月華と千春の出会いでした。 この回の脚本(台本?)は作るのに三日ぐらいかかりました。 絵に時間がかかることはあってもセリフ入れに時間がかかるのってあんまりないので悩ましいところでした。 月華が死のうとしてるのを助けたところから始まった、ということだけはずっと前から決まっていたのでシチュエーションは確定してたんですが4ページで収めるのが難しかったです。 じゃあページ数を増やせばいいのではと私もいつも思うんですが、描きたいエピソードが多すぎて一個に長く時間を使えないんですよね。 いつか長編のストーリーもやってみたいなとは思ってます。 ですが、4ページで1つの話を作るということを徹底してやってきたので、そのおかげで身についたこともたくさんあります。 短い文章で心理描写をするとか、コマ数が限られているので1つの表情で感情を伝えられるようにしようとか1話完結型なのでなるべく綺麗な起承転結を意識しようとか。 話を作るコツがあって、まずは「これは絶対に入れたい」というセリフや要素をいくつか作ることです。 この回の場合は ・月という要素 ・「親の顔が見てみたい」「そんなことはあたしが一番思ってる」というやりとり ・助けたのは「この私が正しく美しくあるため」という千春の思想 の3つでした。 最初に、この話で一番伝えたいことをはっきりさせておくとストーリーが迷走するということが防げます。私の場合は構成力がないくせにセリフは無限に思いつくという厄介な頭をしてるので、よく「もっと面白いセリフを思いついたから入れよう」と後からどんどん追加していって本来書くはずだった内容を削った結果、脚本の趣旨がいつの間にか明後日の方向に旅立ってしまい最終的によくわからない話が出来上がるという失敗をやらかします。 で、結局何が伝えたかったんだっけと我に返るんです。 私のことは一旦置いといて漫画の内容の話もしましょうか。 月華ちゃんは、多分お母さんに「あたしがいなくても生きて」「幸せを願ってる」みたいなことは言われてると思うんですよ。手紙のシーンにもそういうのがありました。なのに死のうとしたっていうのはなんだかあまりにも冷たい決断な気がしますが、そんなことはきっと本人もわかってて、天国で母親に「なんで死んだの、そんなことはして欲しくなかった」って怒られてもいいからもう一度会いたいという気持ちが勝ったのでしょう。それぐらい、母親の存在が世界の全てだったのでしょう。 月華は、桜と絵を描いてる話の時も「絵を続けて欲しいと言われたのは覚えてるけど、あたしが好きだったのは絵を描くことではなくあの人(母親)と過ごす時間だったからもうペンを持つ意味はない」みたいなことを言ってます。 小暮月華はそういう子なんです。人に冷たく見えるけど、実はかなり他人軸で生きてるんです。もちろん「自分自身がどうありたいか」という個人的な信念というか、道義的な部分もしっかりしてるんですけどね。 一方千春姐さんは相変わらず「私がやりたいように生きてるだけ」というスタンスを貫いています。 桜との出会いの時に「私は人間を番号で呼んだりしない」と言っていましたがこれも多分「私が美しくあるため」なんですよ。桜への気遣いとかじゃなくて「そんな低俗な人間になるつもりはない」と。まぁ、そこに気遣いの意も含まれてはいるんでしょうけど。 「でもあなたの命の美しさには負ける」ってセリフも、きっと本心です。これを言われた瞬間に月華は自分がしようとしたことの重さに本当の意味で気付いたのかもしれません。 「命を使ってあげる」というセリフもよく考えたら「死にたいぐらい辛い思いしてる人間にいきなりそんなこと言うんかい」みたいな感じもしますが、生きる意味を失っている人間にとっては「生きてればいいことあるよ」とか「とにかく生きなさい」とかふわっとしたことを言われるよりこうやって突拍子もないことを言われる方が救いに繋がったりすると思うんです。個人的にはね。 月華は今現在千春に対して色恋的な意味で愛を持って接してるの?と聞かれたらそれは微妙なところです。解釈の仕方は人それぞれでいいのではっきりと言及はしませんが、私は小暮月華の人に対する好意は色恋ではなく仁義だと思うんです。なので「愛し合いたい」というよりは「尽くしたい」という気持ちが強い。 まぁ色々と描いたけど、とにかくこの二人にも幸せでいて欲しいです。 どんな形でもいいので。 長くなりましたが終わります。残り2話、まとめていきます。