる。
(やばいやばい……どうする、どうする……!)
だが次の瞬間、彼女は作り笑いをさらに大げさに広げ、わざとおどけた声を出した。
「えぇ〜、奥の部屋ですか? あたし新人なので、勝手に持ち場を離れると店長に怒られちゃうんです」
「む……」
議員は目を細めたが、ナツキはすかさず盆を掲げ、軽く腰をかがめて見せる。
「でも! こうしてお飲み物をお持ちするくらいなら、いつでも喜んで♡」
にこやかに頭を下げる姿は、まるで場を盛り上げる従業員そのもの。
周囲の客からも小さな笑いが漏れ、議員の顔から露骨な苛立ちが引っ込む。
「……ふん、口が上手い子だな」
グラスを掲げ、ひと口。どうにかその場は収まった。
だが隣に座る灰色のスーツの男は、沈黙のままナツキを観察し続けていた。
眼鏡の奥の瞳が、氷のように冷たく光る。
(……気づいてるのか? いや、まだ……だがあの目……試されてる)
俺は歯を食いしばり、ドローン越しにナツキを見守った。
ホールに戻るナツキの背中が、わずかに強張っているのがカメラ越しの呼吸でわかる。
その一歩一歩が、まるで綱渡りのように危うかった。
ホールに戻ったナツキは、空のグラスを盆に乗せたまま、軽く肩を落とした。
笑顔は保っているが、マイク越しの声には疲労と安堵が滲んでいた。
「……っはぁ……やばいやばい……ほんとに連れて行かれるかと思った……」
俺は深く息を吐き、胸を撫で下ろす。
「よくかわしたな。あのジジイ、完全にお前に目をつけてた」
「……気持ち悪い……あの視線、背中がゾワゾワする……」
ナツキは笑顔を崩さぬまま、グラスを洗い場へ運ぶ。
手元の震えを隠すために、わざと軽口を混ぜる。
「……まさかあんな直球の誘いされるとはね」
「……でも、あの場で逃げ出さなかったのは大したもんだ」
俺は小声で返す。
「なんとか議員と機関が接触する証拠を掴もう」
「……わかった。ホントやりたくないけど……仕方ないよね」
「ここからが本番だ。まだ気を抜くなよ」
「……了解……心臓が休むヒマないよ」
ナツキは小さく笑みを作り、再びトレイを抱え、ホールの雑踏へと歩き出した。
◇◇◇
◆◆3_幹部◆◆
ホールで皿を片づけていたナツキのもとへ、無言の黒服が近づいた。
「奥の部屋のお客様がお前を隣に置きたがっている」
「え?……」
ナツキの肩がわずかに震えた。
さっきの議員のことだとすぐにわかる。
だがすぐに、つくり笑いを顔に貼りつけ、盆を胸に抱えて頷く。
「……了解しました」
視線だけでこちらに問いかけてくるナツキ。
俺はすぐには返さず、モニター越しに黒服の動きを確認する。
──逃げ道はない。拒めば即座に怪しまれる。
(……行くしかないか……だが無茶はするな、ナツキ)
黒服に連れられ、再び奥の個室へ通される。
市議会議員はソファに深く腰を沈め、悠然とグラスを揺らしていた。
ナツキの姿を目にした途端、まるで玩具を与えられた子供のように、にやりと口元が歪む。
「おお、戻ってきたか。こっちへ来なさい」
盆を抱えたまま、ナツキはおずおずと腰を下ろす。
ソファの沈み込みが、不自然に彼女の身体を議員の方へ傾けさせた。
「ふむ、やはり近くで見るといい。若いのは張りが違う」
言葉と同時に、議員の手が伸びる。
網タイツ越しの太ももを、まるで品定めでもするかのように撫で始めた。
「っ……!」
ナツキの肩が小さく跳ねる。
「おや、緊張してるのかね? 可愛い反応だ」
議員は下卑た笑みを浮かべ、撫でる動きをさらに大胆にする。

内腿へと近づきかけた瞬間、ナツキは慌てて足を組み替え、笑顔を保ったままさりげなく避けた。
マイク越しに彼女の荒い呼吸が届く。
(……クソッ、やめろ……! 触るんじゃねぇ!)
俺は拳を握りしめるが、ここで声をかけることはできない。
今、通信を送ればすぐにバレる。
個室の空気は次第に重くなる。
議員の笑い声と、ナツキの小さな息遣い。
そのアンバランスさが、なおさら居心地の悪さを際立たせていた。
──そして。
カーテンの奥がゆらりと揺れた。
足音は一切ない。ただ、空気が切り裂かれるような冷気とともに“それ”は現れた。
黒い黒衣に金糸の刺繍。
胸元には意味不明な紋様が浮かび上がり、揺れるランプの光を受けて不気味に煌めく。
深く被ったフードの奥から覗く瞳は、暗がりの中でも氷のように光り、周囲を射抜いていた。
笑い声を上げていた議員でさえ、その存在に気づいた途端、口を閉ざす。
ただ一人、灰色のスーツの男──先ほどまで幹部かと疑っていたその人物すら、無言で背筋を正した。
(……こいつだ……! 本物の幹部……!)
俺はドローン越しにその姿を凝視し、即座に理解した。
圧倒的な存在感、場の空気を支配する異様な静けさ──。
だが、ナツキに声をかけられる状況ではなかった。
彼女の目も、今まさにその黒衣の男に釘付けになっている。
笑顔を保ちながらも、太ももに置かれた議員の手の感触に耐え続けるしかない。
心臓を掴まれるような緊張の中、俺はただ息を呑むしかなかった。
幹部はゆるやかに歩み寄り、まずは議員に向かって穏やかに口を開いた。
「ご機嫌いかがか、議員殿…相変わらずお楽しみのご様子だ」
声そのものは低く落ち着いているのに、響きは冷気のように肌を刺した。
笑っているのか怒っているのか判別できない、不気味な抑揚。
やがてその瞳が、ナツキへと向けられる。
フードの奥から覗く光は、まるで暗闇の中に浮かぶ氷柱のようだった。
「君のような娘は……どこかで見たか」
ナツキの胸がひゅっと縮む。
逃げなくては──そう本能が告げていた。
「ふむ……“器”か」
「なっ……」
その一言で、ナツキの全身が硬直した。
意味がわからない。けれど、その言葉が指し示すものを、彼女の直感が告げていた。
“見抜かれた”──そう思わずにはいられなかった。
(その時、俺がとった行動は───)
A:俺は黙っていく末を見守っていた。
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B:「ナツキ、逃げろ!」
https://www.patreon.com/posts/138269607/edit 9/8 20:00公開
C:??? ※Premium以上 DEEPシナリオ選択肢 9/15以降公開
後編へ続く───