生まれました&昔話[HASKEO]
Added 2021-05-06 15:53:26 +0000 UTC日付的には昨日(5/6)が誕生日でした。
いつもはひっそり身内からおめでとLINEが来るくらいで何もないのですが、今年は思い切ってそこそこアピールしてみました。
twitter post: 1389958344492781571
たくさんのお祝いありがとうございました!やっぱり祝われると嬉しいもんですわ
あんまり年齢は積極的に言わない派(隠しているわけではなく、気になる人が勝手に気がついてくれればいいんじゃねくらいのノリ派)なのですが、あえて正確に言うと24歳になりました。
DTMを始めたのは17歳の頃ですので、7年目突入ですね。。。始めたのが秋頃なので現在はまだギリ「6年目」ですが。。。放送でも言いましたがそろそろ「初心者」とは言えんでしょ
・・・せっかくなのでちょいと昔話をしてみようと思います。
「終わった話を振り返ってもしゃーなし、新曲作ってる方が遥かに有意義に時間を使える」と思っている人間なのでレア話っすよ
元々1つのジャンルに絞って同人活動をしていました。何のジャンルかは調べれば一発でわかると思いますのであえて言いません。
DTMを初めて1年ちょいくらいの頃に「同人」の世界に参戦しました。
流石にその時点ではクオリティもまだまだ、なおかつ界隈内でダントツの若さでしたので、「ド後輩」の立ち位置に割り振られました。
駆け出しのころはそれも納得(というか別に当然)でしたが、HASEKOのことですので、成長速度が人並外れちゃってたんですね〜。みるみるうちに強くなっちゃって。
自分の書いた曲に対して反応をもらえてきて、自身のスキルアップを強く確信してきた中、「界隈最年少」のレッテルが邪魔をし、やりたいことや思っていることが自由にできない状態が長く続いていました。特に曲に関しては発注元から「こういう感じで」という指定が来ますので、必ずしも自由自在に曲が作れるわけではなかったのです。囲い込みが凄くて他のジャンルも作らせてくれませんでしたしね。
自分自身でその界隈からのリミッター(ジャンルの壁すらをも越える)を外すことができればさらに「音屋」として強くなれることは勘づいていましたので、好き勝手暴れられる場所を探しに、「同人」の世界から一旦去ろうと考えていました(他にもいろいろ思うところがありましたが、話が憎悪まみれになるので割愛)。
その時期に出会ったのがウチの代表「すばる」でした(ちなみに繋げたのはいつもベストでロックアレンジしてくれてる徒桜パイセンだよ)。
東方で歌がやりたいと、コンスタントに曲を作れる音屋を探しているようでしたので、「曲(オケ)に関しては俺が好き勝手やる。ペースも俺に合わせてもらう。」を条件にタッグを組みました。
ほんで自由に曲を作りまくれる環境を手に入れた俺は「ストロベリームーン」「hide and seek」「叛逆のレジスタンス」「CERAMIC KNIGHT」などなど、作ったことのないジャンルにも臆せず挑戦、やりたい雰囲気のジャンルがこの世に特になければジャンルを自分で定義するところからも行い、次から次に名曲を凄まじい速度で作りました。
曲を作るときは「原曲の良さは全て活かす」「わかりやすい構成にする」「パッとした感じで」を守るようにしてきました。
そしたらめっちゃサークルとしてヒットしたわ ←今ココ
俺一人の力で「ちょこふぁん」が今この立ち位置にいるとは全く思ってませんが、曲がダメだったらここまではこれないと思うので、40%程度は俺の貢献と見做しても良いんじゃないですかね〜、40%は多いかな?
ちなみに1日1曲は全く無理してないです。ダラダラ過ごしていないだけで、能動的に加速するような「急ぎ行為」はしていないですね。制作速度に驚かれていますが、ちょこふぁん的には比較的普通の行為だったりします。
まぁとりあえず、これからも神曲を軽率に作っていこうと思います。
やっぱりちょこふぁんは面白いね、人生はこれくらいぶっ飛んでるほうがいいんじゃないかな。
う〜ん何が言いたいんだろうこの話はw
HASEKO